11-42. Dies Irae 3. 厄災討滅戦
* * * * *
「くくっ、よくぞここまで――と言いたいところだが」
こちらを迎え撃つように、エキドナとオルタロスが牙から地面へと飛び降り対峙する。
私たちはアリスとケイオス・ロアが前へ、そこから少し後ろへと下がった位置に私とフランシーヌが横に並ぶ形で。
……とりあえず、一応は正々堂々と私たちを迎え撃つ形にはなっている。
やはり近くに誰かが隠れているってことはなさそうだ。本当にヤツ一人でアリスたち三人を相手するつもりなのだろうか……まだ何か『罠』を仕掛けているか、警戒は解けないが……。
「我らの計画に狂いはない。
君たちには何もできぬさ――」
……ヤツの言うことも不気味なまでの『余裕』も気になるが――
「ふん。貴様が虚勢を張っているのはわかっている。
精々余裕ぶっているがいい――最後に勝つのはオレたちの方だ!」
迷うことも恐れることもなく、最強の魔法少女たちが最恐の敵へと挑む――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「cl《赤色巨星》!!」
「喰らえ、『オルタロス』」
アリスの巨星魔法に対し、エキドナは『オルタロス』を差し向ける。
まともに食らえばエキドナにとっても脅威であろう巨星であっても、『オルタロス』にとっては障害になることはない。
ラヴィニアが想像した通り、エキドナの霊装『オルタロス』には特殊能力が備わっている。
彼の者の爪牙には、触れた魔法に対しての無効化・脆弱化が可能という能力があるのだ。
この能力は『ゲーム』正規のものではない――かつてのジュウベェのように、霊装そのものに対して不正な改造がされたものである。
一ユニットにすぎないエキドナになぜそのようなことが出来るのかは不明のままだが、戦闘をするアリスたちにとってその理由を考える意味はない。
重要なのは、『オルタロス』がいる限り巨星魔法は目くらまし以上の意味を持たないという事実だけだ。
それを承知の上で、アリスは初手に《アンタレス》を選択。
「いくぞ、ロア!」
「任せて!」
《アンタレス》を中心に二人は左右に展開。エキドナへと挟み込むように向かう。
――愚かな選択だ。
エキドナがそう思ったかは定かではない。
が、そう思ったとしても不思議ではない選択だった。
エキドナにこの程度の目晦ましからの不意打ちは通用しない。
そして、巨星へと向かった『オルタロス』は容易に星を砕き、そのまま背後にいるラヴィニアたちへと向かうことだろう。
たとえフランシーヌの魔法であっても、触れることができる魔法であれば『オルタロス』の特殊能力の対象となるのだ。
仮にケイオス・ロアの空間属性による見えない斬撃であろうとも、『オルタロス』の爪牙は貫くことができてしまう。
だから、フランシーヌをラヴィニアの護衛に置くのは悪手。そして『オルタロス』をそのままラヴィニアへと向かわせてしまうアリスたちの選択は愚か。
そういうことになる――理屈の上では。
「やらせるわけないでしょ?」
巨星を貫き、そのままラヴィニアを狙った『オルタロス』が殴り飛ばされた。
続けざま幾筋もの赤い『血』が『オルタロス』の身体へと絡みつき拘束しようとする。
「その霊装のネタはわかってる――不意打ちでラビを殺れると思わないことね」
ラビを守護するのは、既に幾度も戦闘を重ね身体も精神も温まり切っているフランシーヌだ。
その身は傷ついてはいるものの、幾重にも強化魔法が重ねられており、彼女にとっての『最強形態』に限りなく近い状態となっている。
――……そう上手くいくとは思っていなかったが……まぁ良いだろう。
『オルタロス』にとってフランシーヌの相性は『最悪』の部類であろうとは理解している。
いかに魔法を無効化する能力を持っているとはいえ、体内の血液を介して自身を強化させるフランシーヌにとっては関係のない話だ――これがジュリエッタのライズやメタモルであれば、『オルタロス』の爪牙で無効化できるのだが、フランシーヌの場合は肉体を食い破って血に触れなければ無効化できないのだ。
『血の拘束』は無効化できずとも『オルタロス』自身のパワーでどうにかすることは可能。
だが、『オルタロス』だけでフランシーヌを突破することは到底不可能だろう。ましてや、フランシーヌの裏をかいてラヴィニアを狙うことなどできようはずもない。
エキドナが指示をせずともある程度自律行動できることと魔法無効化能力はあれど、それ以外の特殊能力を持たない『オルタロス』単独ではユニットを撃破するのは難しいと言わざるを得ない。
