2-30. No way out 7. 七耀藍鳥・鷹月あやめ
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鷹月あやめ――本名、『七燿藍鳥』鷹月あやめは、桜桃香の付き人である。
彼女の家はその名が示す通り七燿族の一派であるが、特段『強い』家柄というわけでもなく、ただ単に『古い』家というだけに過ぎない。
七燿と言えどもその全ての家がこの国の中枢にいるわけではない。むしろ、その大半は一般人と同程度、あるいはそれよりも『悪い』暮らしをしているのがほとんどなのだ。
没落した理由は様々ではある。例えば能力不足によって落ちていく家もあれば、他家との勢力争いに負けて没落させられた家もある。また、子孫に恵まれずにやむを得ず……という場合もあるし、これといった大きな理由もなく時の流れるままに任せていたらというものもある。
ラビの住んでいた日本同様、あるいはもっと強固で苛烈な姿勢でもって『平等化』がされたという経緯もある。
鷹月の家については――よくわかっていない。あやめが生まれた時には既に今の状況であったし、そのことについて疑問にも思わない。鷹月の家を七燿に相応しい家として再興しようという気もない。
生まれながらにして桜の家に仕える身であることから、それ以外の生き方を求めようとも思わなかったというのもあるし、何よりもあやめ自身が今の状況を良しとしている。むしろ、桃香の付き人――というよりも、いわゆる『メイド』の仕事が非常に性に合っていると本人は自覚している。
桃香は『いい子』だ。七燿族の一員であり、更にその中でも比較的大きな家である桜の人間でありながら傲慢さはなく――尤も桜の人間は誰もが誠実かつ穏やかで人として尊敬できる者ばかりだとあやめは思っている――少し年の離れた自分のことを姉のように慕ってくれている。たまに我儘を言うこともあるが、それも自分に『甘えて』くれているものだとあやめは思っていた。最近は家の外ではきちんとあやめに対して一線を引けるようになってきたけれど、家の中ではまだまだ可愛い『妹』である。
桜の家は桃香ではなく、彼女の年の離れた兄が継ぐことが決まっている。このまま何事もなければ桃香は比較的自由な人生を歩むことが出来るだろう。そして、桃香が望めばあやめは彼女と共に過ごすことになるだろう。
そして、普通の人よりは安全で、恵まれた人生を歩むことになる……そう思っていた。
転機が訪れたのは今年の八月。
異世界より現れた使い魔によって魔法少女となった時である。
「そんなファンタジーなことがあるんだ」
と表情一つ変えず、けれど内心では驚きつつあやめは感心した。元より七燿族には異能としか言い様のない特殊な才能を持っている人間がよく現れる――身近なところでは無条件に他人に愛されるとしか思えない桃香がそうだし、またあやめ自身も失せ物探しに関しては異能としか言えない才能を持つ――のだ、この世に『そんなファンタジー』があっても不思議ではないと思っている。
そして、言われるままユニットとなることを選択した。なぜあの時断らなかったかと時折自問自答するが――『断る理由がなかった』という結論にいつも達する。この選択が誤りであったかどうかは今もわからないが、今この時においては正解であったと思う。
彼女の使い魔――小さな猿の姿をした異世界からの使者の誤算は、彼があやめをユニットとして選んだのとほぼ同時に、凶悪なる使い魔クラウザーが桃香をユニットとしたことである。
同じ家に二つの勢力が存在する。更にクラウザーは好戦的で他のプレイヤーを積極的に排除するように動こうとする。
結果、あやめの使い魔は逃げた。『クラウザーと敵対したくない』と言うだけの理由で、あやめを置いて逃げたのだ。
――あのエテ公、ほんっと使えない……。
折角の異世界の力だが、残念ながらチュートリアル以外で使ったことはない。
だが、メリットはあった。自分がユニットのままであるが故に、『ゲーム』についての認識は残ったままであることだ。桃香の状況をより詳しく把握することが出来る。そして、彼女がクエストに挑んでいる間のフォローが出来る。
