~第42話~
「それじゃ、私からもう一度この依頼の詳しい説明をさせてもらうわね」
サティが会議室を見渡して口を開く。
飛空艇≪シエル≫内に備え付けられた会議室には、運転中の彩夏を除いた桜楼学園生徒会全員に天楼学園生徒会二人、の計七人の姿があった。
ちなみに、蓮華は気分悪そうにしながらも何とか参加している。
「まず、これから私達が向かう『ルクセール』という都市だけど、これはどこにでもある中都市よ。騎士団ももちろんあるし、悪い噂も聞かない。ただ、今回は魔物の数が多くて向こうの騎士団だけじゃ対処出来ない可能性が高いから、こっちまで要請がきたみたいね」
どれだけ小さい都市にでも、騎士団はある。彼等がこなす仕事は都市によって変わるが、大体がその都市の治安を護ることである。
「場所は東京から三百キロぐらい離れてるから、着くまであと二時間ちょっとね。向こうの住人の『飛空艇』への避難も済んでるし、『防御壁』も作動してるらしいから、戦闘場所は都市の外ってことになるわ」
そして、どれだけ小さい都市でも、そこに住む住人全員が乗り込むめるだけの大きさ、数、の緊急避難用の飛空艇を保有している。
「次に、そこに押し寄せてる魔物[クロプス]のこと。これは説明の必要はないかもしれないけど、新人さんもいるから、一応ね。[クロプス]は顔に一つの巨大な目と口しかついていない、体躯が大人の二倍近くの人型の魔物よ。二足歩行で移動するからシルエットは人間とあんまり変わりないわ。そこそこ知能が高くて、人が作った武器を使ったり自分達で武器を作る。けど、個々の戦闘力はそれほどでもない。今回みたいに群れをなすと厄介になるけど」
「その群れの数に変更は?」
「今のところ、五百『以上』としか言えないわ。退屈する依頼じゃないことは確かよ、ミリヤ」
「そーかい」
「他に質問は? ……ないみたいね。じゃ、私からは以上です」
サティが座り、入れ替わる様に里奈が立った。
「では、到着するまで各自自由に待機しろ。この飛空艇には大抵の物が揃ってるから、多分不自由することはないだろう。ただ、適当に弄くり回すと彩夏のやつがキレるから気をつけろよ」
*****
「どうした、健吾? なまってるんじゃないのか?」
「ふん……まだまだこれからだろ」
≪シエル≫内の錬武場で里奈と健吾は拳の応酬を繰り広げている。
これからの依頼に向けての軽い準備運動。
なのだが、
「わぁ……」
二人のやり取りを邪魔にならない場所で見学しているハルは目を見開いていた。
「全然見えない……」
拳の軌道が、である。
二人はその場から一歩も動いていないが、その両腕は絶え間なく相手の拳をいなし、攻撃している。だが、速過ぎてその動きが見えないのだ。
とてもじゃないが、≪軽い≫準備運動には見えない。
「お、ようやく調子出てきたな」
「最近なまってるからな……好き勝手やれるお前と違って」
こんな二人の会話と空気を切る音は聞こえるが、やはり二人の両腕の動きは全く見えない。
(健吾さんも……里奈さん並に凄いんだな)
中途半端な強さでは、あの風谷里奈の幼馴染など出来ないのだろう。
(おぉ、また速くなった)
なんて、驚愕しているハルの隣りでは、
「すぅ……すぅ」
と、ハルの肩に頭を乗っけた千が寝息を立てている。
(……こっちは緊張感ゼロだな)
思わず苦笑していると、
「おい、天城」
健吾と拳の応酬をしている里奈に声をかけられた。
「何です、風谷会長? と言うより……喋ってる余裕なんてあるんですか?」
「準備運動をそんなに真剣にやる奴はいないだろ。それより、何か話をしろ。暇だ」
「……その言葉で俺が傷ついたのには気付いてるか?」
何て言う健吾だが、こちらも汗はかいているもののそれ程必死にやっているわけではなさそうである。
(それであの動きか……ありえないだろ)
とは、言葉に出さずに、じゃあ、と里奈にとある疑問をなげかけた。
「昨日、俺と闘ってた時に地面を持ち上げたじゃないですか? あれって、やっぱり会長の『魔術』ですよね?」
言いながら、何て現実離れした質問だろう、と思っている。
「そうだ。そう言えば……お前には私の魔術を教えてなかったな。これからは一緒に闘う『仲間』なんだし、一応教えておくか」
「仲間……」
その言葉にハルの頬が緩む。
(いい響きだなぁ)
「さて、それじゃあ……健吾、実験台よろしくな」
「は!? ちょっと待て! お前もしかして!」
焦る健吾のことなどお構いなしに、里奈は健吾の両腕を掴んだ。
直後、
「ぐっ!」
健吾が前のめりに倒れた。
上半身が今にも崩れ落ちてしまいそうなほどプルプルしている。
「てっ……めぇ。ちょっとは……手加減しろよ」
憎々しげに里奈を見上げる健吾。
「十分したさ。それにしても……いい眺めだ」
対する里奈は、健吾を見下ろしながらニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「?? あの……何が?」
ハルの目には、健吾が里奈に土下座しているように見えている。
「これが、私の魔術だ」
地に這いつくばる健吾を指差す里奈。
「???」
ハルは何が何だかわからずに首を傾げた。
「私は『手で触れた物体の重さを自由に変える』ことが出来るんだ。まぁ、他のに比べると滅茶苦茶地味な魔術だな」
そう言って、里奈は自嘲気味に笑った。
「手で触れた物体の重さを……あ」
健吾が倒れる寸前、里奈が健吾の両腕、つまり、≪上着≫を掴んでいたのを、ハルは思い出した。
「じゃあ、今健吾さんが来ている服って……」
「ああ。軽く三百キロ近くある」
「さ、三百……」
一瞬で服をそんな重さにされてしまっては、ああなるのも当然だ。
「おい! 速く……俺の服の重さを戻せ」
「今戻してやる」
仕方ない、といった感じで里奈は健吾の服に触れた。
「ったく……っと」
健吾はすぐに立ちあがり、肩をグルグルと回し始めた。
「ああ、もう一回触れると元に戻せるんですね」
「そう。それと、時間が経てばいずれ戻る。昨日は地面の重さを『羽毛布団』並にしたんだが、実を言うと私もあそこまで上手くいくとは思わなかった。あの三年の不良達と闘った後だったから、地面が丁度いい感じで痛んでたんだな」
「何か……魔術ってすごいですね」
改めてそう思うハル。
この世の常識や摂理を全てひっくり返す力を、魔術は持っている。
「そうだな。これとは比較にならない、とんでもない魔術を持った奴は確かにいる。それこそ、お前の近くにも、世界でも類を見ない魔術を持った奴がいるんだぞ」
「え……俺の近くに?」
ハルが里奈の顔を見返していると、
「天城さん、こんな所にいたんですか」
錬武場に蓮華がやってきて、
「ちょっと手伝って欲しいこ…と……が……」
ハルの肩を枕にして眠る千を見て笑顔のまま固まった。
「ん? どうしたの、蓮華さん?」
そんな蓮華に首を傾げるハル。
そうすると、いい感じにハルと千の頭が接近し、
「は、破廉恥ですよぉ~~!!」
蓮華が顔を真っ赤にして二人の間に割って入ったのだった。