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壊れた春に芽吹く、しずかな愛  作者: 婀娜
第二章 距離と優しさ
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第六話 露見

夜九時を過ぎたリビングは、冷たい静寂に包まれていた。

優香はソファに腰を下ろし、膝の上で眠る翔の髪を撫でながら、ぼんやりとテレビを見ていた。

圭介はまだ帰ってこない。もう慣れた光景のはずなのに、胸の奥の不安だけが膨らんでいく。

そのとき、スマホが震えた。

知らない番号からのメッセージ。

開いた瞬間、息が止まる。

──ホテルのベッドに沈む圭介の裸の写真。

無防備な寝顔。傍らにはワイングラス。

そして添えられた短い一文。

《ご主人の様子です。奥様はご存知ですか?》

指先から力が抜け、スマホが床に落ちた。

心臓が喉までせり上がり、呼吸が乱れる。視界が歪み、耳鳴りが鳴り止まない。

「……嘘……でしょ……」

呟いても、映像は消えなかった。

冷たい事実が、彼女の世界を容赦なく突き崩していく。

「ママ……?」

翔が目をこすり、眠たげに顔を上げる。

優香は慌てて微笑み、震える声を押し出した。

「大丈夫よ。……ちょっとびっくりしただけ」

ぎゅっと抱きしめた小さな体温だけが、現実につなぎ止めてくれた。



深夜、玄関が開く音。

酒の匂いをまとって圭介が帰ってきた。ネクタイを緩め、気怠げに言う。

「なんだ、その顔」

優香は無言でスマホを突きつけた。

画面に浮かぶ“証拠”。

一瞬、圭介の目が大きく見開かれる。

だが次の瞬間、顔を歪め、怒鳴った。

「合成だ! 信じるな、そんなもん!」

優香は震える唇を噛みしめる。

「……違う。あなたの顔よ。見間違えるはずがない」

「だから違うって言ってんだ!」

圭介がテーブルを叩き、食器が跳ねた。

翔が寝室から泣き声を上げる。

優香は涙をこらえ、静かに告げた。

「翔の前で、もう嘘をつかないで」

その言葉に、圭介は一瞬だけ口をつぐんだ。

怒りも言い訳も出てこない。ただ沈黙が落ちる。



その夜、優香は眠れなかった。

隣で眠る翔の小さな寝息。

そしてスマホに残された写真。

何度も見返すたびに、胸の奥で何かが確実に砕けていく。

「……もう、終わらせなきゃ」

誰にも聞こえない声でつぶやいた瞬間、優香の心に静かな決意が芽生えていた。


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