共に『ゲーム』を遊べないのは不満と言えば不満ではあったが、あやめとしては自分が『ゲーム』で遊べないことについては仕方のないことと割り切れている。元々ゲームはそれほど好きなわけではない。桃香の付き合いでは喜んでやるが。
桃香が楽しく遊べているのであればそれはそれでいい――そうあやめは思っていた。
ところが、桃香の様子がおかしくなってきていることに気付いた。『ゲーム』をしていても楽しくなさそう、むしろ辛そうな顔をすることが増えてきた。
……原因はすぐにわかる。桃香の使い魔のクラウザーだ。彼の無茶なオーダーに応えたり、必要以上の叱責や罵倒を受けて明らかに桃香は疲弊していっている。
この状況は良くない。あやめはそう思い桃香に対していつも以上に献身的に世話をし、クラウザーのご機嫌を取るために行動――例えば、彼は食事する必要はないが味は感じるらしく、マックのハンバーガーが気に入ったらしいので差し入れしたり――の手伝いをしたりしていた。
再度の転機が訪れたのはほんの三日前――対戦機能が実装された翌日のことだ。
その日、桃香は対戦相手にかなりこっぴどくやられたらしく、クラウザーから叱責を受けていた。クラウザーが怒鳴り散らすのはいつものことであったが、その日は様子が違っていた。
『対戦こそが本領』となっていたクラウザーの初対戦での敗北は大きい。
クラウザーは荒れ、ついには桃香へと暴力を振るおうとした。見た目が猛獣そのもののクラウザーの暴力を受けたら、華奢な桃香は怪我をするどころでは済まない。隠れて様子を見ていたあやめは咄嗟に彼女を庇い、代わりに傷を負うことになる。
桃香が無事ならばそれでいい。あやめはそう思っていたし、事実その後はクラウザーも少しは頭が冷えたのか暴力を振るうことはなかった。桃香を傷つけても損しかしない――クラウザーの体格で襲い掛かれば、下手をすれば桃香自身を殺めてしまう可能性があることに気付いたのだろう。
しかし、状況はより悪化していった。
あやめが桃香を庇ったように、桃香もまたあやめを庇おうとした。それを見逃さなかったクラウザーは、方針を変更。桃香自身に危害を加えることで脅すのではなく、あやめを『人質』にして桃香を脅すようになったのだ。
……桃香がもしも自分のために他人を切り捨てられるような人物であれば何も起こらなかっただろう。クラウザーが何を言おうとも、結局のところユニットである桃香が従わなければ何も出来ないのだから。けれども現実はそうはならなかった。桃香はあやめをこれ以上傷つけないために、クラウザーに従うことになった。
無論、クラウザーに素直に従うからと言って今後の対戦に勝てるとは限らない。
それでも――ほんの一時でもあやめを守るためにはそれしかない、とその時の桃香は思ったのだろう。問題の先延ばしに過ぎない。根本的な解決には至らないし、このまま時間が経つほどに状況はより悪化していくのは目に見えている。
どうすればいい? どうすれば桃香を救うことが出来る? あやめは考えた。
――結論はすぐに出た。いや、どうすればいいのかなど、最初からわかりきっていたことだ。
この状況から桃香を救いだすために必要なものは、桃香以外の人間ならばとっくにわかりきっているのだ。
肝心の桃香だけが気づいていない。
そして、最後の転機が訪れたのが今日――クラウザーと戦い、そして一度は勝利した使い魔と出会ったことだ。
ラビと名乗る謎の生き物――あやめ的には猫っぽいと思ったが――に最後の望みをかける。
一通りお互いの情報を交換し終えた後にしばらく考え込み、ラビは言った。
”うーん、じゃあこういう方法で行こうと思う”
男とも女とも判断できない不思議な声音で、なんてことのない世間話をするようにラビはクラウザーを追い詰めるための作戦を語る。
……その内容は悪辣極まる。多少の『運』が絡んではいるものの、クラウザーを仕留めるための作戦としてはおそらく『これ』が最上だとあやめも判断した。
”で、この作戦で行くにあたって、あやめに一個お願いがあるんだけど……”
桃香を助けるためなら何でも協力する、という言葉に満足そうにラビは頷き、あやめに『お願い』の内容を話す――




