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◆9の6◆

◆神聖歴千五百二十六年 八ノ月 第二日 ヴァルシェリン村◆


 単に王子の偏食を矯正しようと思って口にした一言が予想外の方向に飛び火しそうになり、伯爵夫人ローズはあわてて俺の言葉を遮った。


「おや、これは失礼いたしました、伯爵夫人。私が言いたかったのは、魔導の力を身に付ける為の加行カリタは、身体の鍛錬(ゴン・フゥ)だけではないということです。飲食物についての選択と節制も加行カリタの一つでございますから、もし殿下に魔導を学ぶおつもりがあれば、好き嫌いはおやめ下さい」


 さっきの様子を見ると、カロ王子に「野菜は草だ」と吹き込んだ者に、伯爵夫人は心当たりがあるのだろう。その人物と彼女がどういう関係にあるのかは不明だが、意味も無く不興を買うことは避けたい相手のようだ。


「え、僕、騎士オリザや勇者ロークスみたいになれるの?」


「王族には必ずしも必要なものではありませんよ」


 眼を輝かせて声を上げるカロ王子を、諭すように伯爵夫人が制止する。確かに王や高位の王族にとっては、第一に求められている能力ではない。


「でも、ヴァーナ叔母様だって、魔導の修行をなさったのよ」


「あの方は優れた才をお持ちだったからです」


「ローズ、僕には才が無いの?」


 王子が少し目を潤ませるようにして尋ねる。


「い、いえ、そういう訳では……」


 気落ちしたその様子に、伯爵夫人は思わず口を濁した。慰め励ます口調で俺は口を切る。


「大丈夫でございますよ。私の見るところ、殿下は魔導の才をお持ちです」


「本当!」


「私は? 私は?」


 ぱっと表情を明るくするカロ王子に、セシル王女も声を弾ませる。


「騎士ブドリ、不用意なことを申し上げるべきではありません」


 伯爵夫人の目に怒りが宿る。俺は頭を垂れ、引き下がろうとする。それを王子が引き止めた。


「ローズ、僕は聞きたい! 本当に魔導の才が僕にあるのなら、知っておくべきだと思う」


 幼いながらもそれは、王族として臣下に命ずる声だったので、伯爵夫人も反対することができなかった。


「騎士ブドリ、答えよ。()()魔導の才はあるのか?」


「はい、どこまで伸ばせるかは断言できませぬが、殿下にはがおありです」


「どうしてそのようなことが分かるのです!」


 臣下として伯爵夫人は、殿下に対して反対できない。しかし俺に対しては別だ。激しく問いただす彼女(ローズ)に向かい、俺はその眼を見つめ反して答えた。


「昨夜、殿下たちのお寝みになった部屋の外で、扉を背に私も眠りました。護衛の任がありましたが、昼間のことも考え、仮眠をとったのです。その時、カロ殿下が私の夢に紛れ込まれたのを、確かに感じました」


「そんな、そんな……」


 伯爵夫人の瞳は激しく動き、動揺と思惑が交差していることを露わにした。


「ねえ、私は、私は?」


「王女様は十才でございます。明らかにあるとも、無いとも、私にはまだ言えません」


「私には()()が感じられなかったの?」


「もしセシリア殿下がその才をお持ちであったとしても、歳上のカロル殿下の才の方がより大きく成長しているはずです。セシリア殿下の生まれつきの才がよほど優れていれば別ですが、当たり前であれば、セシリア殿下が歳上のカロル殿下を押しのけて私の夢に入ってくることはできません」


「そうなの?」


「はい。ですから魔導の師弟が『夢を伴にする』のも、一度に一人ずつが原則です」


「そういうものなのか?」


「はい、殿下」


 俺がそう答えると、王子も考え込んだ。王女の方は何かブツブツ呟いている。


「騎士ブドリ、僕に魔導の技を教えてくれ」


 短時間考えた後、王子が心を決めた声でそう言った。いや、これは命令だろう。


「殿下、残念ながらそれはできません」


「何故だ!」


 まさか抗命されるとは思わなかったのだろう、半分立腹半分驚愕の混じった顔を王子は見せる。


「身分をお考え下さい。ほんの少し前まで平民であった私には、殿下の師となることなど許されないことでございます」


 伯爵夫人も当然のことと頷き、俺の言葉を肯定した。一度思惑を外されると、まだ幼いカロ王子だ、どうして良いか分からなくなってしまう。だが貧民窟出身で元こそ泥の俺が王子を弟子にするなんて、冗談でも笑えない。


