6-7 運命の扉
なるべく爽やかに晴れ上がった日を選んだ。
日比谷公園のカフェにジュンヤを呼び出したのは、冷静に話をしたいからと人に話を聞かれないように。このカフェは庭にポツポツとテーブルを置いているので、隣の席との距離がかなり空いている。
「どうしたの? 平日に呼び出すなんて珍しい」
ジュンヤは何もなかったようにコーヒーを頼んだ。
「この後、予定があるから手短にすませるわね、あなた古埜くんとはどういう関係なの?」
「どういうって、この前会ったのが初対面だけど」
「分かってるから、正直に話して」
「そうか。確かにあの後ホテルに行ったが、キミはもう彼とは別れているんだろ? そんなに怒られることかな」
どうやら『些細なこと』で済ませるつもりのようだが、問題はソコじゃない。
「キミだって僕の他にボーイフレンドはいるだろ、それについて僕はとやかく言うつもりはないよ」
「ええ、でもその中にあなたの元カノも元カレもいないわ」
「そうか…」
彼は視線をカフェの庭に移してしばらく考えていた、たぶん言い訳を。
「気遣いが足りなかったね、先にカミングアウトしておくべきだった」
「できたらそうして欲しかった」
「僕は女性が嫌いなわけじゃない、ただ苦手意識があって上手くデキないんだ。キミのような大人の女性にはさぞ不満だったと思う。それが男性だとなんのわだかりもなく自分を解放できる…ということで理解してもらえないだろうか」
(なるほど…ね)
修羅場もご免だし彼を責めるつもりもない。けれど私の中でいろいろなものが冷めてしまっている。一緒に歩くだけで羨ましがられるビジュの良さも、何のストレスもなく話せる楽しい会話も、みんな過去の思い出になってしまった。
「それを理解したとしても、私のことを隅から隅まで知ってる男とっていうのは悪趣味が過ぎないかしら。逆のことをあなたがされたらどう?」
「すまなかった、そんな簡単なことに気付かなかったのは確かに僕が悪い」
私も気付くべきだった。
あの一瞬の彼の表情。私には見せたことのないブルーノを見る目。
何を言われても謝られても、私はブルーノに負けたのだ。その事実から逃れるにはジュンヤとの繋がりを絶つしかない。
私はコーヒーを飲み干し、千円札をテーブルに置いた。
「じゃ、これで。もうプライベートで連絡はしないでください」
「彼と別れてもだめなのかな、というかもう会うつもりはないんだが」
「そういう問題じゃないの」
そう言って私は静かに席を立った。悲しいとか辛いとか怒りさえなくて、ひと言で言えば(サバサバしたってことなのかしら)。
最後に振り返ったとき、ジュンヤは傷ついたような顔をしていた。
そうか…この人、フラれたことないんだわ。ざまぁみろ。
昼下がりの公園にはイヤになるほど清々しい風が吹いていた。きっとすぐに、覚えているのはこの風だけになるだろう。
オフィスに戻ると受付で呼び止められた。
「北野さんがお探しでしたよ、お時間あったら3号応接室に来ていただけないかって」
「ありがとう…何かしら」
例の離婚案件かな。いいじゃない、やってやろうじゃない。
こんなときは仕事よ!
バンバン新規案件を持ってきてちょうだい。
そもそも、理想の男がそんなに簡単に転がってるわけないのよ。当分、男はコリゴリだわ。
3号応接室の素っ気ないスチールの扉。それが運命の扉になろうとは知る由もなく、私は軽やかに3度ノックした。
「失礼します。北野さん、何かご用ですか?」
「大城さん、忙しいのにありがとう。神崎さん、彼女は弊社の企業法務担当です。弊社のエース、負け知らずの弁護士なんですよ。こちら神崎ツグムさん、いま進行中の(離婚)案件であなたの意見を聞きたいの」
北野女史の後ろで立ち上がった神崎氏はゆうに2mを超える大男、私はぽかんと口を開けて見上げた。大きな体に似合わぬつぶらな瞳、人懐こい笑顔のギャップ。
「神崎です。よろしくお願いいたします」
なんということでしょう。
理想の男が服を着て立っているで《《わ》》ありませんか!
頭の中でノートルダム寺院の鐘がガランガランと鳴り始めた。
これはもう天啓、神様のお導きに違いない。
私はポケットから名刺を取り出し「大城梨沙子と申します、よろしくお願いいたします」と微笑み丁寧にお辞儀をした。心の内を悟られないように。
そして彼の瞳をまっすぐ見つめて宣言した。
「必ず勝たせますから」
もちろんそれは、私の勝利でもある。
さて、この後もすったもんだあったけど、それはまた別のお話。




