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悪役令嬢 恋愛システムが破綻しました  作者: 南蛇井
第三章「選ぶ幸福」

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第28話:聖女の覚醒

――「私は装置ではありません」


祈祷室。


白い光が、静かに満ちている。


聖女は一人、宝珠の前に座していた。


王太子が命令を拒絶してから三日。


国家安定値は《49》で低位固定。


崩壊はしていない。


だが回復もしない。


その均衡の中心に、彼女がいる。


宝珠に触れた瞬間、波形が映る。


《適合体:共鳴率低下》

《情動波形:抑制》

《再同期推奨》


無機質な表示。


まるで診断書。


彼女は小さく呟く。


「私は……数値なのですか」


扉が開く。


術式院長が入室する。


「殿下が拒絶された以上、あなたの協力が必要です」


「再共鳴を」


「自然誘導で構いません」


聖女は顔を上げる。


「自然とは、何ですか」


術式院長は言葉に詰まる。


「国家の安定を保つ感情の形成です」


「……形成」


彼女は宝珠を抱きしめる。


あの日まで。


王太子の隣に立つことは、使命だった。


共鳴すれば、国は安定する。


愛は義務。


ときめきは機能。


涙は調整。


すべてが、国家のため。


だが。


強制共鳴の夜。


押し寄せた甘さ。


作られた熱。


あの違和感。


「あれは、私の感情ではありませんでした」


術式院長が硬くなる。


「国家維持には必要な措置です」


聖女は立ち上がる。


白い衣が揺れる。


「必要なら、私は何でも受け入れると」


「そう思われていたのですね」


沈黙。


宝珠がわずかに震える。


彼女の内側で、何かがほどける。


——


観測塔。


解析官が驚く。


「適合体波形、変動!」


「自律値上昇!」


水晶に新しい波が現れる。


これまで王太子に従属していた副次波形が、


独立した振動を始める。


管理官が低く呟く。


「……覚醒」


——


祈祷室。


聖女の胸の奥で、初めて“選択”が芽生える。


王太子が拒絶した。


ならば。


自分はどうするのか。


国家のために再接続するか。


それとも。


自分の心に問うか。


彼女は、はっきりと言う。


「私は装置ではありません」


静寂。


術式院長の目が見開かれる。


「あなたは適合体です」


「象徴を支える存在」


聖女は首を振る。


「支えることと、縛られることは違います」


宝珠の光が変わる。


柔らかい波。


命令ではない振動。


「私は、殿下を想っていました」


その言葉に、術式院長が息を呑む。


「ですが」


「それが設計であったとしても」


彼女の声は震えている。


それでも、止まらない。


「今、私が選ぶ想いは」


「私のものです」


観測塔。


国家安定値、48へ一瞬落ちる。


警報。


だが次の瞬間。


波形が再編される。


象徴核と適合体。


互いに独立しながら、干渉しない共振。


解析官が叫ぶ。


「新しい同期形態!」


「強制なしで、緩やかな共振が発生!」


管理官の目が細められる。


「……思想共鳴」


——


大広間。


重臣たちが報告を受ける。


「聖女が再接続を拒否?」


「はい」


「“装置ではない”と発言」


ざわめきが広がる。


法務長官が苦く言う。


「象徴だけでなく、適合体まで自我を持つとは」


軍務総監が低く唸る。


「制度が崩れる」


管理官が静かに告げる。


「いいえ」


「形が変わるだけです」


——


庭園。


王太子が立っている。


風が揺れる。


そこへ、聖女が歩み寄る。


視線が交わる。


以前のような、吸い寄せられる共鳴はない。


だが。


穏やかな波が、互いに届く。


「殿下」


「……聖女」


彼女は言う。


「私は、装置ではありません」


王太子は静かに頷く。


「知っている」


「私も、装置ではない」


二人の間に、強制はない。


ただ、揺らぎを許す空間。


観測塔。


安定値、48で持続。


低い。


だが、崩れない。


象徴が拒絶し。


聖女が覚醒した。


国家の二つの核が、


初めて“意思”を持った。


制度は揺れる。


だが。


揺れの中に、新しい均衡が芽生え始めている。


聖女は、もう装置ではない。


彼女は、選ぶ存在となった。


国家の物語は、


いま、完全に新章へと踏み出した。

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