~第31話~
ハルが一瞬の浮遊感を感じた後、地面に足が着いた。
(この浮遊感は仕方ないとして、転移する時目を瞑ってしまうのはどうにかならないのか?)
今度サングラスでも着けてみよう、なんて考えながら、目を開けるハル。
これまでなら、鬱蒼と生い茂る草花が目に入った。だが、今回は違った。
「……街?」
ハルの周囲には、大きな建物が建ち並んでいたのだ。東京にも多くある、高層のビル群だ。
(でも……全部壊れてる)
その建物の殆ど全てに大きな亀裂が入っており、どれもが古臭かった。中には、完全に破壊されている建物もある。だが、ここが街だとわかる程度には原型を留めているので、廃墟群の一歩手前のような状況である。
(……さて、どうするか)
だが、ここがどこなのか、何てことは今のハルには関係ない。もうすでに闘いは始まっているのだから。
(とりあえず……俺のことを視認しているのは少なくとも五人)
現在、元は道路だったであろう場所の中央にハルは立っているが、その左右の建物から敵意剥きだしの視線が五つ注がれていた。始まってすぐに五人の参加者にみつかるハルは、やはり中々運が悪い。
(気配が完全に消し切れていない……新入生だろうな)
そのまま気付いていないフリをしてハルが道なりに歩き始めると、その五つの視線も同じように移動を始めた。
(慎重だな……乱闘になったらドサクサに紛れて攻撃するつもりだな、多分)
ハルが歩みを止めると、当然の如く、五つの視線も止まる。
「……ふぅ」
ハルは一度その場で息を吐き、
「…………」
スッ、と、何の前触れもなく姿を消した。
『なっ!?』
もちろん、五つの視線の主は焦った。
「ど、どこに! っ!? がっ……」
その一瞬後に、建物と建物の間に隠れていた一人がハルの手刀を延髄に受け、倒れた。
「俺が言えることじゃないけど、もっと冷静にね」
そう言い残し、ハルはその場を離れた。あとの四人を倒すためではなく、逃げるために。
(全員を倒す必要はない……さっさと生徒会長を探そう)
この闘いに勝つためには自分で生徒会長を見つけるしかない。もちろん、乗り気ではない。自分から死地に赴くようなものだから。
「まぁ、いい経験だと思えば、なんとか乗り越え、っ!?」
建物を壁沿いに歩いていたハルは、すぐさま横に跳んだ。
直後、その建物の壁から轟音とともに巨大な斧が現れ、ついさっきまでハルが歩いていた場所を薙ぎ払った。
「あっ、ぶな」
と、口では言うが、斧はハルに掠ってもいない。
「ふん。完全な不意打ちだったんだがな……中々いい反応をする」
建物の中から、想像通りの屈強な角刈りの男が斧を持って現れる。そのタイの色で、二年の先輩だということはすぐにわかった。
「あなたが斧を振る直前、気配を感じましたから」
言いながら、ハルは構えた。先程の新入生と違って相手は一年を桜楼で過ごしているので、余裕綽綽には出来ない。
「真っ向から俺とやるのか? この体格差だぞ?」
男はハルを見下せるほどの巨体である。正面からぶつかっては確かにハルが不利だが、それでもハルは笑みを浮かべる。
「ええ。それも、すぐに終わらせます」
「てめぇ……」
男はハルを睨みつけ、斧を両手に持って構えた。
「「…………」」
二人が沈黙し、静寂が訪れる。
お互いに隙を窺い、
「ぜあぁーー!!」
角刈りの男が先に動いた。
そして、雄叫びをあげた男は≪高速≫で、ハルの背後に回った。
(もらった!)
