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◆8の2◆

◆神聖歴千五百二十六年 七ノ月 第三十日 ラモレ渓谷 シャンボー城◆


「陛下は解決せねばならない問題を抱えていらっしゃいます」


「ブドリ!」


 王に対する無礼な物言いに、今にも俺の口を塞がんばかりに前へ出ようとしたサティを、王は右手を前へ突き出すことで遮った。


「言わせてみよ」


「しかし陛下!」


 サティが本気なら王が止める前に俺をぶちのめしてでも黙らせたはずだ。だとすると単に盗み聞きを警戒しているだけか?


「陛下、外は大変心地よい日和でございます。このような日、このお城の屋上テラスからの眺めは格別と伝え聞きます。陽光を浴びますれば気が晴れまして、きっと良いお考えが浮かぶのではないでしょうか」


 腰を低くして俺がそう言うと、王は少し考え込んだ。多分、俺が隠れていたのだから、他の誰かもどこかで耳を傾けているかも知れないと気付いたのだろう。やがて頷くと部屋の出口に向かい、サティが押し開けた扉を過ぎて二重螺旋階段のある主棟の方へ歩き出した。


 天守楼ドンジョンの屋上へ出ると、間もなく正六刻を過ぎようとする太陽は南中するところで、明るい青空を白い雲がいくつもの群れとなって高く速く横切っていった。


「まるで草原を駆ける軍馬の群れのような雲だな」


 さわやかな風が屋上のテラスを吹き抜け、石の手摺りに近づいて眺めると、ひたすら続く青い空と緑の広がりが見えた。王も気鬱が少しは晴れたのか、目元を緩めて景色を眺めている。


「さて、ここでの話を知る者は我ら三人と風だけだ。先ほどの話を続けるがよい」


「はい陛下」


 俺はサティがテラスへの出口を見張れる位置に陣取っていることを確認した後、今一度王の傍へと近づいた。本来であれば、いくら密談のためとはいえ、俺のような平民がこれほど王の身近に寄るなどと言うことはあり得ないところだ。


 しかも王の身を守る者と言っては、サティ以外誰もいない。不用心にもほどがある。俺が暗殺者だったらどうするのだろう?


「クックックックッ。そんな顔で余を見るな。旧帝国の末期、皇帝の首を何度もすげ替えた宮殿衛兵団プレトアリニたちのことを知っておるか? 聖銀騎士団の奴ばらは、まさにあれにならんとしておるのだ。だが旧帝国でも彼奴等は、皇帝の座を左右する強力な軍事力を持っていたというのに、自分たちで帝国を統治する能力が無かった。聖銀騎士たちも同じよ」


 王の鬱屈とした表情は、物理的に自分の首が胴から切り離される恐れがあると心配していたせいだったようだ。


「そもそもの切っ掛けは、あの馬鹿者のマシウスがエレノアにたぶらかされたせいじゃ」


「左様で?」


「まあ、馬鹿な息子に似合いの馬鹿女だが、王族の火遊びとなるとそうも言ってはおれんわ」


「ははぁ。いったいどういうことでございましょうか?」


 よほど腹に据えかねていた模様で、王は吐き出すように話し始めた。だがその内容は俺が自分の首の方の心配をしなければならないほど、とんでもないものだった。


 この時代、王家を支える主戦力とされる聖銀騎士団は、定員五百名の部隊三つから構成されていた。この各部隊の戦力は、正騎士百五十、従騎士百五十、小姓・従者二百で構成するとされている。しかしこの定員は諸般の事情から必ずしも満たされているわけではなく、聖銀騎士の実数は一千余りというところであった。


 ただし、王家にはもう一つの戦力があった。魔導を戦闘職として使用し、広い戦場での範囲攻撃や攻城戦での攻守に力を発揮する王家の魔導師団という存在である。彼等は全員で十二名という少数精鋭であった。今まではこの魔導師たちを王家が抱えていることにより、聖銀騎士たちを牽制し、勢力の均衡を保つことができたのである。


