2-32. No way out 9. アリスvsクラウザー
最後の対戦フィールドは、今までに見たことのない場所であった。
薄暗い不気味な薄紫色の雲に覆われた空、赤茶けた大地――荒野フィールドに一見似ている。しかし、大地のあちこちには立ち枯れた樹木が生えまるで悪魔の手のような有様を晒している。ひび割れた大地のところどころから紫色のガスが吹き上がり、腐った水で満たされた沼があちこちに点在している。
これは――まるで『地獄』のようだ。名付けるのであれば、地獄フィールドだろうか。点在する沼や吹き出すガスには迂闊には触れない方が良さそうだな。
さて、ここにはトンコツたちは来たことがあるだろうか? 対戦フィールドを選ぶ欄にはこのようなフィールドはなかったと記憶しているが……ああ、そういえば『ランダム』というのがあったっけ。ランダム選択時のみに来れるフィールドなのかもしれない。まぁ、《アルゴス》がないのであればそれはそれで別にいい。トンコツたちへの報告は後ですればいいか。
対戦時間は無限大、そして――予想通りダイレクトアタックありの対戦となっている。ここまでは作戦通りか。
「……ヴィヴィアン、クラウザー……」
私たちから少し離れた位置に彼らはいた。
ヴィヴィアンは先程の対戦終盤とほぼ同じ状態だ。顔色が悪いのは相変わらずだが、既に表情が追い詰められた者のそれとなっている。
……追い込んだのは私たちだが、よくこの状況で対戦を受ける気になったものだ。正直、今のヴィヴィアンではまともに戦うことも出来ないだろうに……。
……つまり、それでも勝ち目がある、とクラウザーは判断したということか? 私の思う以上にクラウザーが冷静ではなく、挑発に乗っただけというのなら安心なんだけど。
「使い魔殿、ここからはいつも通りだな。オレから離れるなよ」
”うん、そうだね”
ダイレクトアタックありの対戦は初めてだが、まぁいつものクエストと同じと思えば間違いはない。私はいつも通りアリスの肩にしがみつく。
この形式の対戦であればプレイヤー側もアイテムの使用やレーダーはいつも通りに使える。ここからはクエストと同じようにアリスの補助を行うこととしよう。
一方のヴィヴィアンとクラウザーだが、体格もあって私のようにヴィヴィアンがクラウザーを担ぐということも出来ない。となると召喚した魔獣を護衛につけるしかないけど……。
”く、くくっ……”
クラウザーはこの状況にあって笑っていた。
やけくそになった……わけではないだろう。笑うだけの『何か』がある、と思って間違いない。
”調子に乗りすぎだ、てめぇら――”
クラウザーの方が一歩前に出る。ヴィヴィアンは相変わらず動かない。
……クラウザーの方が前に出る、だと……?
”いい気になるなよ……? てめぇらから対戦を挑んだこと――後悔させてやる!”
アリスが『杖』を構え、クラウザーが深く体を沈み込ませお互いに戦闘態勢を整えた瞬間、対戦がスタートする。
ヴィヴィアンは――まだ動かない?
”おい、てめぇ! 役立たずは役立たずなりに動け!”
「ひっ……!?」
やはりヴィヴィアンは戦える状態ではない。このままアリスが『神装』……いや、《巨星》でも連発すればクラウザーごと倒せそうな感じだが……。
クラウザーは静かに告げる。
”教えてやる――俺がなぜ『最強』なのかをなぁっ!!
イクイップメント――《アームズウェポン》!!”
瞬間、クラウザーの体が光に包まれ――全身に鎧を纏った姿へと変貌する。
背中には砲台と思しきパーツが、二又に分かれている尻尾の先端からは剣状のパーツが生えている。また、全身を覆う金属製の鎧の各所には棘が何本も生えている。
……これは、『魔法』……!?
