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1-5 Morning Glory ~One Night Lover~ その2

その日から3日間、私は会社に体調不良で休暇届を出し、ほとんど寝ずにパソコンの前に張り付いた。素晴らしい高揚感が私を突き動かしている、だって私にははっきりとした道が見えているもの。


男に裏切られ、男に捨てられた一晩1万円の女。もう仕事に生きるしかないじゃないっ!


いくら事務員でも自社のクライアントの傾向ぐらい知っている。彼らが依頼しそうな仕事の仮想プレゼン資料、最低でも3つ、いや5つは作りたい。それを雪恵さん、じゃなくて雪恵チーフにぶつける。1年以上かかってもエクセルやアクロバットどころかワードすらただのワープロとしてしか使えていないのよ。私の適正は絶対事務じゃない。


思い出したくもないけど、あの人は言ってくれた。


「あなたの感性は僕にとっては眩しいくらいです」


私はいま、その言葉だけを頼りに動いている。悔しいけど他に私が誇れるものがない。


目の下に隈を作り、髪の毛をボサボサにして完成させた資料を持って、私は3階の兄夫婦の部屋へと向かった。絶対に認めさせてみせると意気込んで、きっと鼻の穴が膨らんでいただろう。




「いらっしゃい、ごめんなさいね、彼は出かけちゃってて。私で良ければお話を伺うわよ」


雪恵さんは兄とは逆で会社では厳しいが家ではとてもあたりが柔らかい。しかし、今日は紅茶もお菓子も出てこなかった。


「雪恵チーフにお話を聞いていただきたかったんです」


「そう」


私はノートパソコンを開き、雪恵さんの前にパワポを展開してみせた。彼女はもうすでにデザイン部チーフの顔になっている。


「Take1からTake5を見ていただけますか」


「わかったわ」


雪恵チーフはパソコンを操作しながら私の資料を見ているが、とくに表情に変化はない。画面を見ながらいくつか質問をしてきただけだ。


「デザイン関係の部署へ異動したいんだっけ?」


「はい」


「これAIは?」


「使っていません。私の素の力を見ていただきたかったので」


「なるほど。技術やデザイン的なことで平均点以上は取れてる、確かに事務員をやるよりは向いてるといえるわね」


「問題点ありますか?」


「問題があるかは問題じゃないの、問題があれば直せばいい。あなたを必要とする仕事があるかよね。とりあえず直近、デザイン部門ではAIを使いこなせる人材が足りないわ」


「やはりAIを使った方がいいのでしょうか。そういう作り方もできますが」


私はスマホを取り出した。


「時間があるときに作ってた動画です。AIエンジンが出始めの時なんで、いまならもっとクオリティを上げられると思います。あ、ウラアカなんで兄には言わないで」


「わかったわ。なるほど、これは…あら、万バズがあるのね」


雪恵さんは私の動画をひと通り見るとさらに質問を重ねた。


「AIを使うメリットは?」


「省力化、時短、ミスの減少、著作権のチェック、稀に新しい視点」


「デメリットは?」


「均質化、没個性、脆弱性、慢心、AIって褒めすぎです。そして嘘をつく」


「なかなかね、即答できるのはいつも考えているから。思ったよりお嬢様じゃなかったんだ」


「あの、そういうのちょっと」


「そうね、これからは香菜ちゃんって呼ぶのは控えるわ。来週からデザイン部にいらっしゃい」


「ありがとうございます!」


「全員年下だからオバサン扱いは覚悟して。まずは提携企業の広告をやってもらおうかしら、そこでちゃんと結果を出すこと」


「はい!」


「身内向けだからって舐めないでね。それからあなたのAIをもっと育てておきなさい。格段に仕事がしやすくなるから」


雪恵チーフはにっこり笑って立ち上がると、キッチンから紅茶のカップを持って戻ってきた。


「ここからは姉としてのお話」


「はい?」


「男と別れたくらいで人生投げないでね」


「…わかりますか?」


「あなたのお兄さんがよく言ってるもの、男を見る目がなってないって」


「一言もないです」


「しばらくは仕事一筋でいいと思うわ、幸せなんてどこに転がってるかわからないし。でもごめんね」


「は?」


「デザイン部ってほとんど女子だし、独身男性はいないの」


「そんな手近ですまそうと思ってませんって」


リビングに笑い声が広がったところに兄が帰ってきた。「どうせ俺の悪口だろ」と的外れなことを言ってきたので、雪恵さんが私に目配せした。


(そういうことにしときましょ)


雪恵さんがこんな冗談を言う人だとは思ってなかったので意外というより嬉しくなった。

彼女にお嬢さんと言われるたびにモヤっとしていたが、悪意があったわけじゃなく実際その通りだった。だいたい男から受けた痛みを男で晴らそうなんて根性が甘ったれてる。

私にだってまだいくつも道があるはず。未来が開ける予感に私は会心の笑みを浮かべて紅茶をすすった。


けれど、私はこのときとても大事なことを見落としていた。


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