エピローグ
ヴィント王国との死闘から数日後。
「うっ…ここは…?」
ブリッツ城にある病室のベッドの傍らで、目を覚ました少女が一人。
「ん?…そうか、またここで眠ってしまったんですね…」
この病室、ひいてはこのブリッツ城の主である幼い少女はベッドの上で眠っている男を見て自分が病室で眠ってしまったのだと自覚した。
「やはり、まだ目を覚ましてはくださらないんですね…」
その小柄な黒髪の少女、リネア=ブリッツはヴィント王国との戦争から数日経っても目を覚まさない男、霧崎ヒジリの寝顔を見ながら悲しげな表情を浮かべる。
ヴィント王国戦ではヴィルド最強と呼ばれていた光が丘瞬との異世界人対決を制し、ブリッツ王国を勝利に導いた最大の功労者は、あの一戦の後気を失ってから今日まで一度も目覚めていない。
リネアは公務の間を縫って看病をし続けており、今のように看病中に寝落ちしてしまい、病室で朝を迎えるのも今日が初めてではない。
「ヒジリさん、もうあの一戦で負傷された方もほとんど退院されましたよ。――このまま目覚めないなんて…許しませんからね…!」
リネアは必死に泣くのを耐えながら声を震わせている。
「早く起きてもらわないと、報奨は渡しませんからね!」
「それは困るな。」
「…え?」
リネアは袖で涙を拭ってベッドで眠っているはずのヒジリの顔を覗き込む。
「いやぁ…おはよう、リネア…」
「ひ、ヒジリさん!?」
布団の中からひょっこりと顔を出し、引きつったような笑顔を浮かべるヒジリ。
突然の再会にリネアは思わず立ち上がり、大声を張り上げる。
あまりの大声にその声は病室の外にまで響き渡っていた。
「おはようって…ひ、ヒジリさん…いつ起きられたんですか…?」
「いや、多分お前が起きてすぐに目覚めたみたいなんだけど、お前が泣きだすもんだから出るタイミング逃しちゃって…」
まさかの展開に、驚きのあまりしばらく茫然としていたリネアだったが、序所に顔を俯かせ、肩を震わせる。
「…から」
「いやいや、悪かったって!俺も決して悪気があったわけじゃ…」
「――ですから」
「すみませんでした!」
「本当に心配したんですから~」
リネアはヒジリに抱きつき、泣き叫んだ。
その様子は怒っているというよりは、丁度迷子の子供が親と再会したときのような、不安から解放されて泣きじゃくっている子供に見えた。
「お、おう…すまんな…」
怒られるかと思いきや、いきなり抱きつかれたヒジリは戸惑いつつもリネアの肩に手を回す。
「お体は、もう平気なんですか…?」
「ああ、問題ねぇよ。」
涙を浮かべながら、不安そうに上目遣いで問いかけるリネアに、ヒジリは優しい笑顔を向ける。
それからヒジリは代理戦争が終わってからの数日間の様子をリネアから聞いた。
ヒジリが倒れている間、リネアが病室にいない間はずっとセシルが看病してくれていたこと。
世界一の大国を倒すという野望を果たしたジョシュアは次に何をするかネビルと一緒にいろいろと企んでいるらしいこと。
ヴィントに勝利したことにより、領地等が一気に増え、その処理で毎日ダンが忙殺されていること。
ヴィントとの一戦で心肺停止に追いやった光が丘瞬は既にヒジリへのリベンジに向けて修行を開始しているらしいこと。
そして…
「そうか。お前の結婚は無事なくなったんだな。」
「はい。それもヒジリさんのおかげです。」
ヴィント王国との代理戦争のきっかけとなったリネアとグレコの結婚話しもブリッツ王国が勝利したことで白紙になったらしい。
グレコはというと、まだリネアのことを諦めていないらしく、近いうちに再戦を申し込む、と息巻いているらしい。
「グレコさんったら、かなり負けず嫌いなんですよ。」
リネアは終戦後の交渉でのグレコの様子を思い出して小さく笑った。