「ふん、なるほど、そういうことか」
アリスの表情からは余裕の笑みが消え――いつもの実に楽しそうな笑みが浮かぶ。
これがクラウザーが『最強』とか『対戦特化』とか呼ばれる理由……。
クラウザーはユニット同様に魔法を使える――そういうことか。
”てめぇらはここで潰す――”
ヴィヴィアンがいてもいなくても問題ない。
魔獣にも匹敵するクラウザーの力と魔法があれば、ユニットとも対等に戦うことが出来る――基本的には使い魔は攻撃も防御も出来ない、対戦においてはアイテム係でしかない。言葉を選ばなければ『お荷物』に近い。
けれどもクラウザーは自分で戦うことが出来る。ユニットとも殴り合えるというわけだ。おまけに以前ジュジュから聞いた話によれば、使い魔の体力はユニットよりも大分高く設定されているとのこと。ちょっとやそっとの攻撃では倒すことは出来ないのだろう。
……なるほど、それは確かに強い。ユニットが同数での対戦であれば、クラウザー分だけ数が多くなるというわけだ。対戦で有利になることは間違いないだろう。
”そういうわけにはいかないね。
ここで、倒れるのはクラウザー……君の方だ!”
「おうとも! それじゃ、始めるとするか!」
私たちとクラウザーの四回目の対戦、そしてヴィヴィアン救出作戦の最終決戦はこうして幕を開けたのだった。
「ちっ……!?」
戦闘は予想以上に互角となった。
アリスは《神馬脚甲》を使い機動力を強化、今回は《竜殺大剣》は使わずに様々な魔法を使うことで対応するようにしていたのだが、予想以上にクラウザーが強い。
”ライズ――《アクセラレーション》!”
更にクラウザーが自身に『強化』の魔法をかける。
と同時にクラウザーの姿が掻き消える――透明になる魔法ではない。純粋に身体能力を上昇させ、私の目では捉えられないスピードで動いているのだ。
「後ろか!?」
アリスが叫ぶと共に振り返り『槍』を振るう。
『槍』の先端と、クラウザーの尻尾から生えた剣がぶつかり合う。クラウザーは一瞬で背後に回り込み、アリスではなく私を直接狙ったのだ。
”ラーンチ――《ファイアブラスト》!」
そして至近距離から背中の砲台から『発射』の魔法を放つ。広範囲への火炎放射だ。
「ぐっ!?」
威力そのものはそこまででもない。が、今までの例から考えたら体力ゲージの減少はともかく全身に火傷を負ったら拙い――グミでは火傷の回復は出来ない。
剣をいなし火炎放射をかわそうとするが、クラウザーはしつこく追いすがってくる。
クラウザーの持つ魔法は、全身に武装を纏う『武装魔法』、ステータスを上昇させる『強化魔法』、そして背中の砲台から様々な属性の弾丸を放つ『発射魔法』の三つだ。アリスたちの魔法と同様、それぞれが密接に絡み合っている。
魔法の中でもライズがとても厄介だ。効果時間はそれほど長いわけではなく数秒で解除されているようだが、瞬間的にアリスを大きく上回るステータスを手に入れることが出来ている。しかも消費が少ないのか連発が可能と来ている。
《神馬脚甲》を装備しているアリスよりも素早く動き、こちらに魔法を使わせる隙を与えてくれない。ラーンチの魔法や尻尾の先の剣で攻撃しつつ、本命となる『噛みつき』や爪での一撃を狙ってくる難敵だ。
……意外と言えば意外だが、アリスは防御系の魔法が少し弱い。《壁》を使った魔法が何種類かあるくらいだ。モンスター相手であればそれでも事足りるし、防ぎきれなくても問題はない。が、クラウザーのように張り付かれてしまうと《壁》系魔法は少々使い勝手が悪い。これは今後の対戦でクラウザーのように接近戦を仕掛けてくる相手が来た時の課題でもありそうだ。
「cl《苛棘檻》!」
茨の鎖でクラウザーを絡めとり動きを封じる。しかし、棘は装甲に阻まれてダメージを与えることが出来ていない。
”この程度――イクイップメント《エッジ》!”
