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不届き者を踏み台に

 正直なところ、半信半疑ではあった。


 いくらなんでもこの国の最高権力者に薬を盛って手籠めにしようなどと大胆不敵にして愚か極まる行為に至る輩がいるなんて、と。


 至高の賢者の推測を疑いはしないが、彼とて『万が一』と言っていたから、『まさかそんなはははは……』とこの期に及んでちょっとした罪悪感と自身の妄想癖にいくばくか呆れていたのは確かだった。


 しかし――。


(やりやがった! この男、本当に薬を盛りやがりました!)


 ばっちりくっきり、この目で見た。

 ロマが袖口に隠した小瓶から、液体をティーカップに注いでいる様を。


 彼はいつものように不快なノックで部屋に入ると、しばらくはソファーに座って大人しくしていた。


 書類が山積みになった執務机でペンを走らせるクラリスを、にやついていながらもどこか緊張した面持ちで眺めていたので『えっ、マジでやるつもり?』と疑惑が高まる。


 そしてわざとらしく咳をして『根を詰めすぎるのはよくない』とクラリスを労わりつつ、オレリィにお茶を淹れるよう指示した。


 お茶を淹れる間はくだらないトークを披露して、カップにお茶を注ぎ終えるのを待ちきれないとばかりに歩み寄り、『私が運ぼう』と告げてきた。


 オレリィは『はあ、どうも』と気の抜けた返事をすると、ここだと意を決してクラリスに声をかけ、話を始める。

 クラリスは示し合わせた(・・・・・・)とおりに応じたが、オレリィはこれまた事前に用意していた鏡越しに、ロマの手元を注視していたのだ。


 そして、犯行現場を目撃する。


 ロマは見られているとは露知らず、ティーカップがそれぞれ乗ったソーサーを二つ手に取って、クラリスへと歩み寄った。


「どうぞ」


「ありがとう」


 薬を入れたカップをクラリスが受け取ってもロマの表情は変わらない。

 しかし彼女がゆっくりカップを口に運ぼうとする最中、わずかに口の端を吊り上げた。


 さて、あとはオレリィがえっへんと咳をしたのを『証拠をつかんだ』合図とし、クラリスはお茶を口に含んで違和感を訴える手筈となっている。


 だがオレリィはここで、強烈な不安に襲われていた。


 あの小瓶に入っている液体は、はたしてただの睡眠魔法薬なのか、と。

 もし、口に含んだだけで生命に危険を及ぼす類の『毒』であったなら。


 ぞわりと背に走った怖気に押されたからか、気がつけばオレリィはクラリスに飛びかかっていた。


「クラリス様、失礼いたします!」


 ぎょっとしたクラリスに、『あーなんか久しぶりに油断しまくりの姫様を見たなあ』と嬉しくなりつつ、武に秀でた彼女からカップをひったくるのは無理と判断し、


「ちょ、オレリィ何を!?」


 ずずずずぅーーーっ!


