~第43話~
彩夏にちょっとした仕事を頼まれた蓮華とハルは、大きな箱を両手に持ってシエル内の廊下を歩いていた。
「年頃の男の人と女の人が……あ、あんなことしてちゃ駄目ですよ」
「その言い方は誤解を生む気がするけど……千さんが気持ちよさそうに寝てたから、起こすのも可哀そうかな、って思って」
「それでも駄目ですよ、天城さん」
「う……ごめんなさい」
蓮華に睨まれて頭を下げるハル。
「大体……何故、御柳さんと天城さんはあんなにも仲がいいんですか? 下の名前でも呼んでますし」
「まぁ、一緒に住んでもう数週間経つし、千さん優しいからつい気を許しちゃうんだよね」
「許し過ぎです……って、え? 今……一緒に住んでるって言いませんでした?」
「え……言ったけど……もしかして、知らなかった?」
「し、知りませんよ! ど、どういう事ですか!?」
両手に持った箱を投げ出しかねない勢いでハルに詰め寄る蓮華。
このままでは箱を落として彩夏に怒られてしまう、と思ったハルは一息に説明した。
「お、俺と千さんは寮みたいなところに住んでるから、別に二人だけという訳でもないし、一緒に食事をするぐらいで、それ以上は何もないよ」
「む、むぅ……」
ハルの必死さが伝わったのか、蓮華は段々と冷静になっていった。
「りょ、寮なら仕方ないです……こ、これからも何もない生活を続けて下さい」
「は、はい……はぁ」
どっと疲れたハルが密かにため息を吐く。
(日に日に蓮華さんがアグレッシブになってるような……でも、健吾さんとか里奈さんと話してる時はこんな感じか)
これが本来の蓮華さんなのかな、と思っていると、
「あ、ありがとうございます、健吾先輩」
なんて言う声が、少し先の部屋から聞こえてきた。
「今の……桐野宮先輩の声ですよね?」
「うん……そう、だけど」
(何か……少し違うような)
今までの彩夏のとは違う、喜色が全面に押し出されたような声だった。
「別に気にするな。これは、彩夏じゃ無理そうだからな」
ハルがコッソリと部屋を除くと、健吾が大きな箱を棚の上から降ろしながらそう言っていた。
「す、すみません」
何度も頭を下げる彩夏。その仕草はいつもの事務的なものとはかけ離れていた。
そして、
(うわ~……桐野宮先輩、顔真っ赤)
頭を下げる彩夏の顔は湯でダコのように真っ赤に染まっていた。
(羞恥半分、嬉しさ半分、ってところか……成程ね)
この状況だけで、ハルが色々と気付くのには十分だった。と言うより、彩夏の恥ずかしそうにしながらも嬉しそうな顔を見れば、恐らく誰でもわかる。
(つまり……桐野宮先輩は健吾先輩に恋心を抱いている、と)
「よっ、と……これでいいのか?」
健吾が降ろした箱の中身を彩夏に見せると、
「だ、大丈夫です。ありがとうございました」
顔が赤いのを悟らせないためか、彩夏は俯き気味に頷いた。
「よし。じゃあ、ここに置くぞ」
「は、はい」
「っと……他に力仕事はあるか?」
「え……い、いえ。今の所は……ない、です」
「そうか。じゃあ、また何かあったらいつでも呼んでくれ」
「あ……ま、待って下さい! 健吾先輩!」
部屋を出ようとする健吾を呼び止める彩夏。
「? どうした?」
「えっ……え~、っと……ち、力仕事はないんですけど……し、仕分けを手伝ってもらえませんか? 色々とごっちゃになっちゃってて……」
「別に構わないが……俺は何もわからないぞ? それでも大丈夫か?」
「は、はい! 全然大丈夫です! あ、あの、これを着けて下さい。す、凄い汚れてますから」
「ん、ありがとう……よし、ちゃっちゃとやるか」
軍手を受け取った健吾はそれを着けて彩夏の隣に座った。
「っ……」
彩夏の顔が一際赤くなるのは当然だった。
(……入りづらくなった)
そのやり取りを、悪いと思いながらも、一部始終見ていたハル。
(あんまり意識しすぎるのも、下種の勘ぐりなんだけど……それでもなぁ)
この雰囲気に割って入る勇気はなかった。
「天城さん……」
一緒にコッソリと彩夏達の様子を見守っていた蓮華が、いつの間にかハルを見上げていた。
どうしましょう、や、ちょっと時間潰しましょうか、などと言うのだろうな、と思っていたハルは、
「何で、私達は隠れてるんですか?」
と言う蓮華の言葉を聞いて、驚愕した。
「え……何で、って……雰囲気?」
答えに困窮したハルはそう聞き返してしまった。
「雰囲気、ですか? ……よく、わかりません」
蓮華は再度彩夏達に目を向け、首を傾げた。
(もしかして……蓮華さん、気付いてない?)