「だが、あの女にそそのかされたマシウスが、エビスにお前たちの魔導師を捕らえろと命じたのだ。余があずかり知らぬうちにな」


 エビス・ビアレス・ド・レフィウスは王家の魔導師団第一席、実質上の団長であった。彼等魔導師団も又、今回の魔侯国との戦役では王都を離れることなく、従って何の戦果もなく終わってしまった。


 宮廷侯爵待遇のエビスは毎年十二万銀エキュの年金を得ており、王都内に侯爵の身分に相応しい邸宅も与えられている。魔導師団員やその眷族のため王家から下賜されているものの費用は、年間二百万銀エキュに及ぶだろう。


 王都に住まいする貴族や財務官僚を中心とする者たちから、彼等魔導師団に費やされている巨額の王資は『無駄金』ではないかという声が上がることを、エビスを筆頭とする魔導師団員たちは抑えきることができなかった。


 妻のエレノアから邪な知恵を授けられた第二王子は、エビスたちのその焦りを突いたのであった。『暁の瞳』の魔導師として国中に名を挙げたネネムを倒すことで、彼等の実力を示せという提案に、エビスたちは耳を傾けてしまったのである。


「その結果、第一席のエビス、第三席のパーリンカ、第四席のペリィ、それから岩使いのリモンチェッロ、この四人が返り討ちにあった。魔導師団の戦力は壊滅したと言ってよい」


 はー、師匠、あんたはたいしたもんだねぇ。炎獄侯爵エビス、雷鳴の魔導師パーリンカ、暴風のペリィ。いずれも二つ名を持つ大物ばかりじゃないか。岩使いのリモンチェッロだって、下っ端八人の中では一番有名だ。それを四対一で下すとは……。


「残っているのは第二席のチェリスを除けば、小粒な者ばかりだ。そしてチェリスは、どちらかというと……」


「あー、あまり派手ではないと言うか、表舞台には出たがらないのか、出さない方がよいのか……」


 チェリス・ブランディ・ドナ・シーパの二つ名は『毒霧の魔女』だ。五十を目の前にした、俺に言わせれば『婆さん』で、広範囲に緩慢な死をもたらす得意魔導術に相応しい、陰気な女である。俺としては敵に回したくないタイプの相手だが、聖銀騎士団のような派手好きの戦闘狂たちを抑えるには、あまり向かないかもしれない。


 つまりネネムがあの時姿を現さなかったのは、そいつらと戦闘になったせいか。その後行方不明なのは、手傷を負っているのか? まさか相打ちでは? いや師匠が死ねば、俺には分かるはずだ。


「すると、あの時ニルヴァーナ様の婚資を横領しようとしたのは?」


「マシウスとその妃だ。余は知らなかったのだ。本当だぞ」


 王が疲れたような顔をしてそう告げた。馬鹿息子とその連れ合いのせいで王位ばかりか自分の命まで危険に晒されているなんて、嬉しくなかろう。だがそもそも吝嗇からネフィとの最初の約束を破り、北の辺境に彼女を追い遣ったのは王自身だ。あれがなければ、こんなことも避けられたはずで、口にはできないがざまあみろという心境だ。


 王はサティを宮中伯パラディンの地位に就け、聖銀騎士団の勢力を抑え込もうと考えているようだ。あの侯爵を聖銀騎士団から追放し、サティを団長に据えれば、今の窮地を脱することさえできるかもしれない。だがサティにとっては、どれだけ苦労しても報われない茨の道となるだろう。


「つまり陛下は、ヴァルド侯爵を『追放』されたいとお考えで?」


「あー、ジャックか? 別に『粛清』でも構わんが」


「その方が後腐れは無いとお考えで?」


「あいつの武威が圧倒的であるから当主に収まっておるが、ジャックは一族の中で好かれてはおらん。それどころか嫌われておると言ってよいほどだ。当主の座を狙っている親族も、一人二人ではないぞ」


「では?」


「騎士オリザがジャックを仕留めれば……」


「いや陛下、それは拙かろうと存じます」


「正式な決闘であれば、団長の地位を引き継いでも問題は無いぞ」


「それでも後々禍根を残しましょう」


「では誰が?」


「自分にお任せ下さい」

 

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