2-29. No way out 6. 助かりたいのであれば……
当然クラウザーは答えない。が、こちらに対してニヤリと薄く笑うその態度が、正解であると語っている。
事前に『チート』を使ってくる可能性は考えていたが、こういうことをするのか……。
本来ならば制限のあるキャンディ・グミを外から補充できるのであれば、遠慮なく魔法をガンガン使うことが出来る。例え力量が劣っていたとしても、大量の魔力を消費する大魔法を連発することで力圧しで相手を倒すことが出来るというわけだ。
むぅ……これは少し拙いか? アリスの残りキャンディは3個。とはいっても《巨星》系魔法を連発したため、そろそろ1個使いたいところだ。全力で戦えるのは後キャンディ2個分くらいと思った方がいいだろう。対してヴィヴィアンの方はクラウザー側からキャンディの補充が可能と来ている。流石に無限に回復し続けることが出来るとは思えない――おそらくはクラウザーの持っているアイテム分だけだろう――けど、アリスよりも全然多い回数回復することが出来るのは間違いがない。
更にヴィヴィアンは新たな魔法『インストール』を使っている。これによってどれだけ戦闘力が上がったのか。
「負けるのは嫌、負けるのは嫌――」
ヴィヴィアンが空中へと飛び上がり、《ヒュドラ》がアリスへと牙をむく。
「負けるのは――嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!!」
絶叫と共にヴィヴィアンがアリスへと向かって飛翔、火炎の塊をまき散らす。そして《ヒュドラ》もアリスへと九つの首を向け、巨体で押しつぶそうとしてくる。
どちらも食らえばかなり危ない――にも関わらず、アリスは相変わらず平然としている。
キャンディを口にして魔力を回復、そしてヴィヴィアンへと向けて言う。
「ヴィヴィアン――違うぜ。
そこは、『私が勝つ』と言うんだ」
魔力を回復させたアリスが『神装』を解き放つ。
「ext《天魔禁鎖》!」
あらゆる魔獣を縛り付ける神の鎖が《ヒュドラ》を縛りつけ――
「言い忘れてたが、《竜殺大剣》は竜を殺す剣ってだけじゃないぜ――」
《竜殺大剣》の元ネタである『バルムンク』、そしてそのモデルとなった北欧神話の魔剣『グラム』――その真価は、不死の竜を殺したことにある。
「オレの――」
炎を《神馬脚甲》でかわし、あるいは《剛神力帯》で弾き、防ぎ、迫りくるヴィヴィアンへと向けて《竜殺大剣》を振りかざす。
「――勝ちだ!!」
炎に包まれた不死鳥――その力を宿したヴィヴィアンの体を、不死を殺すための『神装』の刃が両断した……!
* * * * *
身動きの取れない《ヒュドラ》も片づけ、再度地面へと倒れたヴィヴィアンへとアリスは近づく。
既にインストールは解除され、ヴィヴィアンは元の姿に戻っている――両断はされたが、《フェニックス》の最後の力だろうか、体はまだつながっているようだ。
しかし、体力はもはやほぼ無くなっている状態だろう。魔力もまた枯渇してしまった。
”く、クソっ……!”
流石のクラウザーにも焦りが見える。おそらく、あのインストールはヴィヴィアンの切り札だったはずだ。それを新しい魔法を使うことなく、あっさりと降したのだ……焦らないわけがない。
そして、焦っているということは、現状でクラウザーが更なる『チート』を使ってくる可能性は低い、ということにもなる。
またキャンディを『チート』で補充はしてくるだろうが、それでももはやアリスの勝ちはほぼ確定だろう。
「う、うぅっ……もう、いや……」
辛うじて起き上がったヴィヴィアンだが、戦意はない。
生気のない無表情だった彼女の顔が今は痛みと恐怖で歪み、涙を流している。
「もういや、もう嫌ぁ……!」
これは……完全に終わった。クラウザーが『チート』でキャンディを補充したとしても、もうヴィヴィアンは戦うことは出来ない。事実、今もクラウザーの尻尾が動いている――キャンディを補充しているのだろうが、ヴィヴィアンは魔力を回復しようともしていない。完全に戦意を喪失している。もはや戦うことは出来ないだろう。
時間切れのない対戦だ。後はアリスがヴィヴィアンの体力を削り切っておしまいだ。
とどめを刺すべく、アリスがゆっくりとヴィヴィアンへと迫る。
「ひぃっ……!? たすけて……っ! たすけてぇっ!!」
たすけて――初めて彼女がその言葉を口にした。
でも、この言葉は……。
迫るアリスから逃げようと、必死に這いずって逃げようとするヴィヴィアン。もはや立ち上がり走ることも出来ないか、あるいは恐怖で腰が砕けてしまっているのか。
「もういやだぁ……たすけてよ……みーちゃん……あやめお姉ちゃん……!」
泣きじゃくりながら必死に這いずって逃げようとするヴィヴィアン。その姿に私の胸が痛む。
……けれども、アリスはと言うと、今までに見たこともないような冷たい目でそんなヴィヴィアンを見下ろしている。
「ヴィヴィアン」
そしてついにアリスが追い付く。
追い付くと同時に《剛神力帯》でヴィヴィアンを捕まえると、自分の方を向かせる。
「ひっ……」
お互いに攻撃できる距離ではあるが、ヴィヴィアンからは何も出来ない。魔力が尽きかけたままだ。
アリスは真っすぐにヴィヴィアンの目を見つめて言う。
「貴様が負けたら鷹月あやめが傷つけられる――だから、貴様はオレにわざと負けてくれないか、と頼んだんだよな。
それってつまり――お前は鷹月あやめを助けようとした、ってことだ」
対戦開始前にありすが桃香嬢から『わざと負けてくれないか』と提案されたことは聞いていた。それに対してありすはその場では答えを出さなかったとは聞いていたが……。
確かにその提案は、クラウザーからあやめを守るためのものだろう。根本的な解決にはなっていないが、そもそも根本的な解決方法を桃香が見いだせないのだから仕方ない。時間稼ぎの側面もあったろうが……まぁアリスの言う通り、あやめを助けるための提案であろう。
ふぅ、とため息を一つ吐き、アリスが叫ぶ。
「誰かを助けようとするやつが、人に助けを求めるんじゃねぇ!!」
「……っ」
――。
ああ、そうか……そういうことか。
私はアリスが何を考え、こんなことをしているのかをようやく理解した。そして、アリスがどのような方法でヴィヴィアンを助けようとしているのかも。
アリスの叫びにヴィヴィアンは何も答えられず――
「終わりだ」
これ以上の時間は無駄だとばかりに、アリスの容赦のない一刀がヴィヴィアンを切り伏せた――!