完全にハルの背後をとった男は勝利を確信する。
この男の戦法はこの巨体を活かした、だまし討ち、のようなものだった。
巨体でしかも巨大な斧を持っているこの男が俊敏だとは誰も思わない、という心理を逆手にとったものだ。ただ、この闘い方を男が編み出したのには、かなりの努力が必要だったことは言うまでもない。
「はぁーー!!」
もう一度叫び、斧を横薙ぎに振るう。刃の部分を向けていないのは、彼なりの配慮だった。
だが、そんな配慮は全くの無駄になる。
「よっ、と」
ハルが後ろを見もせずに、その攻撃を跳んで避けたからだ。
「……な」
男は信じられないものを見たかのように目を大きくする。実際、彼にとっては信じられない光景だった。タイミングは完璧、相手の意表も突いた、何一つ避けられる要素がなかったのだから。
(ば、馬鹿な……避けられ……た)
「ふっ」
斧を跳んで避けたハルはそのまま右に身体を回転させ、未だに目を見開いている男の顎を左の回し蹴りで横に打った。
ガコンッ!!
という音が鳴り、ハルの蹴りは直撃した男の顎は横にずらし、同時に脳を大きく揺さぶった。
「あ……」
と、男は叫ぶ暇もなく、前のめりに倒れ込んだ。
「ふう……」
男の横に着地したハルは、失礼と思いながらも脚先で男の身体を揺すり、気絶しているかを確かめる。
「よし。ちゃんとクリーンヒットしたな」
男がピクリとも動かないことに安堵したハルは続けて呟いた。
「しかし……<レイグレス>との闘いがこんな形で役に立つとは」
男のだまし討ちがハルに効かなかった理由はこれに尽きた。
つい二週間近く前に<レイグレス>と闘ったばかりのハルにとって、巨体だが実は素早い、という戦法は二番煎じ以外の何物でもなかったのだ。
「この人、かなり驚いてたな……ちょっと可哀そうだ」
哀れ、この男はピエロとなったのだった。
「さて……そろそろ行く」
ハルがその男に同情しながらも一歩進んだ瞬間、
パァン!!
という音が遠くで鳴り、
「っ!?」
ハルは狙撃された。
*****
ハルと男が闘った場所から五十メートルほど離れた場所に建つビルの屋上に、狙撃手はいた。
「よし!」
その二年の男は愛用の≪魔法銃≫のスコープから目を離し、ガッツポーズを作った。
≪魔法銃≫とは、自らの魔力を打ち出すことの出来る≪魔具≫の総称である。種類が多く、改造も出来るのでそれなりに人気がある。
自分の魔力を直接使う、という点では魔力の応用と同じである。ただ、ハルがやるような圧縮や拡張ほど難しくはなく、魔法銃に適切な量の魔力を込めれば、自動的に圧縮してくれるので、≪簡易版魔力の応用≫とも呼ばれている。
威力は低く、普通の魔法銃では直撃しても人を気絶させることしか出来ないが、それだけで十分だと思う者が殆どである。
ちなみに、人気はあるがこの魔法銃を≪魔物≫との闘いで使う者は少ない。上級の魔物に攻撃を加えるためには当然相当量の魔力が必要になるし、そもそもそんな量の魔力に何発も耐えられる魔法銃は世界に数えるほどしか存在しないからだ。
「これで、俺があの神埼玲奈のグループに……後世まで自慢できるな」
男はそういう≪ステイタス≫が欲しいだけだった。本気で玲奈の指導を受けよう、という気は彼には全くない。
神埼玲奈の唯一の教え子だった、というだけで様々な団体や企業から引く手数多なのだ。
「さて、あの一年坊主の気絶っぷりを拝見しておくか」
鼻歌でも歌ってしまいそうだった男が再度スコープを覗き込んで見たものは、巨体の男≪だけ≫倒れている光景だった。
「なっ!? あの野郎、どこに!」
一瞬の隙をついて放った一撃が避けられたわけがない、と思う気持ちと裏腹に男は周囲を探索する。
すると、
「次から次へと……先輩方は後輩を虐めるのがそんなに楽しいんですか?」
男の背後からそんな声が聞こえたのだった。
「う、後ろ!? っ!」
男が銃を後ろに突き付けた瞬間、ハルの容赦ない一撃が男の腹に深く決まった。
「がぁ!?」
ハルの一撃は屋上の壁をぶち壊し、口から血を吐く男は階下へと落下した。
「ふん……後世まで自慢出来なくて残念でしたね」
瓦礫と共に落ちる男を一瞥し、ハルはそんなことを呟いた。