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人ならざる者

 ――どうにも事がうまく運ばない。


 理由は明らかだ。

 そもそも命令(オーダー)からして無茶に過ぎている。


 たとえ理論上はあり得ようと、到達すればそれはもはや神の所業だ。そんなものに拘泥する(あるじ)の正気を疑っても間違ってはいないだろう。


 こちらの不手際があったのも認めよう。

 隠れて進めるべきであるのに、試験体(サンプル)を連中に提供してしまった。


 とはいえ、人の多い都会で進めているのだから不測の事態は起こり得るもの。

 片田舎でひっそりやればいいものを、と愚痴りたくもなる。


 そしてとうとう、『やはり』と言うべきか。

 もっとも関わってほしくない者――関わらせてはならない者が首を突っこんできた。


 放置しては厄介だ。静観などもってのほか。 

 のんびり構えていては、真綿で首を絞められるようにじわじわと追い詰められる。


 ではどうするか?


 簡単なことだ。

 奴がこちらに迫る前に、



 ――排除する。





 ジークはマロゥを見送ってから、学院を離れた。

 彼に会うすこし前に一通の手紙を受け取っていて、それには連続変死事件に関する情報を提供したいと書かれていたのだ。


 あからさまな罠に違いないが、あちらから接触してくれるのなら乗らない手はない。


 指定の場所への道すがら、


(霧、か。ワンパターンだな)


 うっすらと立ちこめてきた白い靄。

 微かに漂う魔力の〝匂い〟はいつか嗅いだことがあった。


 いちおう警戒する素振りを見せながら、トランクを地面へ置いた。勝手に開いたそこから、黒い霧が触手のようにいくつも伸びてくる。


 キィィン、と。


 ジークの背後で涼やかな音がした。

 黒い触手の一本が回りこみ、彼を目がけて飛んできたモノを弾いたのだ。


 カランと地面に落ちたのは、食事用のナイフ。


「妙な魔法具を使うと聞いていたが、実際に見てみると、ふむ、想像以上に厄介らしい」


 穏やかな口調に振り向けば、霧の中からシルクハットを被った中年の紳士が現れた。

 黒一色の出で立ちに、ステッキを片手首に引っ掛けて、柔和な笑みをジークへ向ける。


 身なりと飛び道具は合っているようで合っていない。さておき、見た目上は人以外の要素が見当たらなかった。


「お前、魔族だな」


 けれどジークは確信をもって告げた。


「よく化けたものだな。正直なところ、変死事件がどうとかよりも由々しき事態だよ」


 人と見た目が変わらぬ姿で、人の社会で暗躍する。

 そんな魔族がいるというだけで脅威となる。


(変身魔法は古代の秘術。マティス以外が再現に至ったのか、それとも……)


 魔の者の特徴を無理に消すだけならば、魔法に頼る部分は少なく済むだろう。


(いずれにせよ、こいつからはいろいろ聞かせてもらおうか)


 ジークは警戒範囲を広げた。周囲に視線を巡らせながら、他に誰もいないのを確認する。


「無駄だよ」


 ん? と声に視線を戻す。


「君が頼りにしている使用人たちは、今ごろ足止めされている。ここへはやってこられない」


 何か勘違いをしているようだ。

 ジークが仲間を呼ぼうとしていたとでも考えたのか。


 今の発言からわかったことがある。


「仲間がいるのか」


 推測を告げたものの、男はにやりと意味深に口の端を持ち上げる。


「いちおう名乗っておこう。私はウプト。かつては魔王直轄の部隊にいた。できれば君は、生け捕りにしたいところだね」


 大仰に礼をした紳士風の魔族――ウプトは余裕の笑みをたたえている。


(……どうにも引っかかるな)


 人に化ける魔族。

 人を化け物にする薬液。

 仲間の存在。

 そしてウプトがこの場に現れた以上、


(やはりアウララは――)


 ジークは警戒範囲をさらに広げるのだった――。





 一方、マロゥはジークと話してのち、宮廷魔法研究所に戻った。

 しばらくは自身の研究室でそわそわしていたが、みなが帰宅の準備を始めると、タイミングを見計らって廊下に出た。


「やあアウララ君、聞いたよ。昨夜は大変だったね」


 アウララはバッグを胸に抱え、不審者を見るような目でぴしゃりと言い放つ。


「その話はしないでください。嫌なことを思い出してしまうので」


「むぅ、とっておきの情報を手に入れたんだけど、そう言われたら何も言えなくなってしまうな」


「ええ、そういうわけですから失礼します」


 ぺこりともせず、アウララはマロゥの横を通り過ぎようとした。


 むろん、素通りさせるわけにはいかない。

 わざわざ声をかけたのは、至高の賢者から『策』を預かっていたからだ。


 といっても彼はその真意を理解していない。

 ただ『それを伝えればアウララは正しく動いてくれます』とだけ言われたにすぎないのだ。


 マロゥは期待半分、不安半分でぼそりとつぶやく。


「被害者の彼、特殊な魔法薬を飲まされたらしいよ」


 ぴたりと、アウララの足が止まる。


「君も魔法薬の研究に従事しているんだ、トラウマ的なことは横に置いて、興味はくすぐられるだろう?」


「なぜ、魔法薬だと?」


 先の二件では原因の特定には至っていない。今回だけ『薬を飲まされた』と判断した根拠はなんなのか。

 アウララの険しい顔つきにマロゥはたじろぎつつも答える。


「現場にガラス片が落ちていたのさ。どうやら小瓶らしくてね。液体が付着していた。となれば、ほら、怪しいじゃない?」


 そこまでの証拠がそろっているのだから、勘のいい者ならそれと気づく。

 アウララは苦悩を眉間に集めつつも、その場にとどまって尋ねた。


「分析はどのくらい進んでいるのですか?」


 食いついてきたな、とマロゥはにやけるのを必死で堪える。


「難航しているらしいね。妙な成分がいくつも検出されていて、どういう効果を狙ったものか担当者たちはみんな頭を抱えているそうだよ」


「妙な、成分……?」


「うん、たとえば――」


 続く言葉に、アウララの表情が一変した。


 ――魔族の血、らしい。


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