趣味【特になし】設定を決める
ゲームを始めると、真っ青な世界。彼女は灰色の土台の上に立っていた。自分の体に触れてVRMMO特有の五感を使用するという新鮮さを体感した。
これはまるで現実のようだ。体を触れた感触は実際に触れたようだし、頬をつねってみたがしっかり痛みを感じた。自分の体が空想世界で自在に動かせるという感動に浸った。
目の前に薄い画面が浮かび上がる。
「ほう、初期設定だね……かなり細かく選べるんだ」
ゲームの設定画面はゲームよりも面白い。これは彼女が今考えた言葉だ。
どんな設定があるのだろうかと期待を胸に「次へ」のボタンを押すと画面が切り替わった。
「……個人情報」
何故だか急に現実に引き戻された気分だ。悩む必要もないので、そつなく入力していく。
「性別、女。誕生日……は正直に八月三日。年齢は十八で血液型は……ゲームと関係なくない?」
ゲーム内で毎日運勢占いを行ってくれるのだろうか? どうでもいいが正直に入力していく。そして最後の欄までたどり着いた。
「次、種族……? こんなのあったっけ?」
紹介動画や先行プレイでは見かけなかった設定だ。どうやら自身の種族を変更することによって得られるスキルやステータスが変化するらしい。
彼女の心がさらに躍る。
「大きく分けて四つ……人間、亜人、獣人、魔族」
どうやら種族によって初めのステータスやスキルが変わる。
人間はいわゆるノーマル。尖った性能はないが成長に癖がなく扱いやすい。初心者はこれを選ぶべきだ。
亜人はエルフやドワーフなど、人間の見た目をした別種の生き物。武器や魔法を友好的に使いたい場合は都合がいい。
獣人は狼人や兎人など、人の体に動物の特性が加えられた生き物。魔法やスキルを使って戦う人にはちょうどいい。
魔族はスライムやゴブリンなど、姿が人ではない。高難度のゲームを楽しみたい上級者専用だ。
人間は一つの種しかないが、他のカテゴリを選ぶと細かく種を選べるらしい。
「面白そうなんだけど……難しいのは嫌かなぁ」
彼女は迷わず人間を選ぶ。これは後から変えられる設定らしい。そのため序盤は堅実なプレイをしようと思い人間を選んだ。
次は自分が操るプレイヤーの見た目。身長や体重、体格や四肢の長さまでもが変えられるらしい。許容範囲が定められているがそれでも現実以上の美形を作り出すのは容易だろう。
だけど彼女は自分とかけ離れた見た目にしたくなかった。なにより自分のリアルの姿がゲームの中でかっこよく戦う、そんなシュールな絵面が見たい。
と言うことで、高いとも低いとも言えない身長に短い黒髪、それ以外は特に変えないでおこうと考えた。
このままの姿でいると個人情報をさらけ出しているようで漠然とした不安を抱いた。なんとなく短い髪を緑色に変えてみる。
「次へ」のボタンを押すと、目の前に自分の分身体が現れた。目の前に自分と同じ姿をしたNPCが立っている、彼女は奇妙な気持ちを抱いていた、
「おぉ……」
じっと顔を見つめてみると、なんだか美形に見える。ニキビやそばかすが消えてつやつやの肌になっているようだ。それに髪も眉毛の位置でそろえられており、髪質はサラサラでどことなくいい匂いがする。
腕や足には筋肉が少しだけ浮き出ていた。現実世界で困っている産毛やほくろは今や見る影もない。爪や髪には艶ができており、目もぱっちりとしている。
これが自分? 自分のようで自分ではないその姿に違和感を抱きながらも少し誇らしくなったのは内緒だ。
とにかく「次へ」のボタンを押す。
「で、でた……名前……」
プレイヤーネームを決めなければならないようだ。どうしてこの三ヵ月間で考えなかったのだろうかと頭を抱える。
正直な話、彼女のネーミングセンスは壊滅的だった。彼女が決めた名前で始めてしまえば、他のプレイヤーに笑われてしまうこと間違いなしだろう。
そんな焦る心とは裏腹に目線は一つの文章を差していた。
『この設定は後からでも変更できます』
「え? あとから変えられるの!?」
それなら苦悶する必要はない。後から本格的に決めればいいのだ! と彼女は現実逃避をしていた。
難しい選択から逃げたわけではない。いち早くゲームを開始したいがために保留という選択をしたまでだ。
頭をひねると一つの案を思いついた。手早く空欄をタッチしキーボードを操作した。『カリナ』だ。仮の名前だから『カリナ』
彼女は満足げにほくそ笑むと「次へ」のボタンを押す。すると最後の画面が出てきた。待ちに待っていた、この画面を……!
『あなたの職業を設定しゲームを開始』
これを押せばついにこのゲームが始まる。VRMMOが始まる!
「何になれるのだろうか?」と彼女は興奮を抑えきれないでいた。『働き者』『策略者』『天文学者』いろんな想像がはかどる。何故なら職業こそがこのゲームの醍醐味だからだ。職業とは、その人特有の能力だからだ。
彼女は三ヵ月間の溜まりにたまった期待を胸に抱く。
剣を握って剣士になるもよし、魔法を極めて世界一の魔法使いを狙うもよし。
このゲームであれば彼女は何にでもなれる気がした。すると自然に心が躍るというものだ。
「待っててよ! 最強の職業になってやるんだから!」
友人に気を遣われるのもこれがラストだ。
満を持して画面を押すと、世界が一瞬暗転する。
目が覚めると、緑を運ぶ風を感じた。




