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リネア救出へ~ダンとヒジリの覚悟~

「それじゃあ、詳しい話を聞かせてもらうぜ。」


 馬を走らせながらヒジリは隣で馬を並走させている兵士に問いかける。


「はい。実はお二人が旅行に出かけられた後、リネア様も外出されまして、そこで敵に襲われました。」

「ちょっと待て!護衛はどうしたんだ!?さすがに護衛なしで外出はしないだろ?」


 兵士の説明の途中でヒジリが食い入るように質問を重ねる。


「はい、もちろん護衛は付いておりました。しかし、ゆっくり気分転換をしていただきたいというダン隊長とジョシュア様の進言もあり、護衛はダン様お一人でした。」

「おっさんが護衛についてたのか?」

「はい。大抵の敵であればダン様には敵わないのですが、今回は相手が悪く…」


 兵士が悔しそうに言葉を止める。


「まぁ、ダンが勝てなかったとなるとある程度の奴が複数襲ってきたんだろ?」

「はい…」


 ヒジリ自身、ダンもその他の兵士達を責める気もない。

 ヒジリを除けば、ブリッツ国最強の兵士であるダン。このヴィルド全体を見渡しても、彼は強い部類に入る魔導士であり、彼が敵わない相手がいきなり複数襲ってくるとは考えにくい。

 そして、たまには気分転換してほしいというダンやジョシュアの気持ちも、ヒジリには理解できた。


「敵は3人で全員がB+以上の魔導士とのことでダン隊長一人では全く歯が立ちませんでした…」

「それで、おっさんは無事なのか?」


 ヒジリは少し緊張した面持ちで兵士に尋ねる。


「はい。全身を負傷されており、すぐに戦闘できる状態ではありませんが命に別状はありません。」

「そうか…」


 ヒジリはそっと胸をなでおろす。


「それで――」

「ちょっと待ちなさい!」


 尚詳細を聞こうとヒジリが口を開くが、ヒジリの後で馬に揺られている少女――セシル=フリークーーによって遮られる。


「あなた、さっきからわがもの顔でヒジリ様と話しているけど、あなたの言うことが本当だっていう証拠はあるの?もしかしてあなたが私達を騙そうとしているだけじゃないのかしら?」


 セシルは兵士を睨みつけて問い詰める。


「問題ねぇよ。俺も今ではこいつらの上司でもあるんだ。大体の顔は覚えてるよ。」


 セシルの疑念はヒジリによって解消される。ヒジリは改めてその兵士の顔を見てみる。

 少しくすんだ金色の短髪につり目気味でお世辞にも表情豊かとは言えない生真面目な男である。


「まぁ、まだ名前は覚えてないがな。」

「ジルと申します。」


 兵士の男――ジル――は少し食い気味に名乗った。自分のもう一人の上司に名前を思えてもらえていなかったことが気に入らなかったのか。感情が読み取りにくい彼の表情が少しばかり不機嫌になったようであった。


