職業【共存者】力を譲渡する
第十階層の空を歩く。
天は変わらず青い。雲の動く音が聞こえて、慌てて下を見る。
地上では人間の話し声や建物の音が鳴り響いていた。
だが、自然と心地が良い。うるさくはない、むしろ全ての音が愛おしいようだ。
「面白いだろう? ここにたどり着くまでに時間がかかったよ。僕は僕の心地の良い世界に住みたかったからね」
「でも、これはどういうことなの……?」
歩く人、飛ぶ鳥、揺れる植物。全ての動作が遅れている。
カリナとモザンの二人だけは普通に空を歩いているのには、なにかからくりがあるのだろうか。
冴える脳に心地よさを感じていると、モザンの動きが止まった。
「これは僕らの思考速度を加速させているんだよ」
「え? シコウソクドをカソク?」
「面白いことをしてたら、時間の流れが早く感じるだろう? あれだよ」
「……」
それはこれほどの次元の話ではないような気がする。
カリナの目には全ての物体の動作が遅れて見えるのだ。それが自分の思考速度が増していると言われても合点は付かない。
そう思っていると、モザンがゆっくりと肩から手を離した。
「カリナの【種族変化】で僕と似た身体にしている。この形を覚えておいてね」
「えっ、力を貸すって……もしかして……」
「今の君の種族は【嵌合獣】だ。ただ身体の構造をいじっているから普通の【嵌合獣】じゃない。だから覚えておいてほしいんだ」
「力の譲渡が知識だとは思わないよ」
自分の産毛の消えた肌をまじまじと見る。
外観で分かる変化は角のみだ。大きく変わっているのは、内部であった。
「体の末端から心臓に掛けて神経の量を多く通している。それに、【嵌合獣】の音と視界は常に他の生物と共有している。だから聞きたい音が聞こえるし、見たいものが見える」
「……そんな事ないけど」
「僕のことを鑑定できてるなら上々。もっと自由になるためには、結構な時間な掛かるんだよ」
そう言ってモザンは地上をじっと見つめた。
彼に分からないことはないのであろう。だからカリナが無銘舎の扉を開けた瞬間に、そこにいたのだ。
彼女は恐怖心を抱くと同時に、彼の潜在能力に好奇心が湧いた。
モザンのようになりたい。自由という言葉に甘いカリナは、自然とそう口走っていた。
「カリナならすぐに何でも見えるようになるよ。とりあえず今は思考の加速を自由に出来るようになるのが必要だね」
「といっても、自分の身体の中なんてわからないよ……」
「【種族変化】で僕の体を真似すれば良い。もしそれでも無理なら【始原顕現】で『半天使』になれば、少しは弄くりやすくなるんじゃないかな?」
「簡単に言うよね……」
カリナは感覚派ではない。生粋の理論派なのだ。
モザンの言うことが出来るとは思えないが、モザンは常にカリナの呼ぶ声が聞こえるし、カリナのことが見えるのだ。だから焦る心配はない。
「ありがとう。やり方は分かったよ。すこし強くなれた気がする」
「それなら良かった。ただまぁ一つ注意しておくべきことがあるんだけどね?」
モザンはカリナの肩を軽く叩く。
途端に体が重く感じる。
「っ!! ぁあ!」
「これ結構疲れるんだよねー。頭使ってるから当たり前なんだけど、使いすぎには注意ね?」
「――……ッハ、ッッアァ」
カリナは息が切れる。
目元がパチパチと点滅しだして、甲高い音が耳を貫くようだ。
頭が熱い、触覚が研ぎ澄まされて、風が体を蝕む。
「そ、そういうこと、先に言っててくれない……?」
「ごめんね? カリナならすぐに慣れると思ったんだけど」
「僕、体は強くないんだよ……」
頭をコツコツと叩くと、徐々に落ち着いていく。
深い呼吸を繰り返して、ゆっくりと目を開けると、そこには普段の光景が広がっていた。
モザンを見ても、鑑定できない。
「カリナ、また困ったことがあったら呼んでよ。君のためなら駆けつけてあげる」
「僕のこと、初対面なのに信用しすぎじゃない?」
「僕の能力が分かっただろう? 君のことは全てお見通しなんだよ」
「つまり信用に値する人ってことね」
「いいや。悪事を働けるような頭をしてないってことさ」
モザンは腕の力を抜いて笑う。
カリナは彼の目を一生懸命睨みつけるが、そこに苛立ちが含まれていないことは、モザンには筒抜けであった。




