第四話 昼休みの情報交換
昼休みの食堂は、いつもより少しだけざわついていた。
花見の場所取りの話が、あちこちから聞こえてくる。
各部署の職員が行き交い、どこが空いているかの情報が飛び交っていた。
神崎は食堂の端の席に腰を下ろし、資料を広げる。
顔を上げて見渡すと、どの課も、もう動き出しているのが分かった。
「神崎さん……」
控えめな声に顔を向けると、川原美弥がトレーを持ったまま立っていた。
「どうしました?」
「私、花見の席……取れる気がしません」
神崎は一瞬だけ言葉を失う。
「えっ、美弥さんも席取り係ですか?」
「はい……戸籍課で、今年は私がって……」
視線を彷徨わせながら、小さく続ける。
「こういうイベントの段取りとか、交渉とか……苦手で」
「それは……きついですね」
苦笑しながら、向かいの席を手で示す。
美弥は遠慮がちに腰を下ろした。
「神崎さんは、もう決めてるんですか?」
「いや、まだ調整中です」
そう答えたところで、背後から声がかかった。
「神崎さん、ちょっといいですか?」
振り向くと、情報課の長谷川が立っていた。
——いつの間にか。
「あ、長谷川さん。ちょうどよかった」
神崎は二人を見比べる。
「美弥さん、こちら情報課の長谷川さん。研修で一緒だった人で——」
言い終わる前に、長谷川が口を開いた。
「戸籍課の川原美弥さん、ですね」
眼鏡を軽く押し上げる。
「今年の花見係の担当者は、一通り把握しています」
当たり前のように言う。
「えっ……」
美弥が固まる。
「相変わらずですね」
神崎が苦笑すると、長谷川は気にした様子もなくタブレットを差し出した。
「各課の配置です。ある程度、出ています。共有しますか?」
「お願いします」
二人が身を乗り出すと、長谷川は淡々と説明を始める。
「神崎さんが考えている場所は、ほぼ埋まります。競合が多い」
「……やっぱりか」
「空いているのは、監察課の近くか守衛課の近くですね」
「どっちもNGだな」
率直に言うと、長谷川がわずかに苦笑した。
「もう一つあります」
「え?」
「情報課が押さえているエリアの端に、少し空きがあります」
神崎は思わず顔を上げる。
「いいんですか?」
「……調整すれば、問題ないです」
長谷川は一瞬だけ視線を逸らした。
(……今の、理由それだけか?)
「なんでそこまでしてくれるんです?」
長谷川は少し黙り込み、視線を泳がせる。
「……花見って、黒野さんも来ますか」
「……いや、なんでもないです」
「いや、気になるけど」
「本当に、大した理由じゃないので」
少しだけ早口になる。
「配置としても合理的ですし」
神崎は小さく笑った。
「そっか。じゃあ遠慮なく使わせてもらいます」
長谷川は静かに頷くと、美弥の方を見る。
「川原さんは? NGがなければ、守衛課の隣のスペースが桜も見やすくて、動線もいいです」
「あ、じゃあ……そこでお願いします」
「では確保しておきます」
美弥はほっと息をついた。
「なんだか……すごいですね、情報課って」
神崎は資料に目を落としながら答える。
「だな。助かった」
——これで、一応の目処は立った。




