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百合と景虎の迷宮は、互いの手を握り出口へと向かいました。

2年後……


「お、おい‼百合ゆり‼そ、その迫力と、その格好はなんだ~‼」


景虎かげとらは、婚礼の日に姿を見せた百合のどうしても怒り狂って立っている姿に、一瞬ひいた。

それほど、怖い顔である。


一応、きちんと、向こうの世界で、育ての親である元直げんちょくが貯めていた景虎の出演料等は、いつのまにか、元直の友人である月英げつえいの父が投資をしてくれ、相当な額を、金だけでなく翡翠や反物などにして持ち帰ってきた。


景資かげすけと百合の姪になる明子あきこは正式ではないもののすでに婚礼を済ませている。

驚いたのが、景資が幼い嫁を溺愛していること。

出仕以外はずっと一緒で、手を繋いで散歩にデート。

元々大企業の御曹司だったのだが、お金よりも妻が喜んでくれるちょっとしたことを、家族に聞いたりして必死だという。

そして、得意の楽器を持ち出しては演奏したり、教えたり、歌を歌ったりとラブラブな毎日を送っているらしい。


だというのに、何で、この目の前の嫁になる百合は、普段好む男装で立っているのだ‼


「な、なななんで、って解ってるでしょうが‼あたしが似合うわけないって‼あんたね‼どこでメルヘンチックな夢拾ってきたのよ‼馬鹿虎‼」


かぁぁっと真っ赤になった百合が示すのは、ウェディングドレスである。

ちなみに、この情報は、景資が咲夜さくやの結婚式の映像を見て、百合の義理の親になった直江親綱なおえちかつなとその妻のあずさがどうしても着せたい‼と娘たちと仕立て方を教わり、絹の反物を幾つも使い作ってくれた逸品である。


