離れの屋敷は住み心地が良いです.3
本日はここまで。
レイチェルは馬車で直接屋敷の前まで連れて来られたから、お城までの道順は分からない。
(でも、見えているのだから、真っ直ぐ進めばいいでしょう)
塔に閉じ込められるようにして育ったレイチェルは究極の箱入り娘ともいえる。でも根拠のない自信はある。多分大丈夫な気がしている。
玄関を出て、方向を確認するとまっすぐに雑木林に向かった。
雑木林と言っても、王宮の敷地内。それなりに手入れはされているだろうと考えていた。舗装されていなくても、小道ぐらいはあるだろうと。
そう思っていたのに、目の前を塞ぐように伸びる木々の枝は、伐採され手入れされた様子がない。道なんてどこにもなく、膝まである草が行手をはばむ。強引に突き進めば、侍女服や髪に蔦が絡まり、煩わしいことこの上ない。手に持っている水差しも邪魔だし、森の中は薄暗くて不気味だ。
それでも何とか方向だけは間違わないように、草を掻き分け進むと目の前が徐々に明るくなってくる。
(やっと抜けだせた)
思った以上に時間がかかったけれど、とりあえず雑木林を抜け出たことにほっと息を吐く。乱れた髪を整える時間さえ惜しいので、エプロンから出した帽子の中に押し込み、ついでに額の汗を袖で拭う。服は汚れ草や葉っぱが所々にくっついているので手で取れるものだけさっと払い落とし、みっともなくない程度に服装を正した。
(井戸があるとしたらお城の裏側かな)
雑木林を抜け辿り着いたのはお城の東側。
城の側面に沿うように長い屋根付きの回廊がぐるりと囲んでいる。木の陰から覗くと、回廊に人の気配はない。レイチェルは見つからないうちにと小走りで回廊に向かうと、そのまま城の裏側へと向かう。ピットの事が気になりどんどん走るスピードが上がり、その勢いのまま曲がり角を曲がってしまったのがまずかった。
目の前にいきなり紺色のジャケットが見えたと思った時にはぶつかっていた。ドン、と額をぶつけそのまま弾き飛ばされるように後ろに尻もちをつく。泥で汚れた茶色の男物のブーツが視界に入り思わずヒッと息を飲む。
「すまない、大丈夫か?」
怒鳴られるかと思ったけれど、かけられた声は想像以上に優しい。骨ばった大きな手が差し出され、戸惑いながらその手の先に目線をやったレイチェルは紫色の瞳を見開いた。
蜂蜜を溶かしたような金色の髪に、宵の空を思い出す濃紺の瞳の男性が少し心配そうに眉を下げ自分を見下ろしている。まるで物語から飛び出してきたその容貌に瞳をパチパチとする。男性の方もレイチェルをじっと見て時が停まったかのように動かない。
「うん? 見慣れない侍女服だな」
声を出したのは、やや後ろにいる赤毛の男性。二人とも背が高く痩身ではあるけれど引き締まった体躯をしている。腰に剣を付けているので騎士だろうか、とレイチェルは思う。
「も、申し訳ありません」
手を借りずに立ち上がろうとすると、サイズの合わない侍女服の裾を踏んでしまい軽くよろめいてしまった。そこに優しく腕が伸びてきて立ち上がるのを助けてくれる。
「城の侍女には見えないが、どこの所属だ?」
赤毛の男性が訝し気にレイチェルに視線を走らせる。その鋭い視線に汗が滲む。
(侍女? そうか。私、今侍女の服を着ているから)
それなら侍女の振りをした方がいいと思う。余計なことは話さない方がいいし時間もない。
「あ、あの。レイチェル様の……」
レイチェルに侍女がいるかどうかなんて知らないはず。でも堂々と答える勇気はなくて目線を下げ小さな声で告げた。
「シリル国からこられた王女の侍女ということか。しかしどうしてこんなところに?」
金色の髪の男性が、赤髪の男性の厳しい態度を目で咎めながら聞いてくる。
声音は相変わらず優しいけれど、出来るならもう自分に構わずに立ち去って欲しいいと思う。
「はい。お水を貰いにまいりました。離れの屋敷の裏側にある井戸は枯れているので水差し一杯ほど頂けないかと」
「では王女……確かレイチェルという名だったな。レイチェル王女は離れに住んでいるのか?」
やっぱりここでも自分の存在を知る人はいないのだな、と思いながら頷く。存在自体を忘れられるのは何も今に始まったことではない。二人の騎士は暫く顔を見合わせていたけれど、「こっちだ」と言って井戸まで案内してくれた。
井戸水を無事汲み上げ安堵したレイチェルは二人に深く頭を下げて立ち去ろうとしたのだけれど、
「では、東の屋敷まで案内しよう」
金色の髪の男性が先に立って歩き始めてしまう。
「あ、あの。大丈夫です。来た道をもどるだけですから」
「その汚れた服、あの雑木林を強引に抜けてきたのだろう? 分かりにくいが雑木林の北側に小道がある。少し大回りになるけれどその道を通ったほうが早く着く」
男性が指さす先には花園がある。小道はそこから離れまで続いているらしい。
「ベイカーお前は先に戻っていいんだぞ」
「いえ、私も一緒に行きます」
(赤い髪の騎士はベイカーというのね。もう会うことはないでしょうけれど)
小道は古いレンガを並べたもので、ヒビが入ったり欠けている物も多い。隙間から雑草も伸びていて手入れされている様子はなく、もう何十年も誰も使っていないような道だった。
確かに距離としては少し大回りになるけれど、行きよりもずっと早く屋敷に帰ることができた。
屋敷が見えてきたところでレイチェルは立ち止まり二人に深く頭を下げる。
「ここまでで大丈夫です。もう迷うことはありません」
「いや、せっかく来たのだから、レイチェル王女に会いたいのだが」
身体がびくりと跳ねたのが自分でも分かった。
(どうしよう、会いたいなんて。どうやって誤魔化したらいいの? ピット!!)
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