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離れの屋敷は住み心地が良いです.4


「おい、何をしている。その水、レイチェル王女に持って行くんじゃないのか?」


 レイチェルが動けないでいると、ベイカーが水差しを指さしながら問いかけてくる。このままじっとしているのも不自然だし、今一番優先させなければいけないのはピット。


(とりあえずどうするかはピットを助けてから考えよう)


「は、はい。では、あの私は急いでお水を届けてきますのでお二人はここでお待ちください」


 レイチェルはそう言い残して屋敷の方へ走って行き、玄関ドアを開けると階段下のピットへと駆け寄った。


「ピット、お水持ってきたよ」

『レイチェル、ごめんなさい』


 消えいるような声でピットは言うと、重い瞼をこじ開けるようにしてレイチェルを見上げる。緑色でよく分からないけれど顔色も悪い気がする。


「謝らなくてもいいよ。じゃ、お水に入れるよ」

『うん』


 ピットに声をかけ、静かに水差しの中に入れる。チャポンという小さな水音がして、覗き込めば水差しの底にゆっくりピットが沈んでいく。


(多分、このまま三十分もすれば、水差しの水はなくなりピットは元気になるはず)


 あとは待つだけ。これでピットは心配ない。そして、だ。


「どうしよう!!」


 レイチェルは頭を抱えてその場にしゃがみ込む。帽子の上から頭をガシガシと掻いたせいか、髪が数束零れて肩にかかったけれど本人は気づいていない。


 玄関先に人の気配を感じてぎょっとする。離れた所で待って貰おうと思っていたのに二人の騎士は玄関口まで来たよう。このままでは扉を開けてエントランスに入ってくるかも知れない。


「ピット。二階の寝室で待ってて。ちょっと揺れるわよ」


 レイチェルは水差しを慎重に、できるだけ揺らさないように持つと階段を駆け上がる。そして寝室のローテーブルにそっとそれを置く。それから王女レイチェルにならなくては、とクローゼットを開けようとするも持ち手を握ったところで愕然とする。


(絶対にばれる)


 何か変装をしている訳ではない。服を着替えたところで先程の侍女であることは一目瞭然。化粧で誤魔化すにも、レイチェルは化粧品を持っていないしやり方も分からない。


(騎士の鋭い目を誤魔化せるはずがない。……騎士、そうか。相手は騎士なんだ。だったらレイチェルが会いたくないって言ったことにすればいいんだわ)


 敗戦国からの賠償品であってもシリル国王女の肩書はある。一騎士ならそれ以上何も言わないだろう。


(もともとベイカー様は乗り気ではないし、あっさり帰ってくれるはず)


 そう期待して階段を下りて行くと、やはりエントランスに二人の騎士がいた。ピットを二階に連れて行ってよかったと思う。騎士の前には食事をのせたワゴンもあり、どうやら受け取ってくれたよう。


 レイチェルの姿を見ると二人は話すのをやめた。どちらの顔にも戸惑いが滲んでいる。


「お、お待たせいたしました。レイチェル様は、その、あの、誰にもお会いしたくないとのことです」


 二人の表情に戸惑いながらレイチェルが告げると、ベイカーが鋭い声で問い詰めて来た。


「それは誰であってもか? 例えば国王や殿下であっても」

「えーと、国王や殿下、ですか? ……も、申し訳ありません。とにかく、会えないそうなんです」


 もうここは謝るしかないと、深く頭を下げる。どうしてここで国王や殿下が出てくるのか分からないけれど、断るしかないと思う。

 頭を下げたレイチェルにピットが磨き上げた窓から西日が差し込む。数束、零れ落ちたピンクブロンドの髪がきらりと光りそれを見た騎士たちははっと瞠目する。暫く沈黙がレイチェルの頭上に流れた。


「……分かった。無理強いすることではない。それより、この食事だが、レイチェル王女はいつもこれを食べているのか」


 金色の髪の騎士の声が先程までと異なり硬いことに不安を覚えながらレイチェルは頷く。


「はい。一日三食、残さずきちんと食べております」

「これをですか!?」

 

 ベイカー様が目を剥き食事を見る。こちらは口調が変わっているけれど、余裕のないレイチェルはその事には気づいていない。


「こんな硬いパンをどうやって食べるのですか?」

「スープに浸せば柔らかくなります。歯ごたえがあってお腹も膨れます」


「このスープも飲んだのですか?」

「野菜も、時にはお肉も入っていて大変美味しいです」


「この果物、腐っているように思いますが?」


(あら、今日はデザート付き。ご馳走様ね)


