覚悟
「お前ら、覚悟はいいか!?」
「「「おおっ!!」」」
宣戦布告から数日。
ヴィルド最大国家・ヴィント王国との代理戦争を直前に控え、ブリッツの代理戦争部隊の兵士達は気合が入っている。
これまでの代理戦争では志願者が圧倒的に少なかったが、今回は100人を軽く超え、敵のヴィント王国と人数の上では大差ない程である。
それもそのはず。
今回の戦いには国の併合がかかっている上、今や国民から絶大な支持を集めるリネア王女の結婚がかかっているのだ。
リネア自身、ヴィント王国国王であるグレコとの婚約は望んでいないと公表しており、リネアを守ろうと多くの男達が代理戦争に志願したのである。
「リネア陛下を渡してなるものか!!」
「ヴィントなんかにリネア様は任せられん!」
「リネア様の貞操が俺達が守る!!」
決戦直前ということもあり、兵士達の気合は最高潮を迎えている。
その中心にはもちろん、ブリッツ王国女王陛下であり、代理戦争大将・リネア=ブリッツがいる。
大勢に囲まれることに慣れていないリネアは兵士達の熱烈な支持に苦笑いを浮かべて小さくなっている。
「貴様ら!陛下がお困りであろう!」
ダンが必死に兵士達からリネアを隠そうとしているが、全く抑えきれそうにない。
「おいおい、凄まじい気迫だな…。まぁ、味方としちゃあ頼もしい限りだが…」
ヒジリは兵士達の盛り上がりに若干圧倒されている。
「いやいや、しっかりてくれよ。僕らのリーダーは君なんだから。」
引きつった顔をしているヒジリの隣でジョシュアがニヤつきながら話しかける。
「分かってるよ。――それにしてもこれまでの代理戦争とはえらい違いだな…」
「まぁまぁ、それだけリネアちゃんの支持率が高いってことだよ。」
「分かってるよ!」
不貞腐れているヒジリにジョシュアは小さく笑う。
(まぁ、ヒジリ君みたいな圧倒的な強さの人間がいるからこそ、これだけ集まってるんだろうけどね。)
「そろそろ時間だし、最後は君が締めないとね、隊長!」
「おい!」
ジョシュアはニヤリと笑うと、ヒジリの背中を力いっぱい押す。
いきなり背中を押されたヒジリはバランスを崩して。大盛り上がりの兵士達の前へと押し出される。
「ひ、ヒジリさん!?」
いきなり自分の前に現れたヒジリに驚きつつも、安心感からか少し表情が和らぐリネア。
「おお、隊長!」
「霧崎隊長、背中は我々にお任せください!」
「俺らの命、あんたに託したぜ!」
いきなり飛び込んできたヒジリに頼もしい言葉をかける兵士達。
「チッ、あの野郎…」
ヒジリは背中を押した張本人。ジョシュアを一睨みして悪態をつきながら、改めて兵士達の前に立つ。
「えー、せっかく盛り上がってるところ申し訳ないが、お前らに話しておかないといけないことがある。」
真剣な表情で話す部隊長の言葉に兵士達も真剣な表情で耳を傾ける。
「まず今回の戦い、俺達がかなり不利だ。幸い人数の差はほとんどないし、こっちもベストメンバーだ。だが、敵は代理戦争で今まで一回も負けていない文字通りの最強国家だ。正直戦力差は圧倒的だ。」
ヒジリが厳しい表情で部隊全員と大将のリネアに告げる。
「ま、そりゃそうだろうね。ただでさえ相手はA級魔導士はじめ上位魔導士だらけなのに、ヒジリ君レベルの化け物までいるからね。」
ヒジリの言葉をジョシュアが補足する。
ブリッツにおける2トップから揃って厳しい現実を突きつけられ、部隊全体に重苦しい雰囲気が流れる。