蓮華の一連の反応を見る限りだと、そうとしか思えなかった。
(鈍感と言うか、何と言うか……)
まるで、恋、というものを全く知らない子供のようである。
「お前達……何してんだ?」
そんな怪しい二人に声をかけたのは、首からタオルを垂らした里奈だった。
シャワーを浴びたすぐ後なのだろう、ラフな格好で若干髪を濡らした彼女は微妙にいつもと雰囲気が違っていた。
「あ、あはは」
だが、またもどう答えていいかわからずに曖昧に笑うハルは、そんな雰囲気の違いには気付いていない。
「?」
ハルを訝しみながら、里奈も蓮華の覗いている部屋を同じように覗く。
「これは?」
「あ、それはまだ使えるので残しておいて下さい」
「了解……これは?」
「それは……残念ですが、もう寿命ですね」
部屋では彩夏と健吾が機械の部品の仕分けをしている。
「……そう言う事か」
里奈はそれだけで全て理解し、蓮華とハルに目を向け、もう一度部屋を見て、
「……はぁ」
とても面倒くさそうにため息をついた。
(あ……会長も苦労してたんだな)
そのため息でハルも里奈の心境を理解し、軽く同情した。
「???」
未だに首を傾げている蓮華を無視して、里奈はハルの耳元に口を寄せ、
「とりあえず、今は普通に接しろ。それが……彩夏のためでもある」
と、耳打ちした。
「? わかりました」
ハルはとりあえずその言葉に従うことにし、困惑している蓮華を連れだって部屋に入った。
「桐野宮先輩、頼まれていたものを持ってきました」
「え……あ、天城君と蓮華さん、それに里奈会長まで……い、いつからそこに?」
「今さっきですよ。これが以外に重いので時間かかっちゃいました」
しれっと嘘をつくハル。
蓮華はハルの言葉に首を傾げていたが、何も言わなかった。
「そ、そうですか。お二人とも、ありがとうございます。そこに置いておいて下さい」
彩夏は普段の事務的な自分を何とか演じているが、所々綻びが見えている。
「天城、ちょっと来い。蓮華は彩夏と健吾の手伝いだ」
「あ、はい」
イマイチ状況を理解していないながらも、蓮華は健吾と彩夏の間に座って手伝いを始めた。
「天城、出るぞ」
「はい……」
部屋から出る際、ハルの視界に彩夏の顔がチラッと映り込んだ。
「……ふぅ」
(あれ?)