「では、どうすれば良いのだ?」


「身分から考えますと、女伯爵ドナ・シーバ様あたりが適任ですが……」


「いや、あいつは苦手だ。というより、いいのか?」


 全然宜しくない。魔導の師弟は臥所を共にする関係上、親子兄弟あるいは伴侶並か、それ以上の縁を結ぶことになる。


 『毒使い』チェリスは、戦力としては並外れた存在ではある。しかし、王族の師とするには非常に外聞が悪いことは否めない。おまけに、あのニコラと兄弟弟子になるのも奨められない。


「聖銀騎士団で身体強化を身に付けるということもできます」


「ジャックの部下になれというのか!」


「いえ、騎士団には騎士オリザもおりますぞ」


「しかし、あいつは副団長であろう。やはり侯爵ジャックの風下に立つことになる」


 おまけに騎士になれば『聖銀のメダイ』を身体に埋め込まなければならなくなるしなあ。あれは痛そうだ。あの騎士団の連中が常に怒りっぽくて決闘ばかりしたがるのは、ずっと血を流し続けているあの『聖痕』が痛いからじゃないかと思う。


「準男爵ではありますが、『風刃の剣士』チチャモラーダ・コカバンバあたりは?」


 王家の魔導団第一席炎獄侯爵エビス、第三席雷鳴の魔導師バーリンカ、第四席暴風のペリィ、それに席外筆頭の岩使いリモンチェッロが行方不明(多分ネネムと戦って死んでいる)なため、女侯爵チェリスの次はチチャモラーダになる。だがこの辺りになると、どうにも小者感は免れない。


 伯爵夫人もチェリスやジャックを王子の師匠にすることは避けたいようだ。


「そうだ! ヴァーナ叔母様に頼んだら?」


 セシル王女がそう言うと、カロ王子は即座に拒否する。


「僕は神官になるつもりなんか無いぞ!」


「えーっ」


「そうでございますよ、セシル殿下。それはいくら何でもいけません」


 ポルスパイン派の頭領として祭り上げようとしているカロ王子が僧籍に入ってしまってはいかにも拙かろう。伯爵夫人としては、何としても阻止しなければならない。


「じゃあ、どうすれば良いんだ!」


 とうとう王子は、癇癪を起こしてしまったようだ。


「殿下、そもそも王族に魔導の技など必要ございません。いと高きその血筋に天より下された身分だけで十分なのでございますよ」


「それを言えばマルキス兄上やマシウス兄上だって、同じ父上の血を受け継いでいる」


「ヴーランクとポルスパイン両王家の血筋を統いているのは、カロル殿下とセシル殿下だけでございます。言わば二重に尊い血筋なのですから、お二人の方がより貴い天与の権利をお持ちです」


「だが、兄二人の方がずっと歳上だ。我らの臣民たちは、もっと分かりやすい『何か』が無ければ、を王位継承者として認めないだろうとアレックスも言っていたではないか」


 アレックスというのはアレクサンダ・カルヴァドス・ドン・ラゴ、元ポルスパインの宰相であり現在は王妃の侍従を務めるラゴ伯爵、この伯爵夫人の夫である。


「それが魔導の力なのでございますか?」


「ヴァーナ叔母のように、その力で実績を上げれば、臣民たちの信望を得ることができよう」


「それは、殿下……茨の道でございますよ」


 その覚悟を確かめ見通そうとでもいうように、伯爵夫人は真っ直ぐに王子を見つめた。


「水を差すようで申し訳ありませんが、魔導の修行というものは生半可な覚悟で成し遂げられるものではございません」


 俺はよく分からない何かで通じ合っているらしいカロ王子と伯爵夫人の間に割り込んだ。どうも二人は勝手に話を進め、とんでもない迷い道に踏み込んでいるように見えた。


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