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◆9の2◆

◆神聖歴千五百二十六年 八ノ月 第一日 ラモレ渓谷 シャンボー城◆


 驚け、皆の衆。俺様は出世することになった。と言うか、した。


 王妃は俺が『騎士シニョール』ではないことがどうしても気になったらしい。「この者が気の毒だ」という言い方をしていたが、要は身分の足りない者が子どもたちの身辺にいることに我慢ならなかったというのが実情のようだった。


 一種の潔癖性に他ならないと思う。『汚れた身分の者』が近くにいると、子どもたちまで汚れてしまうのではないか、そういう心配をしているのだ。王族なんて、いろいろと厄介なものである。


 それでいつの間にか俺は、特例で『中級士爵プレセプトレム』に叙されることとなった。理由は一応、「陛下が直答を許した」からだそうだ。『王妃付の騎士』として俺の年金には、三百銀エキュが加算される。


 現在国庫から支給されている俺の年金は八百銀エキュだが、中級士爵の年金は一千百銀エキュ以上だから、差額を王妃が御手元金から支出することになると、ラゴ伯爵夫人が説明してくれた。これで俺の首には、王妃様の引き綱が付けられたということらしい。


 しかもこのことで俺は旅の間、チェリスを飛び越して直接、王子や王女に話しかけることができるわけだ。


「万が一何かが起こりました時、この者が両殿下に進言することもできないのでは困りましょう」


 伯爵夫人にそう言われては、さすがの『毒霧の魔女』も異論を唱えられない


騎士シニョールブドリ、子どもたちを守って下さい」


「はっ」


 騎士叙任礼リッターシュラークのつもりなんだろう、跪かせた俺の肩を三度叩く王妃にそう言われ、頭を垂れて引き受けるしかできなかった。いやぁ、追い込むなあ。


 それにしても騎士叙任かぁ……あ、王妃はポルスパイン王国の正当な統治者でもあるから、その権限があるんだ。ヴーランクの共同統治者でもあるしなぁ。


 騎士叙任の権限を持つのは、神聖教会の大司教アルケピコウプス、それから君主モナァクあるいは王位請求者ペテ・スロォニなどの『最高主権イムペリュウム』を持つ者に限られている。


 てぇことは、この俺に対する叙任は、正規のものということになるのか。はぁ。



 この日の午後、王子と王女御一行様は旅立つことになった。『目立たないように』と紋章付きではないのだが、六頭立てで八本のスポークがある車輪が四つも付いた旅行用の箱馬車キャリッジでは、どう考えても身分の高い貴族が乗っていることが丸わかりだった。


 この他に二人の従僕や侍女たちが乗る幌馬車コーチが一台、食料その他の物資を載せた荷馬車が一台付き従い、それ以外の者は全て騎乗していた。もっともラゴ伯爵夫人と女伯爵は王子たちと同乗である。


 王子と王女、ラゴ伯爵夫人と侍女四人、毒霧の魔女ことシーバ女伯爵とその甥のニコラシカ・リュウモン及び郎党二十三名、御者や従僕で十名、最後に俺で合計四十二名である。


 これに馬車を引く大型馬が十頭、それ以外の中型馬が替え馬も含めて三十頭だ。出発するだけで大騒ぎであった。これで『少な過ぎ』と言われるのだから、あきれてしまう。


 これだけの大人数の中に紛れていれば、聖銀騎士団の奴等に見つからない自信が俺にはある。『ジャック』の奴が一人一人首実検でもすれば別だが、あいつと敵対しているチェリスがそんなこと許すはずもない。


 予想通り何事もなく、俺たちはシャンボー城を出立した。不機嫌そうな騎士団員の視線に晒されながら見上げる、八月の午後の青空は爽快だった。じりじりと照りつける日差しも気にならない。


 背後にシャンボー城の姿が見えなくなり、両側に木立が濃くなった頃、埃っぽい街道の先に倒木が道を塞いでいるのが見えた。樹間には複数の人の気配。おやおや、剣呑なことだ。








◆神聖歴千五百二十六年 八ノ月 第一日 ラモレ渓谷の街道


 第三王子カロルとと王女セシルの一行を待ち伏せる奴らがいた。


 前方に倒された数本の樹木。左右の木立の中には怪しい人影。


 騎乗して先頭を進んでいたニコラシカ・リュウモンが、大声を上げて行列を停止させた。彼は準男爵で毒霧の魔女の甥だ。チェリスより背が高く、六尺二指ぐらいある。臭いからすると、こいつも間違いなく毒使いだ。振り返って馬車の側でブリーズに跨がっていた俺を見て、顎をしゃくった。様子を見てこいというのだろう。