「も、申し訳ありません、ヒジリ様。差し出がましい真似を…」

「いや、お前の疑いは尤もだ。俺も最初にこいつのことを紹介しておくべきだったな。」

「さすがヒジリ様!なんとお優しい!!」


 そう言って、セシルは前で手綱を握っているヒジリを後ろから抱き締める。


「おほん!よろしいでしょうか?」


 そんな様子を見ていたジルは一つ咳払いをして話を戻そうと試みる。


「ああ、すまん…それで?」

「ダン隊長はなんとか自力で城に戻られ、私に霧崎隊長を連れてくるように命じられました。」

「全身に負傷して自力で城まで戻るとは…さすが、おっさん。相変わらずタフだな…」


 ヒジリにも冗談交じりにダンのことを話せるくらいの余裕は出てきたようだ。


「それで、俺は何をすればいいんだ?」

「…は、はい…代理戦争に、参戦していただきます…お一人で…」

「なっ?」


 ジルが言い辛そうに途切れ途切れの言葉で伝える。

 そして、ジルの口から飛び出した「ヒジリ一人で代理戦争に参加する」という内容に驚きの表情を上げたのは――セシルだった。


「おいセシル、何そんなに驚いてんだよ。これくらいは想定内だろ?」


 一国のトップを暗殺するためではなく、人質として誘拐したのだ。

 代理戦争が他国との最大の交渉手段の一つとなっているヴィルドという世界において、敵が代理戦争を有利に進めるために誘拐したことは容易に予想できた。

 「一人で敵国を倒す」――かつてハーメルン相手にほぼ一人で勝利を収めたヒジリにとってはこれくらいは大きな問題ではなかった。


「もちろんヒジリ様が我々ハーメルンをほぼお一人で打ち負かしたことは存じております。しかし、それはもちろん敵も知っていることです。何か対策を講じているに違いありません。――そして一番の問題は…ヒジリ様が代理戦争の大将ボスになれる資格を有していないということです。」

「え?」


 セシルの言葉に思わず間抜けな返事を返してしまうヒジリ。


「私が代わりに説明致します。」


 状況を分かっていないヒジリにジルが解説を申し出る。


「大まかな代理戦争のルールは霧崎隊長もご存じかと思うのですが、細かいルールで大将ボスの資格に関するルールがあります。それは――その国で代理戦争に参加できる中で最も位の高い者、です…」

「ということは…」


 ヒジリの額に冷たい汗が浮かぶ。

 このブリッツ国において、最も位が高いのはもちろん女王陛下であるリネアである。しかし、囚われの身となっている彼女は今回の代理戦争に参加することはできない。

 リネアを除き、現時点で最も位が高い者は…


「ダンのおっさんじゃねぇか!」

「はい、そうなります。」


 ダンは親衛隊隊長という役職のほか、各種大臣職も兼任している。

 そして、位はリネアに次いで第2位となっている。


「だが、おっさんは今怪我してるんだろ?『代理戦争に参加できる中』の範囲外じゃねぇのか!?」

「確かにダン様は負傷中です。とても戦闘ができる状態ではありません。」

「じゃあ!」

「しかし、参加するだけなら可能な状態と判断されています。」


 この代理戦争の参加できるかという判断は審判によって判断される。

 今回の審判における判断は『戦闘は難しいが参加は可能』というものだった。


「大将というのははっきり言って旗印みたいなものですわ。極論その場で意識を保っていられるなら参加自体は可能なのです。」


 セシルが沈んだ声で言葉を紡ぐ。


「なるほど…つまり俺は、身動きの取れなくて既に虫の息の大将を守りながら敵の大将を倒さなきゃならんってことか…?」

「はい…そして、敵の人数は恐らく上限一杯の100人。それも選りすぐりの上位魔導士ばかりと考えて間違いないでしょう…そして、我々が負ければ陛下の身柄はヴァッサー国の捕虜に、そしてブリッツ国の領土の3分の2はヴァッサー国のものになるという取り決めも強制的に承諾させられております…」


 ヒジリが引きつった顔で確認すると、ジルは目線を落とし、悔しそうな表情でより絶望的な情報を伝える。


「それで…?敵はどこの国なの?もしかして弱小国なら案外――」

「敵はヴァッサー国…我が国の西側に位置しており、水魔法を得意とする大国です。」

「…こりゃなかなかの無茶ぶりだな…」


 さらに厳しい情報を伝えられ、思わず苦笑するヒジリ。

 そして、その後の道中でもヒジリは真剣な表情で活路を見いだそうと頭を悩ませる。

しかし…


(リネアは俺にとって命の恩人だ。何としても助けたい!手段を選ばなければ確実に代理戦争に勝てる方法はある。…だが、そうするとダンのおっさんが…)


