追いこみ計画
イザベラは唐突な報告に困惑する。
「今、なんと言いましたか……? 魔族たちから、直接訊いた……?」
「ええ。連中はストラバル王国から派遣され、ガディフ将軍の手引きで聖都の南門から入りました。彼の『荷物』として、堂々とね」
「ま、待ってください。いくらなんでも理解が追いつきません。ストラバル王国が、なぜこの件に……」
「ああ、すみません。順を追って話しましょう。まず僕が聖都へ来る道すがら、ストラバル王国のエドワード王子に会ったことはご存じですね?」
「え、ええ。護衛が王子を殺害せんとしていた、と。それを阻止した貴方がたの活躍も聞いています」
イザベラは自身を落ち着かせようとしたのか、手付かずのカップを持ち上げて紅茶を一気に飲み干した。
「王子殺害計画はそれに留まらなかった。王子が聖都に到着したその夜に、物取りに見せかけて例の魔族三体が王子を襲おうとしていたのです」
「気づいた貴方が、またも阻止した、と?」
「僕がやったわけじゃありません。魔族たちから情報を訊き出したのも彼らを始末したのも以降の処理も、すべて従者のフェリにお願いしました」
「彼女が……?」
イザベラは部屋の隅に佇む半獣人のメイドに目をやる。カップを口に運ぼうとして、空なのに気づいてローテーブルに置いた。
「いくら獣人のハーフでも、デーモン種を含めた三体もの魔族を一人で倒した……? いえ、今彼女の詮索はやめておきましょう。なるほど、理解しました。貴方はこれを伝えるために今日、こちらへいらしたのですね」
「ご挨拶の手土産ですよ。ただ証言のみで証拠はありません。そして僕の話を信じてくれるのは貴女以外にいない。ですから王子襲撃計画を絡めて将軍を糾弾するのはお勧めしません」
「ええ、大司教への報告義務はありますけれど、表向きはそれを隠さなければなりませんね。他国が噛んでいるとなれば、いろいろ面倒ですから」
ジークは大きくうなずく。
「筋書きとしては『三つの禁忌を将軍が犯した』として進めるのがよいでしょうね」
「と、言いますと?」
イザベラはわずかに身を乗り出す。
「先ほど述べたように、魔族たちを聖都へ招き入れたとの証拠はありません。彼が国内外から仕入れた奴隷たちを『入荷』するための、チェックが極めて甘いルートを使っているので、そこからも証拠は出てこないでしょう」
ただし、とジークは続ける。
「別に魔族とのつながりが示せれば、状況からそのルートを使ったと説明はつきます」
「しかし、その『つながりを示す』証拠が得られるでしょうか?」
「簡単ですよ」
ジークはにっこりと笑みを浮かべて言い放つ。
「聖都にはまだ、ガディフ将軍配下の魔族が隠れていますから」
「なっ――!」
イザベラが勢いよく立ち上がる。しかしすぐ我に返り、ソファーへ腰かけた。
「エドワード王子を狙った三体の魔族以外に、まだ……?」
「もともと彼らは王子を襲うために聖都へ遣わされたのではありません。初めからこの聖都に隠れ潜んでいたんですよ」
「どういうことですか?」
「考えてもみてください。エドワード王子を最初に襲ってからストラバル王国がその失敗の報を伝え聞いて、聖都に魔族を派遣するのは時間的に不可能です」
遠距離の二点間を自由に行き来できる転移魔法でもなければ。
しかしそれはジークが知る限り、自身にしか使えない。とは語らずに続ける。
「だからガディフ将軍は独断で、最初から聖都にいた魔族たちに王子を襲うよう指示したのです。王国に恩を売るつもりでね」
イザベラはごくりと喉を鳴らす。
「その魔族たちの所在も、すでにつかんでいるのですか?」
「残念ながら例の三体は口を割りませんでした。ガディフ将軍との関係はあっさり認めましたけど、『聖都にいるのは自分たちだけだ』としか。意外にも同胞への仲間意識が高いようでしたね」
とはいえ、とジークは薄く笑う。
「隠れ住む場所は限られています。というか、魔族を雇っている以上はなんらかの仕事をさせているはずですよ。であれば――」
イザベラが言葉を継ぐ。
「ガディフ将軍が密かに運営する、闇娼館……」
「ええ、用心棒の役割の他に、空を飛んだり隠密行動に長けていたり、魔族の特徴を生かした荒事を任されてもいるのでしょう。今回のような、ね」
イザベラは長く息を吐き出した。
「しかし、将軍は軍の要職にあります。闇娼館を探って『魔族がいませんでした』となれば教会と軍部の対立がいっそう深まるでしょう」
「躊躇うことがありますか? そもそも娼館運営は違法なんです。逆に考えましょう。一斉摘発中にたまたま魔族が見つかったなら、将軍を確実に追いこめます」
「事件が起きて三日、仮に今までいたとしても、すでに聖都から逃れているかもしれません」
「今は聖都の各門に警戒態勢が敷かれています。勾留中の将軍から具体的な指示も出せないでしょう。もたもたしていたら、それこそ逃げられますよ?」
イザベラは目を閉じ黙考する。
ジークはその間、口を出さずに待ち続けた。
静かに目を開いたイザベラは、腹を括ったのか決意を瞳に宿していた。
「わかりました。大司教に掛け合ってみます」
「時間がかかりそうですね。ではこうしませんか? 僕が当たりをつけた闇娼館のひとつに潜入して騒ぎを起こします。僕自身だといろいろ問題がありますから、人を雇ってね」
「なるほど。たまたま近くで捜査していた我らが騒ぎを聞きつけてやってきて、魔族を確保する、と」
苦笑いするイザベラに、
「ええ、たまたま。偶然に、ね」
ジークはにっこり笑みを作った――。