エピローグ
「ここよ、この花屋さん」
都心から離れた私鉄沿線の街に小さな花屋ができた。
大手のチェーン店ではないが、店主がイケメンでセンスがいいとSNSで評判となり、なかなかの繁盛ぶり。ここは住みたい街ナンバーワンに選ばれたこともある地区だが、都心よりは家賃が安く、客層は若い。
「梨沙が言うなら間違いないね」
大きな熊のような体格の男が連れているのは、すらりとしたモデル体型の美女。結婚式を控え、エステで磨きに磨いた大城梨沙子である。
「とっても素敵なお花を作るのよ。ネットで見つけて是非、お願いしたいと思ってたの」
「僕は梨沙がいいならなんでも」
「ダメよ、二人のことはちゃんと二人で決めなきゃ。めんどくさがらないで。それが長続きの秘訣よ」
「そうだね。報連相は大事だ」
梨沙子の友人には密かに『熊さん』と呼ばれている悠木ツグムはバツイチ。こじれた離婚話を弁護士の梨沙子が見事に解決してみせた。もちろん彼を手に入れるため、なんていうのは表沙汰にはできない話だが。
その後、1年かけてじっくりと彼を見極め、生涯の伴侶としてめでたくも結ばれたというわけだ。
「いらっしゃいませ」
(ほんと、花屋にしとくにはもったいないわね)
二人を迎えた青年は素晴らしいイケメンで、新進気鋭のフローリストとして売り出し中だ。まだ若いがいくつものコンテストで優勝し、パリへの留学経験もあるという。
見たところアーティスト気質で繊細そう。この若さで自分の店を持てるほど、商売っ気があるとは思えないが、いいアドバイザーがいるのだろう。
梨沙子は仕事柄か無意識のうちに彼を観察していた。
(おっと、今日は仕事じゃなかったわ)
「この度はおめでとうございます」
「ありがとう。先日、お伝えしたイメージでお願いできるかしら」
「はい、もちろんです。ブーケはこちらで見本をお作りしましたので、ご覧ください」
渡されたブーケは白一色が多いウエディングブーケより、やや個性的で梨沙子の好みを上手く反映している。
「リクエストなどありましたらおっしゃってください。テーブルセッティングとエントランスはデザイン画をご用意しましたので、イメージに合うものを…えーっと、香菜さーん」
「なあに?」
「ウェディングのデザイン帳、どこでしたっけ?」
(あらあら?)
バックヤードからティーカップを持って出て来た女性を見ると、彼の表情が驚くほど変わった。
「はい、ここにあるわ」
「ありがと」
お客の前だと言うのに遠慮なく『幸せいっぱい』の笑顔をしてみせたので、梨沙子は苦笑した。
「あら、綺麗。とてもイメージが伝わるわ、絵もお上手なのね」
「ありがとうございます、彼女、デザインの仕事してるんで、描いてもらったんです。僕よりセンスいいかも」
「お二人はもしかして、新婚さん?」
「いえ、まだ、その…」
真っ赤な顔をして俯いたイケメンに、梨沙子とツグムは笑いを堪えられなかった。
「そう、じゃあ、これをどうぞ」
梨沙子はそう言ってブーケの見本を渡した。
「え?」
「私からブーケトスよ」
その後、小一時間ほど打ち合わせをして二人は帰っていった。
「まいったなぁ」とまだ赤い顔をしているケンジを見て、香菜は耳を引っ張った。
「美人だからって浮かれないのっ。ハイスぺカップルね。お金もありそうだから、もう少し豪華にしてもいいかも」
「そうですね」
「でも、あの人どこかで…」
「知り合い?」
「うーん、思い出せないわ」
店先でいちゃつく二人を遠目に見ていた梨沙子も首を傾げた。
「どうしたの? 梨沙」
「どこかで会ったかなぁ」
「あんなイケメンの知り合いがいたのかい?」
「じゃなくて、彼女の方」
「へぇ、どこで?」
「思い出せないわ。気のせいかもね」
梨沙子は微笑み、ツグムの太い腕に掴まって歩き出した。
元カレの元カノなんて覚えているわけがないし、覚えている必要もない。
二人ともに知っていた、幸せになるコツは過去を上手に切り捨てることだと。
この後、香奈と梨沙子が顔を合わせることはなかった。
fin.