 俺は別にこいつの手下ではないので無視することもできたが、どんな奴が待ち伏せているのか興味があった。箱馬車の中の伯爵夫人に会釈してから馬を下りると、街道脇の樹間に踏み込んだ。何も街道を歩いて行って、真っ正面から接近する必要はない。


 馬上のニコラがそれを見て、ポカンと口を開け、それから眉を寄せて不機嫌な顔になった。大方俺が、犬のように奴の足元に駆け寄ってくるとでも思っていたのだろう。


 下草をかき分け先へ進んでいくと、樹木の後ろにしゃがんで身を隠している十人以上の男たちを見つけた。サーコートの下に鎖帷子を着込み、頭をぴったり覆うスカルキャップのヘルメットをかぶっている。武器は片手剣だが、刀身は二尺近くある。


 装備が揃っていることから考えて傭兵などではなく、どこかの高位貴族の配下だろう。多分街道を挟んで向こう側の樹間にも、同じぐらいの手勢が潜んでいそうだ。樹間から矢を通すことは難しいので、弓士がいるとすれば正面の倒木の陰だろう。


 都合の良いことに、眼前の兵士たちは一箇所に集まって隠れていた。俺は懐から目潰しの粉が入った包みを取り出し、突然姿を現した俺を見て驚いている奴らの頭上に投げつけた。そして広がるその粉の雲を被らぬように、急いで退避する。


 北方辺境領でのように大量に振り撒くわけにはいかなかったが、こいつは俺の得意技だ。目潰しの粉を食らった男たちはパニックを起こし、叫び出す。その中で俺の方に駈けだしてきた奴の顔を、右手の柳葉刀で切り裂いた。なあにわけは無い、奴等は半ば盲目だ。


 取りあえずそこにいた十人ほどを素早く無力化し、先に進んで倒木の陰で混乱している男たちを襲った。ここでも目潰しを使ったが、奇襲とはいえ先ほどの騒ぎの後では、全員の視力を奪うことはできなかった。


 素早く身を翻して、袖で両眼を覆った指揮官らしい男に、俺は寸鉄を投げた。狙ったのは喉だが、実際に当たったのは口元だった。しかし即効性の毒が塗ってあるから、問題ない。


 無論即死なんてわけにはいかないが、感覚や運動能力はたちまち低下する。それを感じるだけで混乱し判断力も落ちるから、十分効果的だ。そいつは焦って片手剣を振り回し、暴れることで余計毒の廻りを早めた。


 足元が覚束なくなった指揮官を無視して、俺は逃げ出そうとするもう一人を追う。毒を塗った寸鉄は、さっきの一本だけだ。だから腰帯から抜いた投擲用のナイフを、そいつの後ろ姿に向かって投げつける。盆の窪にナイフを突き立てて、そいつは前のめりに倒れた。俺は引っ返して、顔を掻きむしっている弓士たちやあの指揮官に止めを刺す。


「十八人」


 俺が箱馬車の方に引っ返すと、反対側の木立の中から出てきた十数人を、チェリスの郎党たちが囲んで、袋叩きにしていた。倍ぐらいの人数がいるのだから、圧勝して当然だ。待ち伏せしていた連中は奇襲をかけるつもりだったのだが、逆に俺に奇襲されてしまった。それも大きいはずだ。


 俺の身体強化は俊敏性と身体制御に偏っている。俺に倒された奴等は、常人の何倍もの速さで攻撃され、反撃する余裕が無かった。広い戦場での戦いではなく、障害物の多い林間での戦闘は俺の独壇場だ。普通の人間相手ならば、ということではあるがね。



 チェリスの配下たちの戦闘を観察していると、使用している武器にはどれも毒が塗られているのが分かった。軽い手傷を負わせるだけで、容易く敵を無力化することができる。間もなく襲撃者たちは制圧され、辺りは静かになった。


「十八人」


 俺がそう言うとニコラは怪訝な顔になった。


「俺が倒した数だよ。倒木の向こうと、こっちの林の中に転がっているから数えるがいい。それで、そっちは何人だ?」


 ニコラの奴は振り向いて、自分たちが倒した相手の数を数えた。どう見ても十八人より少ない。奴は前よりも、一層不機嫌な顔になった。



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