 直接お茶に口を付けて吸い上げた。


「ぶほっ! ぐっ、ぅぅぅぅぅ~……」


 直後、オレリィは喉を押さえて苦しみだした。


「オレリィ!? すぐに吐き出しなさい、早く!」


 慌てつつも解毒魔法を瞬時に施す。しかし毒によっては効果が弱いかまったく効かない場合もあった。

 背中をさすりながら、キッとロマを睨みつける。


「何を入れたのです? ただの睡眠魔法薬ではありませんね!」


「な、どうしてそれを……はっ!」


 自身の口を手でふさぐも、何かをお茶に入れたと告白したようなものだ。


「何事ですか!? これはいったい……?」


 廊下に控えていた鎧騎士たちが部屋に飛びこんできた。


「治癒魔法師を呼んでください。それから、その男の拘束を」


 鎧騎士の一人が部屋から出ていこうとしたとき、


「だ、大丈夫、です……」


 喉を押さえたまま、オレリィが無理に笑みを作る。


「大丈夫なものですか。そんなに苦しそうな顔をして……」


「いえその……、これは熱いお茶を一気に飲みこんでしまったからで……」


 火傷による痛みらしい。

 クラリスは安堵から脱力する。


「まったく無茶をして……。でも、ありがとう」


 痛み止め程度ではあるが、簡単な治癒魔法をオレリィに施す。

 一方、ロマは二人がかりで組み伏せられていた。


「違う、違うんだ! 激務でお疲れの陛下に、すこしでも安らかに眠っていただこうとしただけなんだ!」


 薬を盛ったことは、床にぶちまけられたお茶を調べられればすぐバレる。

 あらかじめ用意しておいた言い訳をロマは吐き散らした。


「何言ってんですか。私見てましたからね。袖口に隠した小瓶の半量はぶちこんでいたじゃないですか」


 鎧騎士が彼の袖を改めると、肘のあたりに落とした小瓶が見つかった。中はほぼ空っぽになっている。


「さ、最初から少なく入れていたんだ。勢い余って入れすぎては大事だからな」


 顔を引きつらせながらも声は弱まらない。

 オレリィはしかし、自身の胸をどんと叩いた。


「証拠はここにあるんです! 貴方がどれほどの薬を盛ったかなんて、私の変化を見れば一目瞭然。あ、もう眠くなってきたかもー?」


 そもそもが遅効性で、しかも興奮してまったく眠気はない。

 だがロマは観念したのか、がっくりと肩を落とした。そのまま鎧騎士に引きずられていく。


「やりましたね、クラリス様!」


「それより、早くマティスから(・・・・・・)渡された(・・・・)対抗薬を飲んでください」


「いやいや、念のため効果はきっちり調べておいた方が……あれ?」


 オレリィは目をぱちくりさせる。


「どうして、マティス様だと?」


 それはこれから明らかにして、びっくりさせようと思っていたのに。


「貴女がこんな大胆な策に乗ったのです。よほど信頼している人物から話を持ちかけられたのでしょう。そしてリーグ家の企みを看破する頭脳の持ち主となれば、一人に絞られます」


 なるほど、と納得するも、


「でも、それじゃあどうしてクラリス様はこの策に協力したのですか?」


 至高の賢者を嫌っているのでは?


「わたくしも似たようなことを考えていました。ただ彼らがどのような薬を入手したかをつかみかねていたのです」


 対応に苦慮していたところで、薬品の正体と具体的な策を提示されたのだ。


「むしろ賢者の策でなければわたくしも躊躇していたでしょうね。その意味では、彼は不甲斐ないわたくしの背を押してくれたと言えます」


「それってつまり、クラリス様もマティス様を信頼なされていると?」


「……個人的な感情は横に置き、彼が稀代の傑物であるのは間違いありません。なにせジーク様が唯一お認めになった者ですから」


 拗ねたように顔を背けるクラリスを見て、思う。


(ああ、あのころとお変わりないのですね)


 仲睦まじい親友同士にほんのり抱く乙女の嫉妬。

 かつての想いをいまだ胸に残すクラリスに、オレリィは懐かしさを感じた。だから――。


「クラリス様、一度あのお方とじっくり話をされてはいかがですか?」


 呪いのように燻るわだかまりを、消さなければならないと思う。


「……考えておきます」


 今回の件が二人の距離を縮めるきっかけになれば、と。切に願うのだった――。





「――と、いう感じで万事うまく運びました」


 ジークは大聖堂内にある礼拝堂で待ち構えていたらしいオレリィに呼び止められ、事の顛末を報告してもらった。


「そうですか。陛下は僕の策だとお見通しだったのですね」


 肩を竦めて見せるも、クラリスがそう考えるのは想定済みだった。

 それでも彼女が策に乗ると確信していたのは、そもそもユアロの企み(・・・・・・)を利用した(・・・・・)からだ。


 ユアロが睡眠魔法薬を入手していたのは、彼の記憶を読み取って知った。

 そして彼の周辺を探るうち、クラリスもまたリーグ家を監視していると気づいた。


 すでに進められていた計画を、こちらが利用してコントロールする。


 自分を嫌うクラリスであっても、自身がやろうとしていたことは止められないと踏んだ。


「本当にありがとうございました。あのイヤミったらしい男を排除できたのはルティウス様のおかげです」


「いえ、陛下もお気づきになられていたようですから、むしろ差し出がましいことをしたと反省しています」


「そんな! 陛下はこうおっしゃいました。『貴方が背中を押してくれた』と」


 信頼するオレリィにそう告げたのなら、紛れもなく本心だろう。


(上々だな)


 あとは戦果のひとつでも上げれば、大司教を使って女王の懐へ入りこめる。


『フェリ、そっちの状況はどうかな? そろそろ聖都から君を捕縛しに部隊が向かうころだ』


 念話で尋ねると、すぐに応答があった。


『概ね完了しております。やはり帝国と通じていましたね。国を売って帝国での地位を確保しようという浅ましい男でした』


 予想通りだ。

 そしてこれは使えると、ジークは内心でほくそ笑んだ――。



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