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白い黒と黒い白  作者: 真木あーと
第七章 白と黒と男と女
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第三節

挿絵(By みてみん)

「あ、ナスカくん」

 トイネが少し弾んだ声で言う。

「ああ、悪かったな」

「あんた、もっと精神的に強いかと思ったら案外弱いのね」

「まあ、返す言葉はないな、でももう大丈夫だから」

「ねえ、早くご飯食べよ? このお肉、冷めると白くなるんだよ?」

「俺のあらゆる知力とコネを使って、シェリンを二十キロ太らせる呪いを考える」

「なんで!?」

挿絵(By みてみん)

 いつも通りのやり取りが出来た。

 ナスカは少しほっとする。

 だが、心の中で、特に裸で密着したシェリンをどうしても意識してしまう。

「でも、このお肉、おいしいんだよ! 昨日もあったけど、おいしいから今日も出してもらったの!」

 そんなナスカの心を知らず、シェリンは無邪気に肉を見つめる。

「分かった分かった。エメリィ、そろそろ食べてもいいか?」

「ええ、ナスカ様待ちでしたから、もう食べましょう」

 そのまま、少し遅い食事が始まった。

「それで、明日は何かする予定はあるの?」

 ある程度食事を終えた時、アールが聞く。

「特にありませんわ、お望みがありましたら手配いたしますが」

「今日は疲れたから、明日は休んでいたい!」

 とても疲れているようには見えないほど元気に言うシェリン。

「そうですか。でしたら、明日はおやすみになられますか?」

「んー、んー、でも何もしないのも退屈かなあ」

「理不尽な事を言うシェリンははちみつで満たした温泉に入れておけばいい」

「何それおいしそう!」

「シェリンのはちみつ漬けを作るからな」

「食べられる側は嫌だよ!?」

「わがまま言うな!」

「え? ご、ごめんなさい……」

 わけも分からないまま反省するシェリン。

「じゃ、そうしようか。明日はゆっくり過ごそう。朝もシェリン以外は遅くまでのんびり寝ていよう」

「何で私だけ!」

「決まった事だろ?」

「え? あ、うん、そうだっけ?」

 シェリンが不思議そうに言う。

「じゃ、それで、今日はもう休──」

「温泉!」

 それで話を打ち切ろうとしたら、シェリンが大声で割り込んだ。

 ナスカだけでなく、四人全員がシェリンを振り返る。

「のんびりゆっくりなら温泉がいいっ! 絶対いいっ!」

 その表情から、ナスカの弱点が温泉であると考え、何とかナスカにやり返そうと思っていることが分かる。

 トイネが苦笑して、エメリィがため息を吐く。

 アールはエメリィがナスカに何らかの説得をしたと思っていて、もしこれでナスカが積極的に賛成したらどうするんだろう、などと考えていた。

 当のナスカは表情を変えることはなかった。

「じゃ、そうするか?」

「……はへ?」

「まあ、温泉は疲労回復にいいらしいからな。まあ、一日中とは行かないが、また温泉に行くのもありだな」

「え? ええっ!?」

「今日も俺は落ち着いて入ってないしな。ま、午後からのんびり行くことにするか。エメリィ、あれ、実は用意していあるんだろ?」

「はい? ああ、水着ですか。もちろん用意してあります」

 エメリィが答える。

「水……着?」

 そうではないかと思っていた。

 家族用の温泉とは言っても、入るのはナスカとエメリィ、そして三人の友達だ。

 エメリィは極めて一般的なお嬢様の貞操観念を持っている。

 そんな彼女が、みんな裸で風呂に入ろう、などと考えるわけがない、と思ったのだ。

「水着があるなら、どうして今日は使わなかったんだい?」

「ナスカ様が、最初に水着を持たずに行きましたから。私たちだけが水着で入れば、ナスカ様に恥をかかせますわ」

 平然と言うエメリィに、そう言えばこの子はナスカ中心に生きているんだと思い出すアール。

「……そのせいで私はそのナスカ様を傷つけかけたんだけどね」

「ともかく、それで行こう。いいな、シェリン?」

 自分からの提案のはずなのだが、シェリンが当惑している。

