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「紫童くん、いるかな」

 次の日の放課後、教室までぼくを迎えに来た星崎さんの姿に、それまでざわめいていたクラスメイトたちが水を打ったように静まりかえった。彼らが正気を取り戻すより先に、ぼくは急いで教室を出て、星崎さんの手を取ってその場を離れた。背後でどっと弾けるような音声おんじょうが上がったけれど、聞こえないふりをする。

 昇降口まできたところで、はっと我に返り星崎さんの手を離した。

「ご、ごめんなさい」

「ううん。むしろ」

 離したばかりの手を星崎さんに掴まれた。

「こうしていたほうが、繋がりを感じられると思うから」

 そうしてなぜかぼくは、星崎さんと手を繋ぎながら学校を出た。どうしてこうなった。

「どう? 魔法の練習は。そろそろ使えそう?」

 ちょっと練習すればすぐにできることを尋ねるような感じで気軽に聞いてくる星崎さん。ぼくは申し訳ない気持ちになりながら首を振る。

「今のところ、まったく兆しが見えないです」

「そっか。……ねえ」

「はい?」

「もしかすると、手だけじゃ足りないのかもしれない」

「え、」

 彼女の言葉の意味を理解するより先に、星崎さんは行動に移していた。

 繋いでいた手が離されたかと思うと、ぼくの腕と胴体の隙間に星崎さんの白い腕が割り込んできた。なめらかな細い腕がぼくのそれに絡められ、ぐいと引き寄せられて星崎さんの体に密着する。スクールシャツ越しの柔らかな肌の感触を感じて、緊張で力が入る。気のせいでなければ、というか間違いなく気のせいじゃないんだけど、二の腕に星崎さんの胸が当たっていた。気にしてないのか? 何を考えているのか理解できない。意識してしまうぼくがおかしいのだろうか?

「どう? 何か感じるかな」

 聞かれているのは絶対にそのことではない、という思考を必死に追いやって、ぼくは星崎さんとの間にあるという特別な繋がり、因果の縁のことを意識した。

 イメージが脳内に走った。

 闇夜の中、渦巻く煩悩の荒波にもまれながら、灯台の光を求めて枯れ葉のように浮かぶ小さな船にしがみつく自分がいた。

 光は見えないまま、小舟はあえなく波に飲まれ、投げ出されたぼくは暗い海へと沈んでいく。その海は温かかった。包み込むような柔らかさで、ぼくの体を底へ、底へと引きずり込む。真っ暗闇で自由を奪われているのに、不思議と恐怖は感じない。むしろ、誰かに見守られているような安心感を覚える。

 もしかしてこれが、因果の縁を通じて感じる星崎さんの存在だろうか。

「……感じた、かもしれません」

 気づいたときにはそう口にしていた。はっとして星崎さんを見る。彼女は嬉しそうにぼくを見ていた。絡められた腕にさらに力が入り、ぼくの腕は星崎さんの体により強く押しつけられる。

「やっぱり。この方向でいろいろ試してみようよ」

 まずいと思ってもすでに手遅れだった。ぼくが感じたものが本当に魔法を使うよすがになるかもわからないのに、星崎さんはすっかりその気だった。まずい。

 短い付き合いだけど、ひとつわかったことがある。星崎さんは、こうと決めると躊躇いがない。しかもそれは恐らく、正しいのだ。星崎カンナには正解を引き寄せる直感力がある。ほぼ死んでいたぼくの命を強引な手法で救ったことがその証左だろう。

 彼女の行動がエスカレートする未来を想像した。「いろいろ試そう」という言葉によからぬ期待をしてしまいそうになる思春期男子の自分が恨めしい。

 勘違いしてはいけない。星崎さんの行動は純粋な善意だ。ぼくの身を護ること、ただそれだけを考えている。けれど、その程度が常人を超えている。効果があるとわかれば、星崎さんはどこまでも踏み込んでくる。ぼくが拒まなければ、ぼくは自身の性欲を満たすこともできるのかもしれない。

 そんなふうに星崎さんの善意につけこむぼくを、ぼくは許せそうにない。

「……星崎さん、落ち着いて」

 組みつかれたのと逆の手で、星崎さんの肩を掴んでぐいと押しやった。星崎さんは目を丸くして、それからはっとした様子で、

「……ごめん。いやだった?」

 窺うような瞳が破壊的に可愛かった。さっきまでの決意が吹き飛びかけて、いや待て耐えろぼく、とぐっとこらえる。

「全然いやじゃないです。けど、いろいろ試すのは少しずつにしましょう。ぼくも頑張りますから」

 中身のない言葉だ。けれど星崎さんは特に反論もなく「そうだね。わかった」と了解してくれたので、ほっとする。

 これでいい。星崎さんの才能にいつまでもおんぶにだっこというわけにはいかない。ぼくはぼくにできることをしなければ。

 ぼくたちは再び並んで歩き出す。腕を組むのはやめたけれど、手は繋いだままだった。どぎまぎしているばかりではなく、彼女との結びつきをイメージしながら、星崎さんの体温を感じた。

「ところで、浅倉さんの容態はどうですか」

 浅倉さんは今日学校を休んでいた。シャドウと戦った昨日からの今日なので、どうしても嫌な想像が頭から離れない。

「毒にやられたって、平気なんですかそれ」

「レナは『大丈夫』って言ってたし、連絡したときも元気そうだったけど、そうだね、今から行ってみようか」

「え?」

「レナのお見舞い」

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