「し、しかし、こちらには隊長がいらっしゃるではないですか!隊長がいれば――」
「それでもブリッツが圧倒的に不利だ。」
一人の兵士が意見するも、ヒジリによって両断される。
「おそらく俺は敵の光が丘瞬って男で手一杯だ。正直、今までみたいに俺が一人で敵兵を全滅させるのは無理だ。」
ヒジリが厳しい現実を再度突きつける。
「まぁ、今までが異常だったんだけどね…」
ジョシュアが苦笑いを浮かべながらこぼす。
さっきまでの盛り上がりはどこへ行ったのか、場はすっかりお通夜モードである。
「ヒジリさん…」
リネアも心配そうな表情を浮かべてヒジリを見つめる。
「だが、今回の戦争は絶対に負けられない!だから、この戦いで命を懸けられる奴だけ残ってくれ!!」
ヒジリの言葉の後、場には沈黙が流れる。
(まぁ、半分位残れば上出来だな…)
ヒジリは覚悟し、目を閉じて待つ。
しかし、数分後目を開けたヒジリの視界に映った光景は…
「…おい、お前ら帰るなら早くしてくれ。別にここで離脱したからって罰則もなければ責めもしない。……だから、もっとよく考えて――」
「隊長!」
戸惑うヒジリの言葉を兵士達の言葉が遮る。
「隊長!これが自分達の答えです!」
「さっきも言った通り、俺の命は隊長に託しました!」
「命懸けでリネア様のために戦えるなんて、男冥利…ブリッツ人冥利に尽きます!」
「微力ながら、我々の力も使ってください!!」
兵士達は次々と立ち上がり、思い思いに叫ぶ。
「ヒジリさん、私達のこと信頼していただけませんか?――『本当の味方』として」
兵士達の予想外の行動に困惑するヒジリに、リネアが笑顔で問いかける。
『本当の味方』――ヒジリが現世で最期を迎える際、最も望んだもので、この異世界ヴィルドに召喚されてからもずっと欲してきたもの…
「アホか…あいつらはお前のためだからこそ、命張ってんだよ。…あいつらにとって俺なんてお前を救うための兵器くらいにしか思われてねぇよ…。そんな奴らを『本当の味方』なんて思えねぇよ」
「そんなこと――」
「だけど、自分の大切なもののために命張れる奴は嫌いじゃねぇ。とりあえずこの戦いの中では『心強い仲間達』程度には期待させてもらうよ。」
「ヒジリさん!!」
依然決意表明を叫び続ける兵士達を眺め、柔らかな表情を浮かべるヒジリ。
そして、遠回しながら自軍への信頼を口にするヒジリの言葉に、リネアの表 情もぱぁっと明るくなる。
「ふん、バカばっかりだな。――お前ら、死ぬんじゃねぇぞ!!」
「「「おおっ!!!」」」
ヒジリは悪態をつきながらも、兵士達に激を飛ばす。
そして、そのヒジリの言葉に兵士達は本日一の声で返事を返す。
(こういうのも悪くねぇな…これもこいつがこの世界に召喚してくれたおかげだな。)
ヒジリは久し振りに大勢の仲間とともに戦いに挑む雰囲気を噛みしめながら、リネアに視線を向ける。
「?ヒジリさん?」
不意に目が合い、リネアが小首をかしげる。
「なんでもねぇよ。」
ヒジリはフッと笑いながら再び前を見据える。
そして、決意する。
(絶対ぇ勝つ!!こいつのためにも…そして俺自身のためにも…)
『間もなく、ヴィント王国VSブリッツ王国の代理戦争を開戦します!出場選手はスタンバイ願います!』
ヒジリの覚悟を待っていたかのように開戦前のアナウンスが流れる。
「行くぞ!ブリッツ王国代理戦争部隊、出陣だ!!」
ヒジリの号令の下、圧倒的不利な状況から奇跡の勝利を信じ、ブリッツ王国代理戦争部隊の進撃がはじまった。