 ヒジリは険しい表情で頭を悩ませる。

 そして重い雰囲気の中、3人はブリッツ城に到着した。




――――

コンコン

「おっさん、起きてるか?」

「チッ、小僧か…さっさと入れ。」


 ドア越しに聞いただけでヒジリだと分かったダンは不機嫌そうに入室を許可した。

 ガチャリとドアを開き、ヒジリが入ってくる。


「怪我の調子はどうなんだ?」

「ふん!お前に心配される筋合いはないわ!!」

「おっさん…中年オヤジのツンデレはどこにも需要ないぞ…」

「だれがツンデレだ!」


 いつもと同じようにダンをいじってヒジリ。

 ダンの方もいつも通り、勢いのあるツッコミで切り返す。

 しかし…

 ベッドで横たわるダンの姿はあまりにも痛々しいものだった。

 頭には包帯が巻かれ、右手は骨折しているのか肩から添え木と包帯で吊っている。

 さらに、ちらりと見える胴にも包帯が巻かれており、既にうっすらと血が滲んでいるように見える。


「リネアのことも…それからヴァッサーってとことの代理戦争のことも聞いた。」


 ヒジリは真面目な顔でダンに語りかける。


「…すまん…ワシが付いていながら陛下は連れされた!己の力を過信して陛下を危険にさらしてしまった…全ての責任はワシにある!!本当にすまない!!」


 ダンは俯き、布団を力強く握りしめ、悔しさで涙を流しながら、ヒジリに頭を下げた。

 恐らく、現在ダンがこの世で最も頭を下げたくない相手に…


「ああ、確かにそうかもな。」

「!!」


 そんなダンをヒジリはバッサリと切り捨てる。


「今回の責任はあんたにもあるし、もちろん俺にもある。――だけど、俺がここに来て聞きたかったのはそんなことじゃねぇ。」

「じゃ、じゃあ何を――」

「覚悟だ。」


 ダンの言葉を遮りいつにもなく真剣な表情で言い放つ。


「覚悟、だと?」

「ああ、全てを投げ打ってでもリネアを助け出す覚悟だ。」


 ダンとヒジリが互いに鋭い目線を交わす。


「そんなもの、とっくの昔にできておる。陛下を助けるためならなんでもする!命など惜しくないわ!」

「…なんでも、か…。その過程で国民が危険に晒されるとしてもか?」

「そ、それは…」


 予想外の問いかけにダンは言い淀む。

 自らの命であればすぐに差し出す覚悟はできている。しかし、リネアがそして先代の国王陛下が何よりも大切にしてきた国民だけは……。

 ダンの表情が苦渋に満ちる。唇を噛み、俯き、ただただ押し黙る。

そして、数分の沈黙を経てダンの口から出た言葉は…


「…国民の命は…懸けられん!!国民は陛下自身が今まで一番に考えられ、大切にされてきたものだ。それを犠牲にして助けられても陛下は悲しまれる。―ワシの命や金、とにかく国民以外であれば何を犠牲にする覚悟もできている!――だが、国民だけは…」


 悔しさで目に涙を浮かべながら、俯くダン。

 そんなダンの姿を見て、言葉を聞いてヒジリは、


「あんたの覚悟はよく分かった。」

「くっ…」


 ヒジリが次に言おうとすることを予想してダンは唇を噛む。


「あんたはこの国の良い指導者だ。」

「…なっ、どういうことだ!?」


 ヒジリの予想外の言葉にダンが聞き返す。


「あんたが国民を犠牲にしてもリネアを助けたいって言ったら、俺はあんたを殺す予定だった。そうすれば大将の権利は俺に譲渡される。それなら代理戦争の相手が誰だろうと大した問題じゃない。リネアも助かるし、国民も安全だ。」

「き、貴様…」

「だが、あんたは国民だけは犠牲にできないと言った。それであんたの覚悟の大きさは分かった。――おかげで俺も覚悟できたよ。」


 そう言って、ヒジリは踵を返し、ドアの方へ歩き出す。


「――俺が全部守ってやる!リネアもあんたも国民も…リネアやあんたが大事に思うモノは全部守ってやる!――これが俺の覚悟だ。」


 ドアの前で足を止め、ヒジリは振り向きざまに力強く宣言する。


「おい、こぞ―霧崎ヒジリ!」


 その姿に何かを感じとったダンはヒジリを呼びとめるが、ヒジリはそのまま立ち去る。

 そして部屋のドアを閉めると、


「やれやれ…まさか異世界まで来て、他人のために命懸けで戦争することになるとはな…」


 一人呟き、ふっと笑う。


「仕方ねぇ、化け物の本領発揮といきますか!」


 そう自分自身に言い聞かせるように呟くと再び歩き出す。

 かつての世界でその強さのあまり『化け物』と呼ばれた男の戦いが始まる…














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