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◆7の2◆



◆神聖歴千五百二十六年 七ノ月 第十三日 王都ゴルデンブルク◆


 ヴーランク及びポルスパイン連合王国の王都であるゴルデンブルクは、ウランク平野のほぼ真ん中にあり、王国の版図がナルコム平原の西端にまで広がった結果、東西に延びる領土の中央に位置している。


  一千五百十一年のヴーランク王ジョルジュ・リスト・ルイジ・ピウス・ドン・ヴーランジェとポルスパイン女王マリア・テレシア・ルミナス・ドナ・ポルスパインとの婚姻によって二つの王国が併合された結果、最も利益を得たのは王家であった。もたらされたのは王権の強化という一言に尽きる。それまでどちらの王国も、国内に抱えた大貴族たちの持つ力が強すぎることに悩まされてきた。


 ところが、二つの王家が合体したことにより貴族とその領地の数が倍になった。するとある大貴族がそれまで片方の国の中で十分の一の勢力を占めていたとして、併合によってそれが二十分の一になるのである。そして王家の財力や兵力は、この婚姻によってほぼ倍になった。つまり各貴族家に対する王家の支配力は四倍になったわけである。


 これに拍車を掛けたのが、ロークス率いる俺たち『暁の軍団』がもたらした戦勝であった。魔侯国軍はフンギィリ平原に群雄していたいわゆる高地諸侯を壊滅させ、西へ向かって進軍することで緑海から中っ海東側の都市連合を恐慌に陥らせた。その後、俺たち『暁』が奇襲により夜営中の魔侯王ワズドフの首級を奪うと、統制を失った魔侯軍は撤退を始める。


 追撃しながら俺たちは、魔侯軍もかっての高地諸侯も居なくなった空白地帯を支配下に置いていった。ルイジ国王が俺たちを追認する形で『義勇の戦士』と讃え、神聖教会にも俺たちの戦いを『聖戦』であったと表明させたのは、そんな事情による。つまり俺たちの占領した所までは王国の版図だと主張するためであった。


 これで分かるように、この十五年間で王権は見違えるように強化され、王国の領土は千年以上前に栄えた旧ロマヌス帝国の、最盛期に迫る勢いで広がりつつあった。


 ただそれは十五年という、歴史的に見ればほんの僅かな月日の間に起こったことであり、王家の支配が国土の隅々まで行き渡っているかというと、無理や漏れがあっても仕方ない。また王都ゴルデンブルクが、この広大な王国の首都としての機能を不足なく果たしているとも言い難かった。



「王都に居住する人間は二十万人と言われている。ただし、全部が城壁の中で暮らしているわけではないがな」


「前世紀の疫病ペスト流行で、神殿が城壁の外に移転するのに、多くの民が付き従って引っ越したんだっけ」


「神殿から離れたら見放されると思ったんじゃろ」


「一旦疫病(ペスト)が現れたら、狭いところに折り重なるようにして暮らしている城壁の中では、逃げ出す間もありゃしない。あれ以来、聖教会は大聖堂カテドラを城壁の外に建造するようになった」


 ギィによると疫病ペスト流行の直前には、三十万の人々が城壁の中で暮らしていたそうだ。現在城壁内にあるのは、兵舎と武器兵糧の貯蔵庫、多様な商品を製作する職人たちの工房、それらを取り扱う商人とその倉庫、これら下級中級の市民たちの衣食住を担う商売人たちの店舗や住宅、宿屋や娼館、大衆入浴施設兼娯楽場などである。


 あの時代以降、上級市民である聖職者や貴族たちは郊外の荘園に住み、必要な職務を果たすため毎朝早起きして城壁内の聖堂や政務機関に通って来る。あの疫病ペストの体験から、『人口の密集地に暮らすことは健康に悪い』というのが、聖教会の暗黙の見解であったからだ。


「まあ、役人でも郊外に家を構えて、馬を飼う余裕のある上級職は、城壁の中には住まんよ。都市の中では、汚物の処理も手間が掛かるしな」


 城門の衛兵に錫製の円札メダリオンを示して通用門をくぐったリオスが、鼻をつまむ仕草をしながらそう言った。城壁の中では、度々のお触れにも関わらず物臭な住民が、住居の窓から下の道路や敷地に便壷おまるの中身を投棄して、その下を通った者がひどい目に遭うという事件が跡を絶たない。


 そんな連中はいざ病気になると聖教会に救いを求める癖に、普段は教会の説く『清潔の戒律』など気にも留めやしないのだ。人間というものは救い難いものである。だから城壁の内側は結構臭いのだが、住民たちは慣れてしまってその臭気に気付かない。それどころか、郊外に住む農民たちを『肥臭こえくさい』と馬鹿にしたりするのである。


 大店の会頭であるギィは常日頃から門番や衛兵たちに付け届けを怠らない。何かの時に便宜を図って貰うための配慮である。当然のように顔パスで城門を通過する。俺はギィの使用人というていで付き従う。


「俺はポラァノの出で、港は腐った魚の臭いで結構臭いが、王都の臭さは別物だ」


「ポラァノは北側にある山地から水道橋で飲み水を引いているじゃろう。あの水道は旧帝国時代からある。じゃが、王都の民が煮炊きに使うのはレーヌ川の水じゃ。上流側はシェラネン山脈から流れて来るからまだ良い。けどな、町中で汚物やゴミ、果ては屍体まで川に流しよる。おまけにこの辺ではレーヌの流れは蝸牛より遅い。もう、そこから下流は地獄じゃ」