「私も知らん。だが、似合うと思うぞ。絶対に」


景資よりも婚礼が遅くなったのは兄を幽閉し、そして大改革を行ったためであり、本当はもっと早くと景虎は望んでいた。

いや、兄の幽閉の後にもすぐに自分が立つことを知らしめると共に、百合が正室になることを周囲に示したかった。

だが、百合は男装を通し、今日もせっかくのドレスだというのに、着てくれない。

懐に納めているものも渡せないではないか‼

と、恨めしく思うと、


「……この大女が、似合うわけないじゃない……」


俯き呟く。


「……お母様も、お父様も、お兄様たちも大丈夫だって言うけれど、わ、私だって……着てみたいって……思ってるけど……」


22才の百合はべそをかいた。


「2年間、聞かされ続けたのは……」


あぁ……。

あれは引くだろうなぁ……。


思い出す。

あの啖呵たんか

しかも、男にはけっこうきつい事も言ってくれた。

向こうの定期検診で、病気と水疱瘡やそういった予防接種を受けていなければ自分も自信を失うような……。


でも、あれは言って良かったことだ。

今でも思う。

あれが兄、しかも父も本当にあの兄で良かったというのか……向こうの世界の父親がわり、いや父の元直げんちょくの温かさ、優しさ、いたわりが懐かしい。

ふと、思い出す。


「なぁ、百合?」

「な、何よ‼」


涙をぬぐいながら返事をする。


「まだレッスン続けているんだろう?」

「……声楽に、演技は、解っているでしょう‼」

「じゃぁ、お前、こんなことやってみないか?」


手招きし、耳元にささやく。

落ち込んでいた百合は、目を輝かせる。


「えっ?いいの?」

「あぁ。景資にもすぐ伝える。確か、明子も……」

「えぇ、教えてるのよ。歌いたいですって言っていたの」

「ではやるか‼」




主君の婚礼に集まってきた面々は、唖然とする。

主君は、今で言うと南蛮なんばんかぶれである。

髷を結うことも嫌がり、髪の毛は長く伸ばしているが、そのまま縛っていただけにし、ひんしゅくを買っているが、


「何で、表向きのことで、鬱陶しい‼我のやり方が気に入らないのなら主君を変えよ‼我の政務、戦い、采配を見てから言うが言い‼」


といい放ち、やりたい放題。

苦虫を噛み潰すのは一部で、砕けているが、執務には熱心で、国のためにいきる景虎を信頼する配下は多かった。

今回の婚礼も、どんな風になるんだと一部は危ぶみ、楽しみにしていた。


すると、純白の南蛮衣装ータキシードーを着た景虎が景資と共に現れ、そして、親綱が純白のこれ又、ドレスを着た顔を薄手の布ーベールーで隠した百合と一緒に登場する。

ゆっくりと腕を組んで進む二人に、後ろでは親綱の孫たちがきゃっきゃと嬉しそうに布をもって歩いてくる。

途中まで戻ってきていた景虎が、親綱から百合の手を預り組み直すと、歩いていく。


『何でかなぁ……明に、私もドレス着せたかったよ~‼虎‼』


ぼやく景資に、


『もう一回すればいいだろう?明子が成長したら』

『それもいいなぁ‼』


周囲には信頼する側近である景資との暗号だと知らせているイタリア語で会話する。

イタリア語とドイツ語は、特に音楽界で用いられる言語であり、徹底したレッスンを受けた。

ドイツ語は国がオランダに近く、蘭語とも後に呼ばれる言葉に近いこともあり、あえてイタリア語で話すことが多い。

当時、ヨーロッパでは大航海時代。

そして、王朝は替わるが、血を引いた縁戚が代々王位を継承するヨーロッパでは英語の話せない王や、フランス語を知らない王などもぞろぞろいた。


そういった時代に戻っていった景虎は、国のためにと景資や百合に、外交的な役割を担う部下にオランダ語を教えさせ、直江家が孤児や母子を引き取り学ばせ、仕事を教え、将来の道を進めるようにしていたことを、褒め、それを奨励し、学問を修める学問所を作った。

そちらには、景資の家も支援している。


景虎だけではなく二つの家にその運営が任されるほどの莫大な資産があることを、周囲は脅威に感じていた事もある。


位置に着いた、景虎と百合に、


「では、庄井景虎しょういかげとら、貴方は……」


景資の言葉に、


「はい、誓います」

「では、柚須浦百合ゆすうらゆり、貴方は……」

「は、はい、誓います‼」


震えるような声で、返事をした百合に嬉しそうに微笑んだ景資は、


「では、誓いの証を……」


と差し出したのは、一組の指輪。


「え、えぇ?か、景虎‼こ、これは……」

「向こうで、作って貰った。月英げつえい先生のデザインのだ。百合に、似合うと思って……」

「えっ?でも……い、いいの?」

「私と共に生きるのは、百合だ。そう言ってくれたのも、共にここに来てくれたのも……本当にありがとう。それと、この指輪には、拒否権なし‼着けておけ‼」

「な、何よ、それぇぇ……」


涙がこぼれている百合の指にはめ、にっと笑う。


「お前は知らないのか?お前を嫁にくれと、ひっきりなしに俺や景資、お前の父上にお伺いが来てたのを」

「し、知らない……」

「ほとんどは、金や権力目当てだが、そこらの泣いているのはほとんどが、お前に懸想していた者共だ。お前、自分の美貌とその人懐っこい性格で惚れられてんのは知らんのか?」

「知らない~‼」

『虎が、婚礼‼婚礼‼って必死に言ってたの、それもあったんだよ?百合ってモテるから』


ニヤニヤと言う景資に、


『言うな‼』


と言い返す景虎が、百合に左手をつき出す。


「んっ‼」

「えっ?」

「だから私にも着けてくれ‼」

「えぇぇ?こんな大きいの?」

「それでもギリギリだ‼」


もう一度つき出され、恐る恐る指輪をはめ込もうとするが、


「ちょ、ちょっと待ってよ‼この指輪で、何でやっとなの‼私のサイズは一応9号よ‼」

「一応、な?ほら。俺も17だし。声もちゃんと変声した。背も延びてるぞ‼」

「あら、本当だわ。目線ほとんど一緒‼」

「まだ伸びてやる‼お前より絶対に‼大女ってお前が呼ばれないように‼」


目を見開いた百合が、又瞳を潤ませる。


「ほら、泣くな‼」


少々乱暴にベールをあげると、


「百合に誓う。絶対に、天寿を全うするまで二人で笑って生きよう‼来世は、きっと、俺は、庄井景虎として、百合も柚須浦百合として、もう一度出会うんだ‼」

「うん……うん‼」

「約束だぞ?破ったら……」


二人の顔がゆっくりと近づいたのだった。




その後は、

二年ぶりの舞台衣裳に身を包んだ百合が、『カルメン』の『恋は野の鳥』を歌い、景虎は百合ではないが夢に見ていた『トゥーランドット』の『誰も寝てはならぬ』を歌い上げ、景資に明子がという風に盛り上がったのだった。

幸せそうに、それでいて生き生きとして歌う百合の流し目に、艶然とした微笑みに、ウインクに嫌悪感を露にしていた堅物の臣下も、堕ちたのだった。


『おい、景資。嫁の無意識の浮気に、亭主はどうすればいいと思う?』


遠い目で次々に堕ちる臣下も臣下だと思うが、百合も百合。

自分の美貌と、その声、微笑みに男がどう思うのか……。


『頑張れ、虎‼すでに嫁って言うのは指輪で解る‼それよりも、後継者‼』

『う~ん。それなりにな。しばらく堂々と嫁にベタベタさせてくれ』

『それもいいけど、歌通り、野の鳥だけど?百合は』

『だからだろうが‼』


という会話はそっちのけで、百合は本当に楽しんだのだった。




そして、時は過ぎ……。


「お久しぶりです。実綱さねつな兄上」

「いや、恩師に兄上と呼ばれるのも……」


と話す両親の下で、兄の実明さねあきが、


「あ、景虎かげとら‼久しぶり。元気だった?」

「あぁ、我は。父上はおばあさまと母上の爆走に必死だが……」

「こら、景虎。そういうことは言わない‼」


景虎?


