10.帆
夜明け前、私は海を見ていた。
港にはまだ人影が少なく、船はそれぞれの場所で静かに揺れていた。空は暗く、海と空の境界はほとんど分からなかった。
風は吹いていた。
少なくとも、波は揺れ、港の旗はなびいていた。
私は父の言葉を思い出した。
「風は変えられん。帆は調整できる」
かつて私は、この言葉を人間の可能性についての教えだと思っていた。
世界は変えられない。しかし、自分の生き方は変えられる。そういう意味だと理解していた。
直人は、その言葉に疑問を投げかけた。
風を変えようとしないことは、誰かが作った不公平を受け入れることにならないのか。
紗季は、別の問いを残した。
自分で選んだと思っていたものが、誰かに選ばされたものだったら、どうすればいいのか。
老人は、さらにその先を示した。
自分が見ていない海を、自分はどうやって知るのか。
そして父は、何も説明しないまま、私の前からいなくなった。
私はそれぞれの人間から、何かを受け取ったように思う。
しかし、彼らが私に何を与えたのか、正確には分からない。
直人の言葉も、紗季の言葉も、老人の言葉も、父の言葉も、私のなかで少しずつ形を変えている。
私はそれらを、自分の理解できる形に並べ直しているだけなのかもしれない。
風が何であるか、私は知らない。
帆を動かす自分が何であるかも、私は知らない。
まして、風と帆のあいだにある関係が、本当に私の意志によって成立しているのかどうかも分からない。
人間は、自分の意志で生きていると考える。
しかし、その意志を作ったものが何であるのかを、人間は知らない。
生まれた環境かもしれない。過去の経験かもしれない。他人から受け取った言葉かもしれない。
それらすべてが混ざり合い、いつしか自分の意志という形を取っているのかもしれない。
それでも、帆を調整することはできる。
いや、できると思っている。
その違いは、私にはもう判別できなかった。
私は父の手を思い出した。
節くれ立った指で帆を引き、風の具合を確かめる手だった。
父はあのとき、自分の意志で帆を動かしていたのだろうか。それとも、長年の経験によって身体に刻まれた反応が、父にそうさせていたのだろうか。
おそらく、父はそんなことを考えなかった。
父にとって重要だったのは、船が沈まないことだった。
哲学的な問いに答えることではなく、海の上で生きて帰ることだった。
私はそのことを、少し羨ましく思った。
人間は、何もかもを理解する必要があるのだろうか。
分からないものに名前を与え、意味を見出し、自分の理解できる世界に作り変える。それが人間の生き方なのだとすれば、私はその習性から逃れることはできない。
だが、世界は人間の理解を待っているわけではない。
海は、私がそれを見ていることなど知らないように、ただそこにあった。
私は初めて、世界が人間に理解される必要などないのだと思った。
世界は、人間のために存在しているのではない。
意味も、自由も、自己も、人間が世界のなかで生きるために設けた、いくつかの仮設にすぎないのかもしれない。
それらは、海に浮かぶ船のようなものだ。
どれほど堅牢に作られていても、海そのものになることはできない。風を受け、波に揺られながら、ただ一時的にそこに存在する。
それでも、人間は意味を求める。
自分を信じようとする。
誰かを理解しようとする。
明日のために帆を調整する。
それが愚かなことなのか、尊いことなのか、私には分からなかった。
ただ、父の言葉だけが残っていた。
風は変えられん。
帆は調整できる。
私はその言葉を、もう人生の教訓としては読まなかった。
それは、人間が世界に対して持ちうる、ほとんど唯一の態度であり、同時に、人間が自分自身について抱いている最後の誤解なのかもしれなかった。
風は吹く。
帆は揺れる。
そして、そのあいだに私が存在しているのかどうかさえ、確かなことではなかった。
東の空が白み始めた。
私は港に停泊している父の船を見た。
帆は畳まれたままだった。
父がもうそこにいないことを、私は知っていた。
それでも、船はそこにあった。
誰かが乗るために存在しているのか。
誰かに見られるために存在しているのか。
あるいは、ただそこにあるだけなのか。
私には分からなかった。
海には、風が吹いていた。
そして、誰もそれを見ていなかった。
お読みいただきありがとうございました。
貴方の歩む道に幸多からんことを。
そして、どのような日々にも、小さな喜びと安らぎが訪れますように。