「う……ん……。あの、水着って何……?」

「シェリン、そのボケは笑えない上にアホとしか思えないぞ?」

「私にだって知らないことだってあるのよっ!」

 シェリンが少し恥ずかしそうに怒る。

「……え?」

 シェリンが真面目に怒るので、ナスカは、いや、シェリン以外の全員が驚く。

 シェリンの言葉に、ナスカはさすがに驚いた。

 確かにカドメ王国都付近に海はないのだが、湖はたくさんあるし、こういう避暑に来る者たちは湖や海で泳ぐことも多い。

 貴族であれ庶民であれ、水着を着て泳ぐということは、そう珍しい事ではない。

 それをシェリンは、水着を着たことがない、というばかりでなく水着そのものを知らないと言うのだ。

「……えっと……シェリンは、王城の街を出るの、これが初めてだっけ……?」

「うん……え? ミズギって、地域の名前なの?」

「違うけど。うーん、本当に知らないんだね」

 トイネが苦笑する。

 王城を出たことがないと言っても、王城の周囲にも湖はいくらでもあるし、特に若者が泳ぐための湖はいくつかある。

 シェリンのような水の魔法使いは特に泳いでない方が不思議なくらいだ。

 アールは子供の頃旅をしていたから入っている、トイネは辺境出身だが、入ったことがある口調だ。

 上流のお嬢様であるエメリィですら、避暑地で水に入ることはある。

 それを、水の魔法使い、しかもかなり強い力を持っていると思われるシェリンは、水に入るどころか、水着を知らないと言っているのだ。

「あ、もしかしてお前、水着なしで水に入る種族か何かか?」

「? お風呂には何も着ないで入るよね?」

 シェリンは不思議そうに言う。

 まずい、こいつマジだ、とナスカは思ったが、あまりの事だったのでからかう事も出来なかった。

「え? え? 何? 知らないと恥ずかしい事なの?」

「いや、恥ずかしい以前の事だが。まあ、知らなくても生きて行けるとは思う」

 まあ、知らない人間がいないでもないし、いても問題ではないだろう。

「そっかー、よかった」

 シェリンがほっと胸を撫で下ろす。

「しかし、水着も知らないって、シェリンはこれまでどんな人生を歩んで来たんだ?」

「え?」

 シェリンが驚いたように顔を上げる。

「ナスカさま……」

 エメリィが窘めるようにナスカを睨む。

 魔法学校には色々な地方、色々な身分の生徒が集まって来ている。

 中には様々な事情を持っている生徒も多い。

 だから、それぞれの素性は本人が語るのでない限り聞こうとするものじゃない、と前からエメリィに教えられてきた。

 だから、これまでも聞いたことはない。

 だが、シェリンにはエメリィの教えは使わないと決めたのだから、聞いてもいいだろう、と思ったのだ。

「ま、答えにくいならいいんだけどさ」

 シェリンが困った様子なので、ナスカはそう付け足す。

「え? う、うん、べ、別に言いたくないわけじゃなくって……そう! うちの家は普通の祈祷師だよ?」

「……祈祷師?」

 聞きなれない言葉だが、知らない事はない。

 確か、自然崇拝の、教会とは違う宗教のような団体で執り行われる儀式を仕切っている者がそう呼ばれているらしい。

 今では庶民も貴族もその信仰はほとんどないが、王国の創立に大きく関わっているため、王族だけは信者でもないが形式的に祈祷師を呼んで儀式をしているらしい。

 祈祷師たちは普段自然の中で暮らしているため、ほとんど世にも出てこないようだ。

「う、うん。だからね、毎日お祈りをするの。それが嫌だから出てきたの」

「おかしいですわね、父が王族の方から聞いた話によれば、祈祷師は儀式のある時以外はほとんどお祈りをしないと聞きましたが」

 エメリィが口を挿む。

「え? あ、うん、そうだね……あはははっ」

 シェリンが曖昧に笑う。

 そこにいた誰もが、シェリンが嘘を吐いていることが分かったが、それを追及する必要もないと黙っていた。

「……まあ、とりあえず、水着着て温泉に入るってのもいいなってことで」

「はい、用意いたしますわ」

 微妙な空気のまま、微妙な話し合いは終わった。

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