残念がってると思っていたハルは、彩夏が密かに安堵していることに驚く。
(……そっか……桐野宮先輩、緊張もしてたんだ)
好きな人と一緒にいて嬉しかったが、それ以上に不安だったのだろう。
(難しいものだな……)
先程里奈が言っていた、彩夏のためにもなる、という言葉の意味を理解したハルは、里奈の後を追って部屋を出た。
*****
「彩夏は健吾のことが好きだ」
先程の部屋から大分離れた廊下で、里奈は口を開いた。
「まぁ、そうでしょうね……ちなみに、この事を知ってるのは?」
「私とサティ、それとお前だ」
「蓮華さんはやっぱり気付いてないんですね」
「ああ。あいつはそういう感情を知らないんだと思う」
「感情を……」
ハルが深刻な顔になるのを見て、里奈が、勘違いするな、と呆れ気味にほほ笑みながら言った。
「昔のショックで、とかシリアスな話じゃない。あいつは究極に純粋だから、本当にそれが何なのかわからないんだ」
「……この年になってもですか?」
「それがあいつの凄い所だ。言葉や意味は知ってるんだろうが、それが自分の中のどの感情かわからないみたいだな」
里奈の説明にハルは唸った。
「わかるような……わからないような」
「まぁ、蓮華のことは今は置いておこう。それより、彩夏のことだが……あいつらに関しては気を使わなくていいぞ。それを彩夏も望んでる」
「健吾さんは彩夏さんの想いに気付いてるんですか?」
「気付いてない」
即答する里奈。
「……呆れた兄妹ですね」
「……そうだな」
(お前も同じっぽいがな)
と、里奈は思ったが口には出さない。
「ライナさんは何て言ってるんです?」
「あいつは『初々しいわね』って言いながら、見守ってる……あいつも当事者の一人なんだがな」
「はい?」
「何でもない……私が言うのもなんだが、こういう事に関してはこの生徒会は中々厄介だ。人の恋路をとやかく言う気はないが、面倒事に巻き込まれたくなかったら変な気は使わないことだな」
(厄介? ……あ)
その瞬間、ハルの頭にとある推測が浮かんだ。それは、とてもあり得る話で、ただの興味本位で軽々しく里奈に尋ねていいようなものではない。
だが、ハルはつい口を開いてしまった。
「もしかして……会長も健吾先輩のことが好きなんですか」
「……そう来たか」
ハルの言葉に里奈は目を見開いて驚いた。
まさか、そんな直球で来るとは思わなかったのだろう。
「あ……ご、ごめんなさい! 余計なことでした」
慌てて頭を下げるハル。
冷静になって、かなり踏み込んだことを尋ねたと気付いたのだ。
(これこそ下種の勘ぐりじゃないか……)
後悔先に立たず。
怒られるの覚悟で頭を下げたハルだったが、
「気にするな。私の言い方が悪かった」
里奈の口調は思ったより柔らかかった。
「そうだな……」
と、里奈は顎に手を添えてしばらく思案し、
「健吾と私は長い事一緒にいるからわかるが……あいつはいい男だ。彩夏が惚れるのも無理ない」
それはどっちとも取れる言葉だったが、里奈はこう続けた。
「だが、私の好みではない」
明確な否定である。
「あいつも私のことをどうとも思ってないだろうな。良き親友、って所だ……幼馴染なんてそんなもんだ」
「そんなもん……ですか」
「だから」
里奈はハルの顔をじっと見て、悪戯っぽくほほ笑み、言った。
「お前にも私を口説くチャンスはあるぞ。お前は中々私の好みに近いから、もしかしたらオーケーを出すかもな」
「なっ!?」
ハルの顔が一瞬で真っ赤になる。
「冗談だ」
里奈はそんなハルを可笑しそうに笑い、
「まぁ、ここの厄介さはその内にわかるさ。嫌でも、な」
と言って、その場を去った。
「はぁ……全く」
ハルは火照った頬を手で煽ぎ、考える。
(会長に健吾さんへの好意がないのはわかった。まぁ、物凄く上手く嘘をついてたら話は別だけど)
だが、恐らくそんなことはない。里奈にとって健吾は、彼女が言ってた通り、大事な親友、なのだろう。
(厄介なことか……てっきり会長・桐野宮先輩・健吾先輩の三角関係かと思ってたけど)
そこまで考えて、ハルは思いっきり首を横に振った。
(これ以上は失礼だな……)
今は桐野宮先輩のことを陰ながら応援しよう、とハルは決めた。
近い未来、自分がその厄介な輪に入ることになるとも知らずに、ハルはそう決めたのだった。




