離れの屋敷は住み心地が良いです.2
これで今日の投稿終わるつもりでしたが、ヒーローキャラが出ていないことに気付きました。もう一回、今夜投稿します。
『レイチェル、暇〜』
ピットが空中に寝そべりゴロゴロと寝返りを打つ。退屈を紛らわすかのように時折ピュッと火も吹く。水の精霊だけれど何故か火を吹くことができるので、温めたり暖を取ったりととても役に立つ。
この国にきてまだ一週間だけれど、ピットのおかげで屋敷はもう掃除の必要がないほどピカピカ。
寝室に置かれたチェストから刺繍糸を見つけ、さっきから刺繍をしているレイチェルの周りを飛び回りながら、ピットは面白いことはないかと探している。
「シリル国にいた時は、なんだかんだで忙しかったものね」
レイチェルがその手を止めて、ピットにおいでと手招きをする。
シリル国は自然災害が多い国。
西の砂漠地帯では頻繁に干ばつか起こり、反対に東側では山脈から流れる川が氾濫を起こし畑や村を飲み込む。
時々訪れる牧師からその話を聞くたびにレイチェルは心を痛め、ピットに頼んで雨を降らしたり、川の流れを鎮めたりしていた。
『シリル国は精霊王に見捨てられた国だからね』
ピットの話では、精霊王はその土地を守る精霊たちを纏める王だという。水、火、風、土、全てを操る力を持つその王に対し、何百年も前にシリル国は大きな裏切りをしたらしい。王家は精霊王の怒りを買い精霊の加護を無くしたという。
精霊王が見捨てた土地は荒れ、災厄に脅かされた。それに加え、数年に一度、怒りを思い出したかのように精霊王が大干ばつや洪水を起こすのだ。
『自然災害の干ばつや洪水なら俺の力でなんとかなるけれど、精霊王が起こしたものは抑えられない。王の怒りに歯向かうことはできないからな』
言い訳のように、ピットが言う。
「ドーラン国を侵略したきっかけになった干ばつも、精霊王によるものだったわね」
『うん、だから俺、何も出来なかったんだ』
グルグルとトグロを巻くピットの鱗をなでる。
精霊王相手に敵うはずないのに拗ねている。
こういう時、お願いをするとピットが喜ぶことをレイチェルは知っている。
「じゃ、ピット。頼みたいことがあるの」
『なんだい! 任せとけ! あいつら水浸しにするか?』
パッと顔を上げたピットが尻尾で指すのは、王族の住む王宮がある方向。
「ダメダメ、そんなことはやめて」
『あいつら、レイチェルを虐める』
「虐められていない。ご飯美味しいし」
『いや……だからそれが』
ピットがため息を吐くように、小さな炎を吐く。
「裏庭に畑を作ろうと思うの」
『畑?』
「うん、ピットの好きなバジルの苗を裏庭の小屋で見つけたの。他にもいろんな種があったからいろいろ蒔いてみよう。花の種があるといいな」
『本当! やる、今すぐやる』
喜んで部屋中を飛び回るピットを連れて、レイチェルは裏庭に向かった。刺繍はピットが寝てからしようと思う。
裏庭の隅には物置小屋があり、中には鍬やスコップが入っていた。ピットは道具は持てない。ここは自分が頑張らないと、レイチェルは腕まくりをする。
とはいえ、スコップを持ったことがあっても、鍬は初めて。塔の窓から見た庭師のお爺さんを思い出し、見よう見まねで鍬を地面に振り落とす。土が柔らかいこともあり鍬は地面にさくっと入り、初めてにしては畝づくりは順調に進んでいった。
その間、暇そうに空中を漂い昼寝していたピットは、
「できた!」
レイチェルの声にバランスを崩して落下した。
「寝てたの?」
『起きてたよ』
「今、落ちなかった?」
それには答えず、ピットはできたばかりの畝を見る。畑と呼ぶには程遠いけれど、短い畝が屋敷に平行して三本走っている。
「植えたのはバジルと、トマトとさやえんどう。あとは何かの種。でも、こういうのって季節によって植える時期があるんだっけ」
今更ながらそう思うレイチェルに向かって、ピットは胸をはり。
『大丈夫、俺に任せろ!!』
くるりと一回転したピットをレイチェルは慌てて止める。
「だめ、ピット、あれを使っちゃ……」
言い終わらないうちに、アメジストのような薄い紫色の雨が降ってきた。
『慈愛の雨』
どんな作物だって、どんな条件でだって、ぐんぐん育つ不思議な雨。まるで、その土地自体を操るような雨。
でも、そのせいか消耗も大きい。大した広さを耕したわけじゃなかったのにピットの息遣いが荒くなっていく。
『レイチェル、褒めて! 俺すご……』
最後まで言い終えることなく、飛ぶ力すらままならなくなったピットはぽとりと地面に落ちた。
「ピット、ピット! しっかりして!!」
急いで駆け寄り、小さなピットの身体を両手のひらで掬い上げる。手の中でピットはぐったりと横たわって、苦しそうに息を吐く。明らかに、霊力の使いすぎだ。
『み…みず』
「うん、すぐ持ってくるね」
ピットは水の精霊。綺麗な水に身体を浸せば霊力が回復する。今までも調子に乗って霊力を使いすぎたことは一度や二度ではない。その度に塔の横の井戸から水を汲んでいた。
だから今回も井戸で水をくんでと思ったところで、はた、と足を止める。
(井戸の水、枯れていたんだ)
必要な時はピットに頼んで出して貰っていた。だから水瓶にも鍋にも水はない。
(どうしよう、今までピットに頼っていたツケがこんな形で帰ってくるなんて)
レイチェルは屋敷の向こうにある生い茂る雑木林を見る。木立の隙間から見えるのは真っ白なお城の外壁。あそこに行けば、飲み水があるはず。でも侍女からは雑木林の手前までしか行ってはいけないと言われている。
(私は敗戦国から賠償品として献上された。約束を違えるのはまずい)
それは分かっている。でも手の中にはぐったりとしたピット。このままにしておくとどうなるのだろうかと不安が胸に広がる。
(どんな罰を受けてもいい。そんなことよりピットの方がずっと大事)
「……ピット、ちょっと待ってて。お城でお水を貰ってくる」
『駄目だよ。見つかったら怒られちゃうよ? 何されるか分からないよ』
「大丈夫! 誰にも会わないように行ってすぐ戻ってくるから」
レイチェルは裏口から屋敷に入ると、二階へ上がる階段の一番下にハンカチを置いてその上にピットを寝かせる。ピットは苦し気に目を薄く開け、止めたそうにレイチェルを見上げる。レイチェルはその額をそっと撫でて優しく微笑みかけると台所に行って水差しを手に取った。
「じゃ、行ってくるからね!」
ピットが心配しないように、わざと明るい声を出しレイチェルは雑木林へ向かった。
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