キョトンとして母の采明あやめを見る。

微笑んで、采明は、


「同じ年の、景虎君よ?元直叔父さんの息子さん。お兄ちゃんや景資君とも仲良しなのよ……って、ちょっと待ちなさい‼百合ちゃん‼」


はっきり言ってお転婆で、父の実綱も頭を抱える双子の上の百合は、妹の愛生あきと兄が大好きで、近づくのは絶対に排除する性格である。

敵といってもいい。

同じ年の景資は愛生と仲良しで、兄も学校に通っている。

飛び出していった百合の前には、黒髪に黒い瞳の整った顔の、何故か無表情の男の子。


「お兄ちゃんと愛生を取っちゃダメ‼」


兄にしがみついた百合は、頬を膨らませ、景虎を見る。


あれ?


首をかしげる。

何か不機嫌そう?何でだろう?


「……約束したのに……‼」


呟いた少年は、


「百合の嘘吐き~‼馬鹿者‼浮気性‼我が、我が……わぁぁぁん‼」


怒鳴り大泣きする様に元直が慌ててだきよせ、


「景虎?あのね?だ、誰に聞いたの?そんな変な言葉‼お母さんもお父さんも教えてないよね‼」


焦りぎみに問いかける。


「おばあ様の……お友達の、芙蓉ふよう様と木槿むくげ様っ……首相が又浮気したって、浮気したら滅多うちって……わぁぁぁん‼女の子にしちゃダメって、でも、でも、嘘つきだぁぁ‼浮気した~‼我は、会いたくて会いたくて一杯一杯頑張ったのにぃぃ」


泣きじゃくる息子を抱き上げ、


「ご、ごめんね?百合ちゃん。普段は本当に、言葉遣いはあれなんだけど、穏やかな子なんだよ?」

「謝らなくていいのじゃぁぁ‼悪いのは百合なのじゃぁぁ‼わぁぁぁん‼」


その口調に、実綱はあれ?と言いたげに、景虎を見る。

そして、


「百合?」

「なあに?お父さん」


がっしりとした父に抱き上げられる。


「はい、百合?景虎君に、仲良くしようねって言おう。もう5才なんだからご挨拶しなさい」

「えー?」

「えー?じゃないよ?最初のご挨拶が大事ですって、パパもママも言ってるでしょう?」

「はーい‼えっと、私は柚須浦百合です。お年は5才よ。仲良くしてね?景虎‼」


すると、ピタッと泣き止んだ景虎が、嬉しそうにニコッと笑う。


ウワァァ……


百合は見とれた。

景虎は、笑顔が本当に愛らしい美少年だったのだ。


「我は庄井景虎。年は5つ」

「庄井景虎……」


あれ?何となく、不思議な感じ?

ざわつく何かを思い出しながら、ふと、景虎が胸にかけていたものに気がつく。


「そ、それ……なぁに?」

「父上のご先祖のものだと、父上にかけていろと言われた。代々受け継がれていたのだと聞いている」

「へぇ……綺麗。あ、百合のお花‼」

「そうなのだ」

「それに……虎さん?」

「そう。我の名前の一文字だ」


気になる……。

とても気になる……。

無表情に戻った景虎の、笑顔が見たい……それに……。


「それ、ひとつちょうだい‼大事にするから‼」

「ダメ‼約束したのに忘れてる百合にはあげない‼」

「やだ~‼ちょうだい‼大事にするから~‼」

「じゃぁ、お嫁さんになってくれるなら、あげる‼」

「お嫁さん?」


う~ん。

考える。

しかし、5才の子供にとっては、深く考えることはない。


「うん‼お嫁さんになる‼」


その一言に父実綱は愕然とし、5才の少年と娘を見て複雑な溜め息をついたのだった。

その間、父親に手伝ってもらいながらひとつを抜いたネックレスを、百合にかけて、


「はい、約束‼お嫁さんだぞ‼」

「ワァァ……ありがとう。景虎‼大事にするね‼」


準備のいい父親に革ひもをもらい、自分の首にもかけた景虎は、


「絶対に百合より大きくなる‼だから、約束だぞ‼」


の言葉が響いたのだった。




これは迷宮の出口……夢の終わり。

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