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悪役令嬢 恋愛システムが破綻しました  作者: 南蛇井
第三章「選ぶ幸福」

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第29話:民意の揺らぎ

――国民に“違和感”が波及


王都・中央市場。


朝の鐘が鳴る。


パンを並べる音。


果実の値を叫ぶ声。


いつもと変わらぬ光景。


だが――


「最近、なんだか落ち着かないね」


パン屋の老女が、小さく呟く。


隣の商人が頷く。


「理由は分からんがな」


「別に困ってるわけじゃない」


「でも……妙だ」


それは不安とは違う。


恐怖でもない。


ただ、胸の奥に小さな“引っかかり”。


説明できない違和感。


——


観測塔。


《国家安定値:48 → 47》


緩やかな低下。


解析官が報告する。


「地方都市でも微細な情動変化が確認されています」


「共鳴波形の揺らぎが、民衆層へ波及」


管理官が目を細める。


「象徴と適合体の自律化が、全体に影響している」


術式院長が険しい声で言う。


「共鳴は上から下へ伝播する」


「核が揺れれば、民も揺れる」


——


地方都市・酒場。


若い兵士が杯を置く。


「殿下が命令を拒否したらしい」


「聖女も装置じゃないと」


周囲がざわつく。


「それは……反逆か?」


「いや、違うだろ」


別の男が言う。


「殿下は国を壊してない」


「安定値は下がってるが、戦争も暴動もない」


沈黙。


誰も結論を出せない。


ただ、曖昧な感覚が広がる。


——


王都・学院。


教師が講義を止める。


「国家安定理論において、象徴は――」


言葉が詰まる。


教科書の定義と、現実が一致しない。


生徒の一人が言う。


「先生。象徴が命令を拒否することは、誤りですか?」


教室が静まる。


教師は答えられない。


「……前例がありません」


それが、正直な答え。


——


観測塔。


波形に、新たな傾向が現れる。


《個別自律値:微増》

《集団同調率:低下》


解析官が驚く。


「国民一人一人の情動が、独立傾向にあります」


「同調波が弱まっている」


管理官が呟く。


「強制共鳴が弱まった副作用か」


「それとも」


「進化か」


——


王城・会議室。


法務長官が苛立つ。


「民意が揺らいでいる」


「この状態が続けば、統治基盤が不安定化」


軍務総監が言う。


「暴動の兆候はない」


「だが忠誠の熱量が低い」


財務院代表が報告する。


「寄付・奉納が微減」


「経済活動は通常圏内」


術式院長が低く言う。


「これは不満ではない」


「“違和感”です」


円卓に沈黙が落ちる。


違和感。


怒りでもない。


服従でもない。


ただ、“考え始める”兆し。


——


庭園。


レディアナが空を見上げる。


「広がっているわね」


ティアナが頷く。


「民が、自分で感じ始めてる」


レディアナは小さく笑う。


「怖い?」


「少し」


「でも」


彼女は遠く王都を見つめる。


「悪くない」


——


王太子の執務室。


報告書が積まれる。


《民意動向分析》

《同調率低下》

《自律感情増加》


王太子は静かに読む。


「……揺れている」


聖女が隣に立つ。


「私たちだけではありませんね」


二人の間に、強制的な共鳴はない。


だが、柔らかな理解がある。


王太子は言う。


「民が、自分で感じるようになった」


「それは危険か?」


聖女は少し考え、答える。


「危険でもあり、希望でもあります」


——


観測塔。


安定値、46。


低い。


だが、急落はしない。


代わりに。


波形が細かく揺れながら、持続している。


解析官が呟く。


「崩壊の兆候なし」


「しかし、旧型安定にも戻らない」


管理官が静かに言う。


「国家は、均一ではなくなった」


「個の揺らぎが、全体を形成し始めている」


——


王都の夜。


灯りが揺れる。


人々は眠りにつく。


胸の奥に、微かな違和感を抱えながら。


それは不安ではない。


疑問。


問い。


「私たちは、なぜ安定していたのか」


その問いが、静かに広がる。


象徴が拒絶し。


聖女が覚醒し。


今度は民が、揺れ始めた。


国家は、もはや一つの波ではない。


無数の小さな波が、重なり合う。


それが崩壊を招くのか。


それとも新たな均衡を生むのか。


誰もまだ知らない。


ただ一つ確かなのは。


“違和感”は、消えない。


それは思想の種となり、


やがて国家そのものを変えるかもしれない。

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