 その地獄のような川水を汲んで、水売りが町中に運んでくる。生水を飲んで命を落とすのは、お上りさんの田舎者と相場が決まっていた。リオスは別に、そんな奴らに同情を示すわけでもない。世間を知らない余所者が王都にやって来て、つまらない理由で横死する例には事欠かないからだ。だいたい奴は、滅多に水を飲まないからなあ。



「やれやれ、四ノ月の半ば前に出たと思ったら、また王都に舞い戻りかぁ。これから暑い盛りだし、どっかに避暑に行きたいもんだ」


 不平を言いながらギィを探すと、迎えに来たらしい手代と何か話していた。俺としては今日の宿を確保してブリーズを預け、旅の垢でも流したいところだ。御者席で背中を丸めたリオスは、喉を潤したいとか呟いている。


 馬車に戻ってきたギィは、渋い顔で俺に話しかけてきた。


「橋を渡って、サンテリィ島にあるうちの寮にいけるか? あたしは先に片付けなきゃならない事ができた。それからサティは、王に従ってラモレの渓谷にあるシャンボー城に行ってるそうだ」


 シャンボー城は先々代のヴーランク王ランスワの狩猟小屋だったが、後に増築されて中央の本丸と四つの大きな塔屋からなる現在の姿になった。王の狩猟に付き従う騎士たちのための、三百頭の馬を収容できる厩舎と四百四十の部屋及び三百六十五の暖炉と七十四の階段がある。実際に行って見てきたわけではないが、現国王を拉致する計画を立てた時、ネネムに頼まれて調べたのだ。


 この城はやたらと広い割に暖房が行き届かず、居住性は最悪だ。近辺には村も集落も無く、狩りの獲物以外の食料は持ち込むしかなかった。基本的に狩りのための短期滞在用に設計された建物である。


 では何故この城が増築され、現在の威容を誇るようになったかと言うと、先代のヴーランク王マリオスの、先代のポルスパイン王フェルナンに対する示威の為であった。マリオスはフェルナンをこの城に招待し、自分の富と権力の巨大な象徴として見せつけたのである。後にこれがヴーランクとポルスパイン両家の婚姻に繋がったと考えれば、この投資は十分元を取ったと言える。


 シャンボー城は冬にはやたらと寒いため居住に適さないが、暑い夏の盛りは話が別だ。広大な庭園に囲まれ、十(レウカ)以上の石壁で囲まれた王家の狩猟場が付属している。風通しが良いし、渓谷の空気は爽やかだ。ただし敵からの攻撃に配慮した施設はない。壁や屋根、塔や堀などは華麗に装飾されているが、防御を意図した造作は一切なかった。


「ラモレ渓谷か。避暑には打って付けじゃな」


 話を聞いていたリオスが、顎髭をボリボリ引っ掻きながら言った。あの渓谷沿いには、いろんな種類の蒲萄が栽培されているからな。おおかた、赤や黄色の葡萄酒ワインの味でも妄想しているんだろう。


「しかし王の避暑行ともなれば、二千人以上の人間が付き従っているはずだ。持ち込まなければならない食べ物の量は並大抵ではない。それに家具調度の類いもな」


「備え付けじゃないんだ」


「あそこは冬場は無人に近い。盗難や破損を考えれば不用心過ぎる。それに王権はまだ、国内各地への巡行なしに存続できるほど強固じゃない。組み立て式で持ち運べる家具は必需品さ」


 俺はギィやネネムに教えられるまで、王様というものがそんなに旅ばっかりしていなければならないなんて知らなかった。てっきり王都の宮殿でふんぞり返って、あれやこれや命令しているだけだと思っていた。


 でも旧帝国時代と違って、金貨や銀貨だけで官僚の報酬が支払われているわけじゃない。特に高位の大臣とかは大貴族で、封土を臣従の見返りとして得ていることが多い。こういう所領をいきなり取り上げることは難しいので、忠誠心が次第に希薄になる危険性がある。


 地方巡行どさまわりをして民衆に直接顔を見せ、巡回法廷を開き地元の利害調整を執り行って、宗教行事や町村の祝祭で派手な演出により王の存在感を印象づけなければ、王権など存続できないのだという。



「じゃあ、サティに会うにはラモレに行かなくちゃな」


「とりあえずバラバムート商会の寮に行こうではないか。わしゃ疲れた。そう言えば、ネネムを探さんでいいのか? あいつは結構ぶっ飛んでいるから、何をやっているのか心配じゃ。前に『ルイジ王を誘拐して締め上げよう』って言いだした時は、皆で止めるのに一苦労したろう?」


 え、あ、『王家がケチ臭い』って切れた時ね……あの時、俺も調子に乗って一緒にやろうとしたんだけど、拙かったかなぁ? 



 昔の王様って、今のアイドルや芸能人並みの『人気商売』だったんですね。努力を怠ったら、いつの間にか凋落の憂き目を……それどころか、命まで失いかねない。地方巡業で地道に稼ぐことも必要。腹黒くドケチに、かつ上っ面は高貴でカッコ良く、とか大変なお仕事です。

 それにくらべて主人公はクズでグズですが、すき勝手に生きています。まあ、先は見えないけど。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >魔侯国軍はフンギィリ平原に群雄 1話 >半年前、魔候国の軍勢は 今までは「魔候」だったと思うのですが。(この先はまだ未確認) [一言] 面白い。 d(^-^)
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