第十話 虚勢
調停は二回目に入った。
裁判所の小さな会議室。
冷たい蛍光灯の下で、書類の擦れる音だけが響いていた。
圭介は椅子に深く沈み込み、必死に笑みを作っていた。
「……俺は認めねぇぞ。家族を壊すなんて間違ってる。俺がいなきゃ優香も翔も生きていけねぇんだ」
声は大きいが、掠れて震えている。
優香は静かに首を振った。
「私たちは生きていける。あなたがいなくても」
圭介の顔が歪む。
「俺を見捨てるのか!? 会社からも追い詰められて、家庭まで……俺に死ねってことかよ!」
その叫びに、凛が鋭く口を挟んだ。
「いいえ。あなたが失ったのは“信頼”です。被害者の顧客からも、ご家族からも」
静かな声が、圭介の胸を突き刺す。
彼は唇を噛み、机を睨みつけた。
(……俺を陥れてるのは凛だ。あいつさえいなければ……)
だがその妄執の声を表に出すことはできなかった。
調停委員の冷たい視線が、それを許さない。
*
会議が終わり、廊下に出る。
フラッシュの嵐が待ち構えていた。
「中村課長! ご家庭でも調停中と報じられていますが?」
「顧客への説明責任はどうするおつもりですか?」
圭介は記者に囲まれ、虚勢の笑みを浮かべた。
「……誤解です。家族も、会社も……必ず立て直しますよ」
その言葉は、もはや誰にも届かなかった。
記者たちのカメラは無情にシャッターを切り続ける。
隣を歩く優香は一度も彼を振り返らず、凛と並んで出口へ進んだ。
圭介の「最後の鎧」は、虚しい虚勢だけだった。