~幕間②~
桜楼学園の生徒会室に、男女二人の姿があった。
一人は、見ようによっては動物のたてがみに見える荒々しい長髪の≪獣人≫の女生徒。もう一人は、短髪で爽やかな印象を与える男子生徒。
獣人の女生徒の名前は【風谷里奈】。桜楼学園の四年生で生徒会長でもあり、実質桜楼学園で一番権力を持っている生徒である。
短髪の男子生徒の名前は【楠木健吾】。里奈の一つ下の三年で、生徒会に所属している。彼には【蓮華】という妹がおり、現在桜楼の一年である。
「ふーん……成程な」
机に肉付きのいい足を大胆に載せた里奈が、携帯をいじりながら呟いた。
「机に足を載せるな」
そんな里奈を書き物をしながら注意する健吾。
後輩にあるまじき言葉使いだが、二人は子供の頃からの仲なので、そんな事はどちらも気にしていない。
ちなみに、健吾の妹の蓮華も幼馴染の一人であり、この二人は自分と他人には厳しいが、蓮華にはとことん甘い。
「何だ、私の生足が見たくないのか?」
里奈はニヤニヤと笑いながら片方の足を健吾に向けた。
角度によっては、完全にスカートの中が見えているだろう。
「馬鹿か」
だが、健吾は里奈の足には全く目もくれずに書類にペンを走らせている。今さら幼馴染の足におかしな気持ちを抱くなんてことはなかった。
「……つまらん」
そう言って、机から足を降ろす里奈。このままでは健吾が煩そうなので、一応従ったのだ。
この二人の力関係はとても微妙だった。
「それで、何が成程なんだ?」
「……ついさっき天城ハルと神埼玲奈が『第10転移室』を使ったそうだ」
「……何?」
その言葉に、健吾は初めて顔を上げた。
「『第10転移室』って、確か『混沌の森』に繋がってるよな?」
「ああ。私でもあまり行きたい場所ではないな」
「……その情報、本当なのか?」
「【彩夏】の情報だ。まず間違いない」
「…………」
健吾は、何故だ、と本気で思っていた。
≪混沌の森≫は新入生のハルが気軽に行っていい場所ではない。あそこの森林には危険すぎる魔物が多くいるからだ。
(あの人、何考えてるんだ)
ハルは妹の蓮華の恩人なので、あまり危険な目にあってほしくはなかった。
(蓮華が悲しむ姿だけは見たくない)
「……言っておくが、私が気になっているのは天城ハルが無事かどうかではないからな」
深刻な顔をする健吾に里奈は嘆息して言った。
「あの神埼玲奈が一緒なんだ。万が一にも死ぬことはない」
「? じゃあ、他に何が?」
「神埼玲奈がたった一人の生徒のために動いたってことだ。これはもう、天城ハルがグループに入ったと考えるべきだろう」
「けど、神埼先生はここ数年自分のグループを持ってないぞ」
「作ったんだろ。天城ハルだけのために」
里奈は携帯をしまい、天井を仰いだ。
「あいつを生徒会に入れようとしたが……相手が神埼玲奈じゃ……厳しいな」
「天城を生徒会に入れるってことは初耳なんだが……両方のグループに入らせればいいんじゃないか?」
「神埼玲奈がそんなどっちつかずな状態を許すとは思えないな」
目を瞑った里奈はしばらく考えを巡らせた。
(……これは、逆に面白いことになるかもしれないな)
グループの最高位に位置する生徒会と桜楼で最強と呼ばれている神埼玲奈が、一人の新入生を取り合う。
(そんな事態、二度と起きないだろうな……面白い)
里奈はついさっきまでの憂いなどなかったかのように、白く鋭い犬歯を見せて笑った。
健吾はその笑みを見て、またろくでもない事を考えてるな、と深いため息をついたのだった。
*****
ハルが自室で寝息をたてているであろう夜中。
「…………」
小さな明かりが点いているだけの居間に、暮月遊佐の姿があった。その手には、夕食の時にハルが斬った大根が握られている。
知らぬ者が見れば面白おかしい光景だが、遊佐の目は真剣そのものだった。
「なんだ、まだ寝てなかったのか?」
そんな遊佐に声をかけたのは、彼女の同僚のシンキだ。その格好は夕食の時よりもラフな、殆ど下着だけの格好だった。
「ああ……寝付けなくてな」
ミキに見つかったらこいつ殺されるな、なんて思いながら遊佐は返す。
「私も中々寝れなくてな……まぁ、お前に聞きたいこともあったから丁度いいな」
シンキは遊佐の隣に座り、綺麗に両断された大根の片方を受け取った。
「見事に斬れてるな~」
「そうだな」
シンキはじっくりと大根の切断面を観察しながら口を開く。
「で、『魔法障壁』はいくつ張ったんだ?」
「……『五』だ」
「遊佐の障壁五個を斬り裂いたか……本当に末恐ろしいやつだな」
ハルが大根を斬った時に感じた違和感の正体は、遊佐が密かに張った≪魔法障壁≫だった。
≪魔法障壁≫とは、名前の通り魔法の壁である。普通の魔法障壁はもちろん目に見えるが、遊佐は≪とある方法≫で魔法障壁を透明にしたのだが、その説明は今は割愛する。
「あの魔力剣、どのくらいの圧縮率だと思う?」
「詳しくはわからないが……魔法の百や二百では足りないのは確かだ」
「そっか……それをあの速さで、しかも、あいつに疲れた様子はなかった、と……確か、天城が玲奈に魔力の応用を教えてもらったのは昨日って言ってたな………」
デタラメだな、とシンキは呟き、遊佐もそれに同意している。
だが、もう二人は驚いたりはしない。
天城ハルという人物には、どんな常識も通用しないとわかったからだ。
「私と遊佐が眠れないのも、血が騒いだからだろうな」
「血か……そうだな」
シンキの言葉に遊佐頷いた。
「あんな才能を見せらたら本能が奮い立って当然だ……お前もその口だろ、千」
シンキは廊下に声をかけた。
「…………」
返事はしなかったが、千は確かに廊下で二人の話を聞いていた。
「……ハル」
廊下から見える月を見上げながら呟く千の口元は緩められていた。
何を思って彼女がほほ笑んだのか、誰にもわからない。
私の物語をここまで読んで下さった方にお礼申し上げます。
次回の更新がいつになるかわかりませんが、四月から新しい生活も始まりますので、なるべく早く更新したいと思っています。
それでは、読者の皆様も健康を害さないように気をつけて下さい。