もちろんエキドナ本人はそれを理解しているし、今の『オルタロス』の不意打ちは『成功すればそれで良し』くらいのつもりであった。
霊装である『オルタロス』を完全破壊するのはほぼ不可能であるし、『放置すればラヴィニアが狙われる』という意識を植え付けてフランシーヌを事実上戦線離脱させた……と考えれば上出来であろう、とエキドナは考える。
――本題はこちらだ。
エキドナは自分に向かってくるアリスとケイオス・ロアの方へと意識を集中させることにした。
向かって右側からアリス、左側からケイオス・ロア。
どちらも強化魔法をかけ終わっており、最初から全力だ。
何もしなければエキドナであっても一瞬で削り殺されるだけの実力を持つ二人が同時に、本気で向かってきているが――エキドナは焦らない。
なぜならば――
「!? チッ、またこれか!?」
先制攻撃を仕掛けたのはアリス。
その身には最高の強化魔法である《神翼鎧甲》を纏い、手にした《竜殺大剣》をエキドナへと躊躇いなく叩きつけたものの……一切のダメージを与えられていない。
エキドナ、そしてドクター・フーが幾度も見せた謎の『不死身』――その謎が解かれない限り、『敗北』は絶対にないことを確信しているがためエキドナは焦ることはないのだ。
その後もアリスは止まることなく《バルムンク》の連撃、不意を突くように矮星魔法を放つものの……そのどれもがエキドナにダメージを与えることができない。
一方で、アリスの邪魔にならないように反対側からケイオス・ロアが《サンダーボルト》を放っているものの、こちらも同様だ。
――ここでの勝敗は関係ないが……ある程度間引く必要はあるか。
焦りはしていないが、エキドナは油断はしていない。
ここで『不死身』を利用して時間を稼ぐ……ただそれだけで彼女たちの目的は達成されるのだ。焦る必要も、わざわざ危険を冒す必要もない。
万が一も起こりえない。
これは彼女自身も目にした、ナイアとアビサル・レギオンという『最大最強』の勢力とは次元の異なる『力』の差があるからだ。
ナイアが敗北した時と今回――エキドナたちについては事情が全く異なる。
たとえ『奇跡』が起きたとしても、エキドナたちを止めることは不可能なのだ。
――『力』があることは確かだろう。それも、『ゲーム』の思惑を超えた『力』をな。
――だが、
自分に無駄な攻撃を諦めることなく繰り返し続ける少女――アリスの瞳をエキドナは無表情のまま見据える。
数々の『不可能』『理不尽』な状況を覆し、『ゲーム』の最終勝者となった少女の目は、今の状況においても戦意は全く衰えていない。
何か策があるのかどうかも関係ない。
ただひたすらに『エキドナを倒す』という意思のみが見えている。
……この恐ろしいまでの意思の力こそが、アリスがここまで至れた要因の一つであることをエキドナは疑っていない。
諦めずに前へと進み戦い続けたからこそ、奇跡は起こり勝利を掴んで来たのであろうこともわかっている。
だが、だからこそ。
――その力故に君はその身を滅ぼし総てを失うこととなるのだ。くくっ……。
過ぎた力が身を滅ぼす、ということではない。
文字通りの意味でアリスは最終的には敗北する――エキドナはそれを確信していた。
他の誰でもない、アリスだけがそうなるということを。
――尤も、私は君には負けないがね。
それもまた、エキドナは確信していた。
アリスではエキドナを倒すことはできない――なぜならば、エキドナの能力を理解していないからだ。
いかに優れた能力であろうとも、何度も相手に見せたならば対策を取られる、ということをエキドナもよく理解していた。
……ナイアと異なりエキドナは一切の油断はしない。
彼女の思考はナイアよりもアリスたち『戦闘者』に近いと言えるだろう。
だから今までの戦いでも見せる能力は最小限に、騙すための能力は大盤振る舞いで立ち回っていた。
そして見せる時間はいずれも短時間――これではエキドナの能力を完全に理解するのは人間には不可能だろう。
「ククッ……そろそろこちらからも反撃させてもらおうか」
「チッ!?」
『不死身』とはいえ延々とサンドバッグになるつもりは毛頭ない。
『計画』の進行に大きな影響はないとはいっても、一方的に殴られ続けるのを彼女は良しとしない。
たとえ攻撃が通じずアリスたちが焦燥感を抱いていたとしても、だ。
「――させるかよ」
が、エキドナが動くと宣言した瞬間にアリスの『気配』が変わった。
焦りが消え、より熱い『戦意』が燃え上がるのをエキドナも感じる。
――……そう考えた、か?