クラウザーの全身を覆う装甲のあちこちから鋭い刃が出現する。そして強引に体を捻り拘束する茨の鎖を断ち切ってしまう。
「cl《炎星》!」
”ラーンチ《スプレッドブラスト》!”
間髪入れずに放ったアリスの《炎星》に対して魔力の『散弾』を放ち相殺、すぐさま接近して尻尾を振るう。
突き入れられる剣を『杖』――《槍》へと変えている――でいなし、アリスも反撃しようとするが、接近戦となるとクラウザーの方が手数が多い。
ラーンチの魔法は流石に霊装では受け切れず魔法を使う必要があるが、中々魔法を使う隙が出来ない。よって回避するしかないのだが、それを狙ってクラウザーがしつこく迫ってくる。
――なるほど、確かに強い。
……強い、けども。
「はっ! なかなかやるじゃないか!」
”あん? てめぇ、何を――”
見た目だけならアリスが不利な形勢ではありそうだが。
しかし、アリスは飛び掛かってくるクラウザーに対して敢えて霊装で受け止めることはせずに自力で回避、そして彼の腹部へと向かって『蹴り』を放つ――ただのキックではない。《神馬脚甲》によって極限まで強化された脚力のキックである。
”がぁっ!?”
まさか蹴りを食らうとは思ってなかったか、クラウザーはまともにアリスの神装キックを受けて吹き飛ばされる。纏っていた腹部の装甲も砕け散ってしまった。
……そう、強いんだけども、アリスの敵ではない。
今までアリスが戦ってきた強大なモンスターたち――氷晶竜、テュランスネイル、ヴォルガノフ、そのいずれに比べてもクラウザーの方が強いとは到底思えないのだ。
「cl《赤爆巨星》、mp――ext《赤・巨神壊星群》!!」
この隙を逃さない。
吹き飛ばされたクラウザーと、更にその背後で動けないでいるヴィヴィアンへと向けて《赤爆巨星》――それを更にmpで増大させた逃げ道など許さないほどの爆撃を放つ。
……地獄フィールドが、アリスの魔法によって更なる地獄で上書きされているようだ。改めて思うが、アリスも大概『チート』染みた能力を持っていると思う。彼女と戦うクラウザーたちには少しだけ可哀そうに思えてしまうくらいに。
”ぐ、くそっ……”
周囲一帯の地面が吹き飛ばされ地形が変わるほどの爆撃であったが、まだクラウザーもヴィヴィアンも立ち上がろうとしていた。
この二人、特にヴィヴィアンの方の体力も大概だ。さっきの対戦では《赤色巨星》を食らっても立ち上がれていたし、相当体力ゲージはあるようだ。おそらく、それだけならアリスの倍以上はあるんじゃないだろうか。
けど体力だけあっても仕方ない。
「ふん、流石に頑丈だな。
……ま、一撃で死なないなら、死ぬまで繰り返すだけだがな」
そう、いくら体力があろうが一撃で倒れないなら何度でも繰り返すだけの話だ。
通常対戦ならばキャンディの数に限りはあるが、ダイレクトアタック可能なこの対戦なら、私からもキャンディを与えることが出来る。手持ちアイテムには一応限りがあるから無限にとはいかないものの、クラウザーたちの体力を削り切るくらいまでなら十分に持つ程度の数はある。
グミによって体力を回復されてもそこまで問題にならない――なぜなら、アリスにはまだ《竜殺大剣》や《剛神力帯》といった一度使ったら解除するまで使い続けられる神装がある。こちらがキャンディ切れになったとしても、接近戦で十分削り切れるだけの力があるのだ。
――うん、これはもうほぼ勝ち確定、かな。油断はしないけど、クラウザーとヴィヴィアンが同時に全力で向かってきたとしても、もうアリスに負けはないように思う。特にヴィヴィアンは既に戦意喪失しているような状態だ、猶更だろう。




