第7話:初の運命イベント不成立
王城中庭――
今日は“調和演出日”だった。
陽光は計算通りの角度で差し込み、
白薔薇は最適な開花率で配置され、
楽団は心拍数上昇を促す旋律を奏でる。
すべては予定通り。
国家恋愛機構による
《感情高揚イベント:第十二式》発動日。
対象:
王太子
聖女
婚約候補筆頭・レディアナ=フォン=アルセリア
観測塔では水晶盤が淡く光る。
「波形安定。共鳴準備良好」
「感情誘導補助、三段階目へ」
王太子が庭へ現れる。
白い正装。
完璧な笑み。
聖女が微笑む。
宝珠が穏やかに光る。
共鳴値、上昇。
ここまでは理想的。
だが。
中央に立つレディアナだけが、静かだった。
風が吹く。
白薔薇の花弁が舞う。
予定では。
ここで王太子が手を差し出し、
聖女の波形と重なり、
レディアナが“対抗的感情揺らぎ”を起こす。
嫉妬、焦燥、焦り。
その揺れを通して、王子への執着が生まれるはずだった。
脚本通りなら。
王太子は歩み寄る。
「レディアナ。君は今日も静かだな」
声音は完璧。
距離も完璧。
角度も完璧。
共鳴誘導圏内。
だが。
レディアナはただ、王太子を見つめた。
「ええ。殿下も、いつも通りですね」
微笑む。
波形、変化なし。
観測塔。
「……上昇しません」
「対抗揺らぎ、ゼロ」
「誤差範囲外の静止状態」
王太子はわずかに眉を動かす。
本来なら。
彼女の鼓動は乱れる。
視線が揺れる。
呼吸が速くなる。
だが。
何も起きない。
王太子は、台本通りの台詞を口にする。
「私は、君の強さに惹かれている」
周囲の空気が変わる。
楽団が音階を上げる。
聖女の宝珠が強く光る。
共鳴値、ピークへ。
ここで。
レディアナが揺れるはずだった。
だが。
彼女は一瞬、空を見上げた。
舞う花弁を目で追う。
そして言った。
「それは、殿下の感情ですか?」
静寂。
楽団の指揮が一拍ずれる。
観測塔の水晶がざわめく。
王太子が目を細める。
「どういう意味だ」
「今の言葉は、殿下がそう思ったからですか。それとも……そう言う場面だから、ですか」
空気が止まる。
数値が乱れる。
聖女の宝珠が一瞬だけ強く脈打つ。
「感情波形、不整合」
「誘導経路逸脱!」
王太子の胸に、わずかな違和感が生まれる。
台本にはない感覚。
苛立ちでも、好意でもない。
――問い。
彼は一瞬、言葉を失う。
その沈黙。
それは、計算外だった。
レディアナは静かに続ける。
「もしそれが、殿下の本心なら……私は尊重します」
「ですが、仕組みが言わせているのなら……私は、応えられません」
波形――
完全停止。
観測塔。
「感情高揚値、ゼロ維持」
「イベント進行不能」
「……不成立」
その瞬間。
白薔薇が一斉に散る。
風が強くなる。
楽団の音が乱れる。
王太子の胸に、奇妙なざわめきが残る。
整っていない。
整理されていない。
それは、初めての感覚。
聖女が小さく息を呑む。
彼女の宝珠が、ほんの僅かに揺らぐ。
レディアナは一礼する。
「失礼いたします」
去っていく背中。
波形は最後まで安定したまま。
観測塔では緊急記録が走る。
《第十二式 感情高揚イベント》
結果:
――不成立。
国家機構発足以来、初。
その夜。
王太子は一人、書斎に立つ。
胸の奥に残る違和感。
レディアナの問い。
“それは、殿下の感情ですか?”
彼は手を胸に当てる。
鼓動は、いつもより不規則だった。
だがそれは。
機構の誘導波ではない。
自分の内側から生じた、微細な乱れ。
王太子は初めて思う。
――あれは、何だ?
一方。
観測塔最深部。
報告書が提出される。
《対象:レディアナ=フォン=アルセリア》
結論:
感情誘導耐性、完全確認。
運命イベント、不成立。
分類:
不確定因子。
排除検討、第一段階へ。
だが。
地下資料庫の古い記録が、静かに開かれる。
そこには一行。
“干渉無効血統、再出現の可能性あり”
物語は、静かに加速する。
制度は、初めて揺らいだ。
そして王太子の中にも。
小さな“設計外”が芽生え始めていた。