エキドナの『不死身』の理屈はわからないままだが、エキドナから攻撃する時にはその防御を解く必要がある。
アリスたちはそう推測したのではないか、とエキドナは推測した。
最終戦でのケイオス・ロアの空間魔法による防御の欠点と理屈は同じである。
エキドナの攻撃の瞬間に合わせての攻撃ならば通じる――ここまで無駄にアリスが攻撃し続けてきたのは、エキドナの攻撃を誘っていたのだ。
現に遠距離から魔法を放つケイオス・ロアはともかく、アリスは強化魔法を使った接近戦だけを行い至近距離での攻撃魔法は最小限にしていた。
全ては、エキドナの隙を突き一撃で決めるために……。
――ククッ……残念、ハズレだ。
しかし――エキドナの能力はそんな甘いものではない。
たとえ攻撃の瞬間であろうともエキドナの防御は崩れることはない。
『不死身』のまま必殺の攻撃を繰り出すことができるのだ。
――狙うはアレだろう。
――が、全て無駄に終わる。
《星天崩壊・天魔ノ銀牙》――最大最強の銀河魔法。
一撃必殺をするならばこれしかないとエキドナは読んでいたし、事実今までの攻防中に使った矮星魔法の残滓に紛れ『星の種』がばら撒かれ続けているのを確認している。
直撃すれば、おそらくどんなユニットであろうが耐えることはできない、圧倒的質量による理不尽な暴力。
エキドナであっても食らえば無事では済まない……が、『不死身』であればそれも関係ない。
――さて、食らってやって絶望を味わわせるのも一興だが……。
『計画』とは別に、エキドナ個人としての『想い』もある。
ここを逃せばエキドナの想いを達する機会は半分は失われるのもわかっている。
ならば、最強の魔法をわざと食らって無傷の姿を見せつけ、アリスの心を折るというのも一つの手ではある。
――……フッ、まぁいいさ。元・パトロン殿と同じ轍は踏むまい。
……だが、エキドナはあくまでも冷静だった。
自分の欲望をここで満たす、という選択は採らなかった。
そうした選択を採った挙句に決定的な敗北を迎えた実例を目にしていることもあるし、何よりも――
――残り半分で充分。いや、むしろそちらの方が『本命』であるしな。
『計画』の『先』……そこにこそ、エキドナの『本命』はあるのだ。
――では、間引くとしようか。
フランシーヌは『オルタロス』が足止めしている限り問題ない。
この場でエキドナが最も恐れているのは、過去に2度自分を殺したフランシーヌだ。
彼女の今いる位置からエキドナを不意打ちするのは無理がある――新しい身体にしたことでフランシーヌの『血液』も付着していない、距離的に即死魔法の範囲でもない。
もう一人のケイオス・ロアについては――最終戦で見せた能力の全貌からして、エキドナにとって恐れるものは何もない。
……能力的には一番警戒すべき人物ではあるが、『ある理由』から最も警戒しないで良い相手でもある。
つまりは、目の前のアリスにのみエキドナは集中すればよいということだ。
狙うは注入魔法――魔法防御に関係なくあらゆるユニットを行動不能にさせる『猛毒』をアリスへと打ち込む。
それで終わりだ。
アリスが動けなくなった後、適当に時間を稼ぐだけで全てが終わる。
『ゲーム』の開始から半年以上続いたこの茶番も同時に終わるのだ。
「ext 《灼熱巨星》!!」
――なに……!?