「果物は腐りかけが甘くて美味しいんですよ」


 色の変わったバナナ。いい感じに熟しているのでピットが元気になったら焼きバナナにしようかな、と思う。


 思わずニンマリとしてしまう頬を慌てて引き締めるも、騎士達は呆然とレイチェルを見ている。


「……そうか、この食事に不満はないのか。シリル国王は自分の娘に本当に無関心だったのだな」


 吐き捨てるように呟いた金色の髪の騎士の言葉にレイチェルは首を傾げる。国王、殿下に次いで今度はシリル国王の名前まで出てくる。


「この屋敷に、他に使用人はいるのか?」

「いえ、私だけです」

「王家が手配した者はいないのか」

「食事を持ってきてくれる侍女はおりますが、屋敷の中に入ることはありません」


「……くそっ、俺がいない間にこんなことになっていたとは」


 形の良い唇を歪め、忌々し気に金色の髪をガシガシと掻く。会ってから終始穏和な笑みを浮かべていたのに舌打ちまでする姿に、レイチェルは目を瞳をパチパチとさせる。


(そういえば、私、この人の名前を聞いていない)


 今更ながらそのことに気付く。沢山の勲章をつけているし、身分の高い人のように思う。


「あ、あの。お名前をお伺いして宜しいでしょうか?」


 レイチェルの問いに、今度は金色の髪の騎士の目が見開いた。

 それから戸惑うように視線を彷徨わる。


「ここで名乗るべきか……いや、お互い誤魔化したところでいつかは分かること」


 侍女服姿のレイチェルを見ながらブツブツと呟いたあと、金髪の騎士は一歩前に脚を踏み出し、胸に片手を当てた。


「俺の名はフェンシル。この国の王太子で今シリル国から戻ってきたばかりだ。知らなかったとはいえ、一国の王女にこのような扱い、申し訳ない」

「フェンシル……フェンシル殿下ですか!?」


(まさかフェンシル殿下だったなんて! いえ、それよりも今私のことを王女と……)


 どうしてバレたのかとオロオロするレイチェルに向かって手が伸びてきた。ビクッと肩を揺らすもその手はレイチェルの頬を掠めると、こめかみから落ちた一束の髪を掬い上げた。


「シリル国ではピンクブロンドの髪は珍しいと聞く。失礼だが帽子を取って頂いても?」


 目線を横にすれば、骨ばった指がレイチェルの髪を摘まんでいるのが見える。これはもう誤魔化しようがないと諦めるしかない。


 レイチェルが帽子に手をかけそれを取ると、腰まであるピンクブロンドの髪が宙を舞う。羽毛のように柔らかく軽い髪がゆっくり落ちていく姿を見て、フェンシルは知らずに息を飲んだ。


「……貴女の待遇についてはすぐに改善させる。できればこの屋敷から出て、城で暮らして頂きたいのだが、それはそれで貴女に心労をかけるかもしれない。対応は考えるので、暫くここで我慢していただけないだろうか」

「もちろんです。ここでの暮らしに不便を感じたことは一度もございません」

「だが、使用人がいなければ困ることもあるだろう。侍女を一人、それから温かい食事をとれるように料理人も一人つけよう。あとは……」


(侍女と料理人! それではピットと自由に話すことができない)


 それは困る。シリル国にいた時からのピットとの約束で、人が傍にいる時は話しかけてはいけないことになっている。屋敷に誰かがいることは却って不便なのだ。


「あの、私はシリル国でも一人で暮らしてきました。常時使用人のいる生活には不慣れです。ですから今のままでも……」

「では、料理人は食事の支度の時だけ、侍女についても朝夕の決まった時間だけ来させるというのはどうだろう。いくら何でも、使用人がいないまま放ってはおけない」


(……放っておけない)


 いない者として育ってきたレイチェルにとって、気遣う言葉を向けられのは初めて。なぜか胸がほわんと温かくなり、気が付けば頷いてしまっていた。

 

「フェンシル殿下、さすがにこれ以上の長居は国王を待たせることになります」

「そうだな。レイチェル王女また改めて来る」

「わ、分かりました。お気遣いありがとうございます。それから私は賠償品として来た身、敬称は不要でございます」

「俺は貴女をそのように扱うつもりはないが呼び方はそうさせて貰おう。レイチェル、その食事には手をつけないように。温かいものを持ってこさせるので待っていてくれ」


 フェンシルはワゴンを端に寄せると屋敷を出て行った。残されたレイチェルは二階を見上げる。


(……ピットになんて説明しよう)


 使用人がくると聞いたら。

 怒って大雨を降らしたり、あちこちで火を吹かないか、それが気がかりだ。


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