王様とパンケーキ
「…………で?」
この国、シグルの宰相閣下はカウンター前の椅子で背中を丸めた。
「……見たとおりだ」
「…………」
アーイシャ妃が来店した翌日。
私の眼の前には宰相のシグマ、侍女のサシャに挟まれるように二人の子供がちょこんと腰掛けている。
一人はアーイシャ妃。
横にいる幼児と言っていい男の子は、この面子から察するに御年四歳のルルブ国王陛下と思われる。
「我はルルブである」
「ありがとうございます、陛下。ジューンと申します」
(喋ってもいい許可がでたって感じでいいのかしら……)
「申し訳ありません、ジューン様。昨日帰った後にカフェにはお子様パンケーキのサービスがあると口を滑らせてしまいました」
縮こまったサシャの言葉をシグマが引き継いだ。
「その場に陛下がいらっしゃってな……」
「あ、察したわ」
私はボウルに卵を割り入れ、白身を泡立て始めた。
ふわふわパンケーキはメレンゲが大事なのだ。
カシャカシャという泡立て器の音に、王と王妃は興味津々である。
「パンケーキは子供だけ。大人になったら出しませんからね」
私の言葉に、ルルブ国王陛下はふんぞり返った。
「我、まだ子供である」
「妾も子供である」
慌ててアーイシャ妃も子供アピールを始めた。
そしてお姉さんぶってたんぽぽコーヒーを陛下に勧め始めた。
……今日は全員たんぽぽコーヒーを飲むようだ。
「一時間だけですよ、陛下。それ以上は不在が露見しますから……」
「うむ」
シグマは時間の約束を取り付け、少し表情を緩めた。
「帰りはまた頼めるか?」
「いいわよ。あ、外の札を貸切に変えておいて」
「わかった」
王と王妃を連れ出す綱渡り中のシグマ、連続で口を滑らせたサシャの気持ちを他所に……カウンターにいる子供二人は和やかな会話を繰り広げている。
「アイ、我は砂糖はたくさんが良いのだ」
「ルル、いっぱい入れたほうが美味しかったのじゃ。それに熱々で飲める」
「熱いのは飲めないかもしれぬ……」
四歳の陛下は、若干不安げな顔をした。
「心配ない、ミルクが付いてくる」
(ミルクは多めにピッチャーで出すか……)
パンケーキに夢中な二人と世話に付きっきりのサシャを横目に、私はシグマに話し掛けた。
「ねえ、これって」
「うん?」
「これが最後じゃないよね……?」
「…………」
シグマは目を逸らし、壁の絵を眺め始めた。
陛下の兄弟は何十人もいるが、もう成人している。
アーイシャ妃は妃なので、姉妹が後宮にいるわけでもない。
「両陛下、また来るでしょ」
「だろうなぁ……」
子供たちはパンケーキが熱々だと言って騒いでいる。
妃殿下付きのはずのサシャは幼い国王に付きっきりで、妃殿下にも目を配ってとても忙しそうである。
「……また来るなら、サシャのお給金上げたほうがいいんじゃないの」
「内密で連れてこられる人数はこれが限界だからな……そうしよう」
「また来るなら、というか頻繁に来るなら貸切は無理よ? 平民の服を用意して、そこらのちょっと良い家の子供として来てもらわないと……」
シグマは哀愁を帯びた目付きでワチャワチャとパンケーキを切り刻む両陛下を眺めた。
「……そうするしかないよなぁ」
「店の外に砂よけの布を張った客用の荷物置き場があるから、その隅っこに転移魔法陣を仕込む? 店に来るだけの一方通行で」
「帰りは?」
「流石に王宮内に行ける魔法陣は不味いのでは?」
「だよなぁ……」
王宮からここまでは徒歩一時間といったところ。
駱駝車に引かせても二十分はかかる。
そうなると高貴な身分の子供の移動は転移が最適解。
(転移魔法陣は便利だけれど、敷けばずっと使えるわけでもないし……)
この程度の距離ならば、焼き付けた時に注入する魔力で数十回使えるけれど、それは私がエルフで魔力の純度と量が平均を大幅に上回っているから。
普通であれば、魔法陣師と呼ばれる専門家が魔法陣を敷き、媒体や魔力の再注入で維持するものだ。
それも摩耗で何度か使えば壊れてしまう。
「転移を使える使用人を雇うべきね」
「あー……魔法陣は管理がいるもんな」
「着地用の魔法陣は外に敷いておいてもいいけれど、王宮行きのはやめたほうがいい。腕のある魔術師なら、干渉できる場合もあるから」
「だよなぁ……」
シグマはため息をつきながら、子供らしく騒ぐ両陛下をじっと見つめた。




