第26話:強制共鳴儀式案
――王子と聖女の結合を加速させる計画
観測塔・封印層。
通常は立ち入りが制限される最深部。
そこに、古い祭壇があった。
円形の床。
幾何学紋様。
中央に嵌め込まれた、二重水晶。
術式院長が静かに告げる。
「原初型・強制共鳴儀式」
管理官が目を伏せる。
「最後の手段です」
水晶に古文書が投影される。
《象徴核・適合体位相強制同期儀》
《自然誘導不能時の再接続措置》
《情動波形を増幅し、結合を加速》
軍務総監が問う。
「成功率は」
「理論上、九割」
「失敗時は?」
術式院長が一瞬、言葉を選ぶ。
「象徴核の精神断裂」
沈黙。
だが。
安定値は53へ。
赤い数値が、容赦なく点滅する。
法務長官が言う。
「国家は賭けに出られない」
「成功率九割なら、実行すべきだ」
管理官が低く告げる。
「殿下の同意は得られないでしょう」
「ならば国家権限を発動する」
重い決断。
——
祈祷室。
聖女は宝珠を抱え、座している。
彼女の波形は安定している。
だが、微細な揺れがある。
王太子との共鳴が切れたまま。
術式院の侍官が告げる。
「儀式準備が進められています」
聖女の指がわずかに震える。
「……強制、ですか」
「国家安定のため」
彼女は目を閉じる。
自分が何か。
装置か。
人か。
答えは、まだ出ていない。
——
王太子私室。
扉が強く叩かれる。
「殿下」
管理官が入室する。
顔は硬い。
「強制共鳴儀式案が提出されました」
沈黙。
「……原初型か」
「はい」
王太子は立ち上がる。
「あれは禁忌のはずだ」
「禁忌よりも安定が優先されました」
短い言葉。
だが重い。
「私は拒否する」
「拒否権はありません」
静寂。
観測塔。
安定値、52。
儀式準備に伴う術式展開が始まる。
王城地下。
祭壇が起動。
二重水晶が淡く光る。
術式院長が詠唱を始める。
「象徴核と適合体を再同期」
「感情波形を増幅」
「結合を強制固定」
——
庭園。
レディアナが空を見上げる。
空気が変わった。
術式の圧。
彼女の血がわずかに熱を帯びる。
干渉無効血統。
強制波を感知する。
「……動いたわね」
ティアナが駆け寄る。
「儀式よ。地下祭壇」
レディアナは目を細める。
「強制共鳴」
「王子と聖女を縛るつもり」
静かな怒りが、胸に灯る。
——
地下祭壇。
王太子が連行される。
拘束ではない。
だが、術式陣が囲む。
聖女が反対側に立つ。
目が合う。
かつては自然に重なった波。
今は断絶。
術式院長が宣言する。
「国家安定のため、儀式を執行する」
光が走る。
二重水晶が共鳴を始める。
王太子の胸に、強制的な高鳴り。
甘さ。
懐かしい感情。
設計された恋が、再び押し寄せる。
「……違う」
歯を食いしばる。
「これは私の感情ではない」
波が押し込まれる。
聖女の瞳に涙が浮かぶ。
彼女もまた、強制されている。
「殿下……」
共鳴率、急上昇。
観測塔。
安定値、56へ急回復。
歓声が上がる。
「成功です!」
だが。
地下祭壇。
王太子の波形が、突然反転する。
強制波に、拒絶反応。
自律波形がぶつかる。
衝突。
水晶に亀裂。
「共鳴不安定!」
「干渉抵抗値、異常上昇!」
術式院長が叫ぶ。
「抑えろ!」
その瞬間。
祭壇外周の術式が一部、消える。
干渉が削がれる。
干渉無効の波。
レディアナが踏み込む。
彼女は陣の外に立つだけ。
触れていない。
だが。
強制波が弱まる。
王太子の胸の甘さが、消える。
残るのは、荒い呼吸と、自我。
「……私は、選ぶ」
その一言。
強制共鳴が崩壊。
水晶が砕ける。
観測塔。
安定値、急落。
56 → 51。
赤い警報。
地下祭壇は静まり返る。
聖女が膝をつく。
王太子は立ったまま、震えている。
術式院長が呟く。
「自律波形が……勝った」
レディアナは何も言わない。
ただ、静かに見ている。
強制による安定か。
選択による揺れか。
国家は、二度目の分岐に立つ。
儀式は失敗した。
だが。
王太子の意思は、折れなかった。
戦いは、もはや制度対思想ではない。
強制対自由。
その衝突が、王城を震わせている。




