お見舞いはいらない
「わざわざ来てくれてありがとね~」
自宅の扉を開けて出迎えてくれたルームウェア姿の浅倉さんは、顔色がやや悪く見える以外はたしかにいつも通りの彼女だった。にこやかで、明るい。
その浅倉さんの目に、困惑と好奇の色が宿る。
「……で、なんでふたりは手を繋いでるの?」
「あっ。ええと、これはその」
「魔法の練習だよ」
どもるぼくをよそによどみなく答える星崎さん。浅倉さんは「ふうん。そっか」と納得したのかしてないんだかわからない相槌を打ったあと、「疲れたでしょ。あがってよ」とぼくらを招き入れた。
リビングに通されて、ぼくと星崎さんはソファーに並んで座った。さすがに手は離した。
あまり友達の家に行く機会がないから、どことなく据わりが悪い。どこに目をやればいいかわからず、視線が泳いでしまう。
ふと、テレビの両脇に設置された棚に目が留まる。複数段あるどの棚にも、家族の写真が額装されて飾られていた。写真館で撮ったらしい着飾ったものや、旅行中と思しきワンシーンを切り取ったものなど、いろいろな場面の写真がディスプレイされている。
どれを見ても、一番に目に入ってくるのは浅倉さんの顔だ。にこにこと、太陽みたいな笑顔をカメラに向けている写真の中の彼女は、紛う方なき撮影の主役だった。
その彼女の横には、とてもよく似た顔をした女の子がいつもくっついていた。
どの写真でも、写っている浅倉さんよりも少しだけ幼いその少女は、すべてを預けるようにして浅倉さんの体にしがみついて笑っていた。妹なのだろう。とても仲が良さそうだ。
姉妹だけではなく、ご両親もとても幸せに満ちた表情をしている。家族写真をこれだけ飾っているのは、さぞ仲が良い家族なのだろうと微笑ましい気持ちになった。
しかし唐突に、ぼくは不意の違和感を覚えた。その正体がわからず、ぼくは考え込む。
この写真、何かが足りない気がする。
「えへへ。ちっちゃいころの自分をそんなに見つめられるのはなんだかこそばゆいね」
飲み物を用意してくれた浅倉さんが立っていた。指摘されるほど見入っていたのかと思うと、顔が熱くなる。
「ごめんね。調子悪いのに」
「全然! 動いてるほうが気が紛れて楽だから」
「毒、つらくない?」
「うーん。めまい? みたいな、ちょっとした気持ち悪さがあるけど、もうほとんど影響ないよ」
「怪我みたいに治せればよかったんだけど、回復魔法じゃ効果薄いみたいで。解毒魔法とかあるのかな。探してみるね」
「気にしないでよ~。てか、魔法少女って耐毒性まであるんだね。魔法が使えて力が強くて毒にも対抗できるって、わたしたちってけっこうすごくない?」
「うん。すごいよね」
ふたりの笑い声。ことん、ことんとグラスをテーブルに置く音。その音を聞きながら、耳に残る浅倉さんの言葉を思い返した。ちっちゃいころの自分。
それで腑に落ちた。この写真、最近のものがないんだ。
見たところ、いずれも浅倉さんが小学校高学年になるくらいまでで写真の時代は止まっていた。
ぼくの視線に気づいたのか、星崎さんが写真のほうへ顔を向けた。
「一緒に写ってるのは妹さん?」
「えっ。あー……うん、そうだよ」
答える浅倉さんに、迷うようなそぶりがわずかに見えたのは気のせいだろうか。
「紫童くんのところと一緒だね!」
にかっと見せられた笑みに、抱いた疑念を押し込められた気がした。
「紫童くんはどう? ミカちゃんとは仲良い?」
「良いほうだと思いますけど、ときどき怒らせちゃうみたいで」
「あはは。お兄ちゃんと妹だとそんな感じになるのかな~。うちはね、めーっちゃ仲よかったよ。ほとんどケンカしたこともなくて、いっつもわたしのあとくっついてお姉ちゃんお姉ちゃんってさ。あたしもそんな妹が可愛くて大好きだったんだ~」
写真を見つめ、遠い目をする浅倉さん。まただ、とぼくは思う。あら探しをしているみたいでいやになる。それでも、その違和感を見ないふりができない。
どうして浅倉さんは、過去形で話すんだろう。
ぼくが勝手に抱えた不安をよそに、星崎さんは質問を重ねた。
「妹さん、名前は?」
「カグヤっていうんだ」
「カグヤちゃんは、まだ学校?」
今度こそ明白に、浅倉さんはうろたえた表情を見せた。動揺した自分に気づいて、取り繕おうか迷い、もう遅いと観念したように苦笑いをする。内心の動きが手に取るようにわかる表情の変化を見せてから、浅倉さんが口を開いた。
「病気でね。今、入院してる」
「あ……そうなんだ。大変だね」
星崎さんが眉を下げる。それから、「カグヤちゃんって何が好き?」と尋ねた。「え?」と、浅倉さんが困惑した表情を見せる。それから、はっと、恐ろしいものに気づいたように息を呑んだ。
「お見舞いに行くのに何か手土産を……」
「だめ!」
悲鳴のような声が響いた。星崎さんは驚いたように浅倉さんを見ている。一方の浅倉さんも、同じような顔で星崎さんを見ていた。
取り返しのつかないことをしてしまったと、今にも泣きそうに顔を歪めて、浅倉さんは笑った。
「……入院は、わたしが中一のときからずっとなんだ。……たぶんもう、退院できないと思うから。だから、お見舞いはいいよ」
沈黙が広いリビングに落ちる。
「ごめん」
「ううん! いいの。カンナが謝ることじゃないよ。……えへへ。失敗したなあ。うちに来るって連絡もらったときに、写真片づけておけばよかった」
ぼくは泣きそうになった。妹の存在を隠しておくべきだったなんて、そんなこと言わないでほしかった。だけど言わせたのはぼくたちだ。
きっと、誰も悪くなかった。なのに、誰もが申し訳なさを感じている。ぼくたちは、どうにもならない現実と向き合うには幼すぎた。
「……さてと!」
ぱちん! と手を叩いて浅倉さんが立ち上がった。にっこり笑ってぼくらを見て、
「お菓子食べようよ。とっておきのがあるんだ~」
うきうきした様子でキッチンへ向かう浅倉さん。痛々しいほどの空元気だ。
けれど、それを指摘するほどぼくらは子供じゃなかった。




