潜入と突入
聖都の外れ、スラムに近い裏路地に何重にも施錠された重厚な扉があった。
その左右、鋭い目つきをした大男二人が壁に寄りかかっている。
武装した彼らが何者であるかを付近の住民はみな知っており、だから用事がなければ近寄りはしない。
「ここで働かせてください」
ところが二人の前に、若い女が近寄るやそう告げた。
銀色の髪をまとめ上げ、紅玉のような赤い瞳で扉を見据えたメイド服姿の、人族と思しき女だ。
「おい嬢ちゃん、ここはテメエが来るようなとこじゃ――」
「ええ、存じております。ゆえにこそ、ここで働きたいのです。まとまったお金を工面しなければなりませんので」
服装もだが居住まいや話し方から、貴族に奉公していたと見受けられる。
何かしら粗相をして追い出され、その弁償のため金が必要、と男の一人は考えた。
とはいえ――。
「わりいが今は休業中でね。従業員も募集してねえんだわ」
しっしっと手で払うも、もう一人の男がメイド服の女の前に出た。
「まあ待てよ。こんな上玉、なかなか手に入んねえぞ。面接くらいしてやろうじゃねえか」
男はいやらしい笑みで舌なめずりする。
「面接って……。兄貴、今はマズいんじゃないっすか?」
「ちょいと遊ぶくらい構やしねえよ。んじゃ、中へ入れ。なに、最初は優しくしてやるよ」
「早く終わらせて交代してくださいよ?」
「けっきょくテメエもやる気じゃねえか。わかってるよ」
いくつもの錠を外し、扉が開かれる。
男の一人に連れられ、メイドの女は中へと通された。
燭台の灯された廊下の左右には、いくつもの扉が並んでいる。
しかし奥の方は暗く、廊下の突き当りが判然としなかった。
「静かなもんだろう? さっきも言ったが今は休業中でテメエの同僚になる連中は誰もいねえのよ。って、ちょっと待てオイ!」
すたすた先へ進もうとした女を慌てて呼び止める。
「テメエはこっちだ。そっから先へは行くんじゃねえぞ? 見ちゃいけねえもんを見ちまったら事だからな」
男が一番手前にある扉に手をかけたところで、彼の背後にある部屋から咳きこむ声が聞こえた。
女がすすっとそちらへ向かい、止める間もなく扉を開けると。
「げほ、げほっ……。お、お願いです、薬を……、せめて、何か食べる物を……」
ベッドに腰かけ、上目に窺う少女と思しき者がいた。整った容貌ながら、痩せこけた頬や細い手足、ぼさぼさの長い金髪はみすぼらしく見える。尖った耳はエルフ族の特徴だ。
口へあてがった手のひらには、赤い跡がべっとりと付いている。
「ったく、勝手に開けんじゃねえよ。そいつは女に見えるが男でね。そっちの趣味の連中には人気があったんだが、病気をもらっちまって隔離してんだ」
さあ行くぞ、と女の肩に手をかけようとして、
「おぉ!?」
ぐるんと視界が反転し、
「ごわっ!」
次の瞬間には脳天から床に落とされた。
「おや? 気絶しただけですか。頑丈ですね」
白目を剥いて横たわる男を一瞥し、女は少年へと近寄る。
「ご心配には及びません。お薬はお渡ししましょう」
突然の出来事に身を震わせる少年へ、優しく言葉を投げると、
「わたくしではなく、きちんとした医療知識のあるお方が、ですけれどね」
その小さな額に手をかざす。
不意に少年は、別の誰かの気配を感じた。数瞬の間を置き、心地よく意識が沈んでいった――。
目が覚めると見知らぬ天井が見えた。
殺風景で異臭漂う暗がりではなく、しっかりした作りの広い部屋で明るい。ふかふかのベッドに寝ているのにも気づき、混乱に拍車をかけた。
「気分はどうだい? 意識を失っていたのは十分ほどだけど、その間に薬を飲ませておいたんだ。咳は止まったかな。頭が重かったりだるかったりはない?」
声の主は、黒髪黒目の青年だ。ローブ姿で落ち着いた様子ながら、首輪が異質な雰囲気を醸していた。
返事の代わりに、くぅとお腹が鳴った。
「食事もろくに与えられなかったみたいだね。あり合わせで申し訳ないけど、これを食べるといい」
青年はテーブルからトレイを持ち上げ、少年に差し出す。
その間に青年はさらりと自己紹介した。マティス・ルティウス。どこかで聞いた名だ。
自身の名を告げ、少年は身を起こしてトレイを受け取った。椀の中にほんのり湯気を立ち昇らせる粥が入っている。
「リュィエか、いい名だね。ああ、いきなりだと胃がびっくりしてしまうから、ゆっくり、少しずつね」
震える手でスプーンを持ち、恐る恐る口へと運ぶ。
塩気の中に甘みが広がり、これほど美味しい食べ物を始めて食べたとばかりに少年――リュィエは目に涙をにじませた。
「食べながらで構わないから、いくつか質問に答えてほしい。君がいた場所に、妙な雰囲気の連中はいなかったかな? 顔を隠し、体つきもわからないようにゆったりした服を着ていた者たちだ」
「……いました。いつも覆面をしていて、目だけが見えるんですけど、赤とか金色とか変わった色で恐ろしかったです」
二メートルを超える巨漢もいれば、少年よりも低い小柄な者もいる。
客ともめると彼らはやってきて、稀ではあるが目の前で客を惨殺することもあった。
「ここ数日、彼らを見てはいないかい?」
「ボクはこの五日ほど、入り口の側の一室に隔離されていました。たくさんの人が建物から出ていく音は聞こえてきましたけど、その人たちの足音は、聞いていません」
「足音で誰だかわかるものなの?」
「エルフは耳がいいですから」
生来のものもあるだろうが、彼はずっと部屋に閉じこめられ、聴覚が研ぎ澄まされてきたのだろう。足音で食事を運んできたのかどうかを判別するといった技能が磨かれたのだ。
「ありがとう。どうやら当たりだったみたいだ」
言葉の意味がわからない。
そして彼は続けて、この場にいない誰かに告げる。
「ルナ、突入してくれ。フェリは先に始めて構わない」
その言葉を受け――。
闇娼館の門番の男は、一人になってすぐ、妙な音を建物の中から聞いた。
鈍い、何かがどこかにぶつかったような音。
(この期に及んで抵抗したのかねえ)
暴れる女を組み伏せるか何かしたのだろう。
自分の番が回ってくるときまで五体満足でいるだろうか、と心配になる。
そわそわと落ち着かない時間がしばらく続き、中に声をかけてみようかと考えていたそのとき。
「な、なんだ、ありゃ……?」
裏路地を赤髪の少女が疾走する。ものすごいスピードで彼の前に着くや急停止すると、
「ここにメイド服の女性を連れこみましたね? 何を隠そうわたしの知り合いです。向こうが訪ねてきた? いえいえそんなはずはありません! 時は一刻を争います。弁明はあとでいくらでもお聞きしますので――」
少女は背から大剣を抜き、
「突貫失礼!」
扉をぶち破った――。




