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【電子書籍化】敗戦国から賠償品として来ましたが、王太子殿下は優しく甘えん坊の精霊もいるので、幸せに暮らしています。  作者: 琴乃葉


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花屋を始めました.1


「ピット、ここが私達の家よ」  


 レイチェルは平民街の片隅にある小さな二階建ての家を見上げた。家の裏には畑ができるほどの庭もある。


『レイチェル、俺今更ながら心配になってきたよ。 フェンシルの言う通りどこかの男爵の養女になったほうがよかったんじゃないの』


 その問いかけにレイチェルははっきりと首をふる。


「養女になっても、敗戦国から贈られた賠償品っていう肩書きは消えないわ。それなら平民として私は自分の力で生きてみたい」


 ピットはそんなレイチェルを心配そうに見る。世間知らずの塔育ち、人を疑うことを知らないレイチェルが商売をできるのか、不安しかない。


 でも、シリル国での肩書きを全て捨てたいという気持ちは分からなくない。フェンシルと街を歩いてすれ違った人達のように、自由に生きたいという気持ちは痛いほど分かる。


 

 用意してもらった家は一階が花屋、二階が住居に使えるようすでに準備が整っている。裏庭には温室が作られ、王宮から植え替えられた数種類の花が咲いている。花の仕入れ先も、資金も用意して貰った至れり尽くせりのスタートだけれど、ここから先の援助はいらないと断っていた。


「頑張ってお花を売って、借りたお金を返さなきゃ」

『あれは貰っておいていいと思うよ。多分、王族にとっては端金で、体良く敗戦国の王女を追い出したと思ってるんじゃないかな』


 少なくともフェンシル以外の王族はそう思っていると思う。しかしレイチェルの気がそれでは済まないのだ。




 開店一日目、いきなりできた花屋を物珍しそうに覗く人は多い。そこで、レイチェルは緊張した面持ちで店先に立つと


「いらっしゃいませ、リーチェ花屋です」


 声を振り絞るも、実際にはかの鳴くような小さな声で立ち止まる人はいない。

 

 見かねた隣のパン屋さんが常連客に声をかけて連れてきてくれたお陰で、小さな花束が五つ売れはしたけれど、それだけ。


(……やっぱり、お店を開くなんて無謀だったのかも)


 初日にして、自分の無謀さに心が砕け気持ちが落ち込んでしまう。


 今日はここまでか、と閉店前準備を始めたときだ、一人の青年が飛び込んできた。


「すみません! もう閉店ですか?」

「い、いえ、まだ大丈夫ですからごゆっくり見てください!」


 レイチェルが答えると、男性はほっとした表情を浮かべ店の中を見渡す。フェンシルの助けもあり店内は色鮮やかな秋の花でいっぱい。ガーベラ、マリーゴールド、コスモス、秋薔薇、あまりの種類の多さに青年は戸惑い視線を彷徨わせる。


「あ、あの。宜しければ花籠のアレンジすることができます」

「花籠?」

「はい!これなんですけれど」


 レイチェルが手にしたのは、直径二十センチほどの籠に薔薇とカーネーション、かすみ草を盛り合わせた花籠。


「えっ!? 初めて見たけれど、これはどうやって作っているのですか?」


 男性が不思議そうに花籠を覗く。


「籠の中心に水分を含んだ海綿のようなものを置いています。そこに切花を刺してアレンジしました。海綿は水を吸うので一日にコップ一杯ぐらいの水を足してください。一か月ほど綺麗にもつと思います」

「……海綿、ですか」


 初めて聞く言葉に怪訝な表情を浮かべる青年。レイチェルは花籠の花を指でそっと動かし、底にある緑色の固まりを指差す。


「これが海綿です。シリル国の砂漠地帯には水分を葉に含むことができる草が生えています。それを粉にして固めたものです」

「へぇ、資源のない国と聞いていたがこんなものがあったのか」


 青年はレイチェルの手から花籠を受け取り、まじまじと見つめる。この海綿はシリル国でも知られていないレイチェルオリジナルの品。簡単に育てられるけれど、食べれないし薬にもできないので誰からも見向きされていない。


 レイチェルだって牧師からその草の話を聞いた時はそんなものがあるのだ、ぐらいにしか思っていなかった。でも、水を含むことができる植物を見てみたいと水の精霊ピットが言い出し、ちょっと出かけてくると姿を消した三日後、苗を口に咥えて帰ってきた。


 それを栽培し、何かできないかと試していたところ偶然できたのがこの海綿で、塔の周りに咲く花をそこに刺すと花瓶より長持ちした。元々の植物が砂漠地帯を生き抜くほど強い生命力があるので、その養分が水にとけ花が吸い上げているのでは、とレイチェルは考えている。


 花瓶だと真っ直ぐにしかいけれないけれど、海綿を使えば真横に花を刺すことができアレンジがグッと広がった。いい暇つぶしとばかりに花をアレンジし続けたレイチェルの腕前はどんどん上がり続けた。


「実はこれから恋人に求婚をしようと思っているんだ」


 照れ臭そうに、でも真剣な眼差しで男が零した言葉にレイチェルは花を選んでいた手を止める。


(そんな大事なことに私の花が使われるなんて)


