協力者
翌日は朝から事情聴取の続きを行い、ジークが学院についたのは昼を過ぎてからだった。
昼食と授業をひとつ終え、自身の研究室の扉に手をかけたときだ。
「ルティウス卿、昨夜は大変でしたね」
ぼさぼさ頭で糸目の男――マロゥが声をかけてきた。
「珍しいですね。学院に何かご用事が?」
「ちょっと同期に話がありましてね。それより、聞きましたよ。例の変死事件の現場に居合わせたとか」
貴方も現場をうろついていましたよね、とは口に出さず、「ええ」と応じる。
「アウララ君の窮地を救ったと、研究所でも貴方の話でもちきりですよ」
学内にはまだ情報がさほど届いていないが、宮廷魔法研究所には変死体のサンプルや遺留品の鑑定依頼がすぐやってくる。
午前中に研究所へ行っていたなら、マロゥが最新情報を得ていても不思議はなかった。
「問題は事件の方ですよ。人が化け物になって他者を襲うとなれば、ただの変死事件では片づけられない」
「で、ですね。鑑定依頼が来た研究室は大忙しみたいですし」
ところで、とマロゥはわずかに視線を逸らした。
「アウララ君の様子はどうでしたか?」
「どう、とは?」
「いやその……、彼女ってふだんは飄々としていますけど、そこはほら、か弱い女性じゃないですか。怯えていたり、怖がっていたり、なんというか、怯えていたりとか……」
同じ言葉を繰り返すのにも気づいていないようだ。話す間は目を逸らしたまま、しかし答えを聞く段階になると真剣な瞳を向けてきた。
(質問の真意は別にあり、僕の様子から求める答えを探り当てようって魂胆が見え見えだな)
わかりやすい男だ。
「そうですね、やはりかなり怯えていました。さすがに一人にはしておけないですから、昨夜は僕の屋敷に泊まってもらいました」
「えっ?」
マロゥが頓狂な声を上げた。
「ご存じありませんでしたか」
「ぇ、ええ、まあ……。彼女は午前中、研究所には来ていませんでしたから……」
目を泳がす様から、彼の動揺が手に取るようにわかった。
(ここで昨夜の件を問い質してもいいのだけど……)
確実に追い込むなら、マロゥが言い逃れできない状況でやったほうがいい。
(たしか彼の同期の一人は魔法薬の講師をしていたな。となれば――)
ジークは扉を開いて言う。
「ああ、失礼。立ち話もなんですから、中でお茶でもどうです?」
「へ? ああ、いえいえ。これから用事がありますから、私はこれで」
大きく頭を下げ、そそくさと廊下を歩いていく。
ジークはその背を見送って部屋に入ると、しばらくしてから廊下へと出た――。
マロゥは学院内にある魔法薬の調合室へやってきた。
同期に頼んでカギを手に入れたのだ。
室内には六つの長机が二列に配され、窓と二つの扉以外の壁面は棚で埋まっていた。棚の中には無数の薬瓶が収められているが、マロゥはそちらには目もくれずに部屋の隅へと向かう。
窓側下段の棚を開け、中から正方形の板を取り出す。
よたよたしながら長机に置き、ふっとひと息ついてからポケットに手を入れた。
数秒、その姿勢で固まる。
意を決したように唇を噛み、取り出したのはハンカチだ。
「おや? マロゥ室長、こんなところで何をしているのですか?」
突然、扉が開いた。
施錠したはずなのに、声をかけてきた人物――黒髪黒目の青年は穏やかな笑みをたたえて歩み寄ってくる。
「ちょ、ちょっと調べ物を、ね」
慌ててハンカチを背に隠すも、青年は近寄りながら告げる。
「調べる? ああ、昨夜、裏路地で拾い集めていたガラス片――に付着していた液体を、ですか?」
「ッ!?」
マロゥが半歩後ろへ下がった。その表情には驚愕の中に怯えも含まれているように思える。
(この反応……やはりこの人は――)
ジークは努めて冷静に、淡々と告げる。
「下手に首を突っこめば命にかかわりますよ?」
「な、にを……?」
「アウララが実行犯なのはほぼ確実ですが、その背後には魔族がいます。次に変死体で見つかるのは、貴方かもしれませんね」
彼はアウララとは違い、魔族と通じていない。独自に捜査を進めていたのではないか?
ジークは彼の現場での挙動からそう推測した。
とはいえ素人丸出しの彼がこのまま一人で突き進めば、いずれ裏で糸を引く魔族に消されてしまうだろう。
だから早くにこちら側に引きこんで、彼の安全を確保しておきたかった。
マロゥは観念したようにうなだれる。
「さすがは至高の賢者ですね。すべてお見通しでしたか……」
「すべて、というわけではありませんよ。正直なところ、貴方の動機が測れない。好奇心で関わっていたのではないですよね?」
マロゥはハンカチを後ろに隠したまま、空いた手で頬を掻く。
「それはまあ、おいおいお話しするとして――」
一転して表情を引き締めた。
「アウララ君は騙されているんです。魔族の常套手段じゃないですか」
「彼女が人を変貌させる魔法薬を一般人に渡して飲ませた可能性は極めて高い」
「でも!」
ジークは柔らかな笑みでマロゥを制す。
「ええ、彼女がそれと知らずに飲ませた可能性もまた、残っていますよ」
マロゥは目をぱちくりさせつつ、安堵したような笑みをこぼした。
「どうあれ、真相を知るのは裏でアウララを操っている魔族でしょう。というわけで――」
ジークはしれっと言い放つ。
「そいつを捕らえ、すべて吐かせます。協力、してくれますか?」
マロゥはぞわぞわと寒気を覚えるも、
「やります。やらせてください!」
目を輝かせて応えるのだった――。




