表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れた春に芽吹く、しずかな愛  作者: 婀娜
第二章 距離と優しさ
13/17

第九話 調停

──ニュース速報。

「大手証券会社・東邦セキュリティーズが販売した金融商品で、顧客に多額の損害が発生。損害額は四十億円を超える見込みです。虚偽説明の疑いもあり、会社は内部調査を開始しました」

キャスターの淡々とした声。

画面のテロップには、営業部課長・中村圭介の名前と顔写真。

その下には赤字で《不適切販売か》と並んでいた。

リビングでその映像を見つめる優香の手は震えていた。

(……もう、終わりだわ。今度こそ)



数日後、家庭裁判所。

静まり返った調停室の扉を押し開けると、優香は深く息を吸い込んだ。

既に席に着いていた圭介が顔を上げる。

やつれたスーツに無理に貼り付けた笑み。だがその目は濁っていた。

「……優香」

掠れた声に、優香は答えなかった。

調停委員が視線を巡らせる。

「では、本件の代理人の方々、お願いします」

静かに立ち上がったのは黒いスーツの女性。

「申立人・中村優香の代理人を務めます。橘凛弁護士です」

「……は?」

圭介が顔を跳ね上げた。

一瞬、息が止まる。

「お、お前……凛!? なんでここに……!」

血の気が引いた顔で立ち上がる圭介。

凛は表情一つ変えず、淡々と一礼した。

「被申立人の代理人は?」

もう一人の男が立ち上がる。

「石田裕翔です」

二人の弁護士の名が並んだ瞬間、室内の空気が張り詰めた。

凛と石田は弁護士会同期。

冷ややかな視線が交差し、火花のような緊張が走る。

調停委員が淡々と告げた。

「それでは離婚の是非について協議を始めます」



圭介は苛立ちを押し殺せず、声を荒げた。

「ふざけるな! 俺は離婚なんて認めねぇ! こいつが勝手に暴れてるだけだ!」

優香は真っ直ぐに言い返す。

「暴れてなんかない。……私はもうあなたと生きられないの」

「今さら何を! 俺がどれだけ大変か分かってんのか!」

掠れた怒鳴り声。だが凛が静かに口を開いた。

「ご依頼人は“嘘と恐怖の中”で十分に耐えてきました。

これ以上婚姻を続ける合理的理由はありません」

冷徹な声に、圭介の拳が膝の上で震えた。

「……お前か?おまえなのか、……全部仕組んで……」

喉まで出かかった言葉を飲み込み、顔を歪める。

彼にはもう、否定する力すら残っていなかった。

窓の外では、記者たちが待ち構えていた。

「東邦セキュリティーズ損害訴訟!」

「営業部課長・中村圭介氏、家庭でも調停!」

フラッシュが白く瞬く中、優香は凛の横顔を見つめた。

(……私は間違ってない。もう迷わない)

その決意の光は、社会に切り捨てられた圭介とは対照的に、確かに未来へ向かっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