「ところでリネア。」
「?なんでしょう?」
不意に真面目な顔で改まるヒジリに小首をかしげるリネア。
「代理戦争の報奨のことなんだが…」
「はい!お約束通り、私が差し上げられるものであれば何でも差し上げます。ヒジリさんには今回に限らず本当に助けてもらってばかりなので…なんでも仰ってください!」
「本当に何でもいいんだな?」
「はい!でも、まだ目を覚まされて間もないですし、ゆっくり考えてから――」
「いや、それならもう決まってる。」
リネアの言葉を遮り、真剣な表情のヒジリ。
「リネア、お前をくれ!」
「……!?ひ、ヒジリさん!?そ、それって…も、もしかして…?いや、やっぱりいつもみたいな思わせぶりに決まって……でも…」
予想外のヒジリからの要求に頬真っ赤に染めてあたふたするリネア。
おろおろと身体を動かす度に大きな胸が揺れている。
「好きだ、俺と結婚してくれ!」
「――は、はい」
改めて耳にするプロポーズの言葉にリネアは耳まで真っ赤にして俯いてしまう。
そして、恥ずかしさのあまり消え入りそうな声で小さく返事をする。
すると…
「いやぁ、二人ともおめでとう!」
「へ、陛下…どうかご再考を!!」
「ぐぬぬぬ…どうしてあんな女が…」
ドアの前でそば耳を立てていたジョシュア、ダン、セシルの3人が突如部屋に乱入してきた。
「み、みなさん…どうしてここに…?」
リネアが真っ赤な顔をさらに赤くさせてあたふたしている。
「いやいや、リネアちゃん。あんな大声出したらみんな来るよ。」
「え?じゃ、じゃあ…みなさん、ずっとそこに…?」
「~~~」
リネアが言葉にならない叫びを上げている。
「それにしてもヒジリ君は驚かないんだね?」
「ああ。途中から気付いてたしな。」
「そんな…ヒジリさんまで…」
リネア、完全に涙目である。
「ぐぬぬぬ……ヒジリ様!!」
「は、はい?」
そんな光景を悔しそうに眺めていたセシルがヒジリに迫る。
「ヒジリ様、ワタシは第2夫人でも構いません!…いいですわよね?」
「お、おう…」
セシルの凄まじい気迫に押し切られるヒジリ。
初めてのプロポーズから数分後、ほぼ強制的に重婚が決まった。
「け、結婚直後にもう浮気ですか…?」
「リネアさん?」
「は、はい!」
「重婚は浮気ではありません。いいですね?」
「…は、はい…」
続けてリネアもセシルの気迫に震えながら首を縦に振ることになった。
「言っておきますけど、いずれは第一夫人の座もワタシがいただきますから!どうか御覚悟を!」
「……」
自分よりも年下の少女に怯えて、最早返事すらできないリネア。
「ヒジリ様も、いいですわね?」
「お、おう…。頑張れよ…?」
ヒジリも引きつった笑顔でごまかすのがやっとである。
「いやぁ、修羅場だねぇ。」
そしてそんな様子をニヤニヤしながら眺めているジョシュア。
「ジョシュア…てめぇ…!!」
「はははっ。冗談だよ。」
こんな調子で病室はしばらく馬鹿騒ぎが続いた。
(まぁ、こういうのも悪くねぇか…)
そんなありふれた日常を眺めながら、自然とヒジリの顔に笑顔が浮かぶ。
元の世界で何よりも欲した『本当の味方』。
その何よりも欲したものを得るきっかけをくれた少女にして新たな家族。
かつて元の世界で化け物と呼ばれた男は、異世界ヴィルドにて最高の幸福を手に入れた。
そして、ヴィルド最強の男はそれらを守るために、これからも戦い続ける。
ブリッツ王国の救世主・霧崎ヒジリとして…
この話で本作は完結となります。
ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございました!
よろしければ、評価や感想もお願い致します。
次回作も既に書き始めてますので、ご期待ください。