「あの、本当にこの……」

『この花屋でいいのですか、なんて言ったらだめだよ』

「!!」


 降って湧いたピットの言葉に慌てて口を抑える。でも、そんなレイチェルの様子に気づくことなく青年は幾つかの花を手に悩み始めた。


 花を手に取り、またもとの場所に戻す、それ繰り返す青年を見ているうちに、オレンジ色の花を選んでいたのだとレイチェルは気づいた。


「あの、……その色がお好きなのですか?」

「はい。あっ、私ではなく彼女が好きな色なんです」

「そうですか。それなら、オレンジ色の花で可愛らしい花籠なんてどうですか?」


 レイチェルはオレンジのガーベラを中心にかすみ草などの小花とレモンリーフを手にする。


「こんな感じの色合いです」

「いいです!! それでお願いします!」

「分かりました。ではお作りしますので、その間はえーと、そこの椅子でお待ちください」


 青年が椅子に座り見守る中、レイチェルは花籠づくりを始めた。レモンリーフの枝を斜めに切って海綿の側面に刺し、真ん中にオレンジのガーベラを挿す。時折赤や黄色のガーベラもアクセントに加えながら丸く可愛い花籠が出来上がった。


「これでいかがですか?」

「はい! とても素晴らしい。実は最近すれ違うことが多く玉砕覚悟の求婚なのですが、うまくいきそうな気がしてきました」


 くしゃりと笑うと青年はレイチェルが伝えた金額より多い銀貨を置いて彼女のもとへと向かった。




 次の日、男性は婚約者となった彼女と一緒に花屋を再び訪れた。


「昨晩はありがとう。君のおかげで求婚を受け入れてもらえたよ」

「だってあんな素敵な花籠初めて見たもの。しかも一輪一輪、選んでくれたって聞いたら。最近、仕事ばかりで私のことなんてどうでも良くなったのかなって不安だった気持ちもふっとんだわ」

「いや、それは早く親方に認めて貰いたくて……でも、何もいわなくて悪かった」


 男性はひとしきり謝ったあとレイチェルを振り返ると、幸せを噛み締めるような笑顔を浮かべた。


「ありがとう、君のおかげだよ」



 礼を言って帰っていく二人の後ろ姿を見送りながら、レイチェルは胸の奥に温かなものが広がっていくのを感じた。それがどん大きくなり身体中を包み込む。


 人と関わらずに育ったレイチェルにとって、感謝されるのはこれが初めて。


(私が誰かの役に立てた)


 居ないものとして、臭いものに蓋をするかのように扱われひっそりと暮らしてきたけれど。

 自分は存在して良いのかも、と初めて思えた。


 今までふわりふわりと根無草のように生きてきたけれど、身体の奥に芯のようなものが芽生える。ここにいて良いのだと。


 二人の幸せな笑顔が瞼に浮かぶ。


(嬉しい、というのはこういうことかしら)


 感情とは人との関わりの中で芽生えるもの。

 レイチェルの中でずっと止まっていた針が静かに動き始めた。



 頬が緩み唇が自然と弧を描くと、突然周りがふわりと紫色に光り始めた。それは瞬き一つの間のことで、レイチェルさえなにが起こったのか良く分からない。


(何、今の?)


 呆然とする頭で周りをみるも、通りを歩く人々は昨日と変わらず行き交うだけで、誰もレイチェルを気に留めていない。でも、目の錯覚、気のせいですますにはあまりにも鮮明で。


「……ピット、今、私光らなかった?」

『おめでとう、レイチェル。精霊の祝福が一つ降りたんだよ』

「精霊の祝福?」


 初めて聞く言葉に紫色の瞳を瞬かせると、ピットはぐるりと宙を舞い尻尾で窓をトントンと叩く。


『レイチェル、窓硝子を見てごらん』


 戸惑いながら、店先の小さな窓を覗き見る。そこにはいつもと変わらない姿が映るはずなのに。


「ピット! 赤い印が増えているわ」


 レイチェルはもっとよく見ようと厚く下ろしていた前髪を上げる。額には花弁のような細長い楕円形のピンク色のあざが二つ浮かびあがっていた。


 一つは縦方向でこれは前からあったもの。

 もうひとつはそれを九十度回転させた場所。

 時計でいえば、十二時と三時を指す短針の位置だ。


 ピットが初めて現れたのは、母親の死に泣き暮らしていた時。


 そして同じ時期、レイチェルの額にピンクのあざがひとつ浮かびあがった。そのあざはピットに話しかけた時にだけ浮かび上がるので、牧師達が来た時は絶対ピットに話しかけなかったし、ピットからも話しかけるなと釘をさされていた。


「今までこのあざが増えることはなかったのに」

『レイチェルの髪の色と同じだし、小さなあざだから髪をおろせば目立たないけれど、他人に気付かれないようにしなきゃだめだよ』

「以前からそういうけれど、どうしてなの?」


 窓に映るピットに目をやれば、無邪気な金色の瞳がいつもと違って荘厳に輝き、初めて見るような大人びた笑みを浮かべた。


『さあね、でもレイチェル。でも、俺はずっと一緒にいるから』


 そう言って、いつもと変わらない笑顔になるとレイチェルの肩にくるりと巻き付いた。




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