至近距離で、既に《エスカトン・ガラクシアース》の準備が終わっているというのに、アリスが選んだ魔法はエキドナの予想と異なるものだった。
エキドナだけでなくアリス自身も包み込むように展開された星の欠片が連結――範囲内を炎で焼き尽くす連星魔法が発動。
「……チッ」
自身の予想が外れたことをすぐさま悟ったエキドナはインジェクションを中断、その場から後方へと跳び退り《シリウス》の範囲から逃れようとする。
発動の瞬間、エキドナは辛うじて範囲から逃れることが出来たが――
「オペレーション《ブラックボルト》!」
まるでそうなることがわかっていたかのように、逃げたエキドナへと向けて精確な狙いで《ブラックボルト》が放たれる。
が、こちらはエキドナは完全に無視する――なぜならば、今まで同様に傷一つ与えることができないのがわかっているためだ。
「――ま、そうなるわよね。でも……これならどうかしら?」
「……!?」
《シリウス》の範囲から外れはしたが、それだけでアリスが諦めるはずがない。
更なる追撃に備えつつ、インジェクションを改めて放とうとするエキドナの周囲を取り囲むように黒いオーラが湧き上がる。
……正確には、それは『黒い』のではなく、視界に捉えることのできない――不可視の、けれど実態のある『虚無』なのだ。
「オペレーション《ブラックパノプティコン》――アリスごとエキドナを捕えなさい!」
不可視の『虚無』――その正体は、ケイオス・ロアの持つ属性『時』そのものだ。
本来は見ることのできない『時』をエネルギーとして扱おうとした際に、一時的に『時』を具現化させた結果、世界に存在しえない未知の存在として処理されて現れるのが『虚無』――存在するが見えない、見えないが存在するという矛盾したものとなっている。
その『時』の力は、ケイオス・ロアが魔法を解かない限りは固定化され、アリスの魔法同様に残留し続ける。
――……これが狙いか……!?
エキドナはアリスたちの作戦を完全に理解する。
……が、もう手遅れであることも同時に悟る。
ケイオス・ロアがずっと無駄と理解しながらもずっと《ブラックボルト》を放ち続けていたのは、全てこの魔法のためだったのだ。
周辺にばら撒かれた『時』のエネルギーが展開――アリスとエキドナを取り囲む『檻』となる。
「…………フッ、してやられたな」
想定外の事態ではあるが、エキドナに焦りはない。
不死身の謎を彼女たちが解き明かしていた、それだけの話だ。
「この《ブラックパノプティコン》の中では、あんたへも攻撃が通じるようになるわ」
アリスとエキドナを閉じ込めた『時の檻』の中へと、ケイオス・ロア自身も入り込みアリスの隣へと並び立つ。
「あー、あたしが入り込めたからって、簡単に出れるとは思わないでよね?」
「フッ……」
魔法を発動させたケイオス・ロア自身は自由自在に『檻』を出入りできるのかもしれないが、アリスとエキドナはそうもいかないだろう。
あるいは、入るのは自由だが出ることはできないのかもしれない。
どちらにしてもエキドナは『ここから』の戦いのことに嫌でも向き合わざるを得なくなってしまったのに変わりはない。
「……貴様の言う通りにしたが、これで本当にヤツに攻撃が通じるようになったのか?」
一方で、意外だったのは、アリスは全く状況を理解していないということだった。
説明する時間がなかったか、あるいは説明することでエキドナに気付いていることを感付かれることを恐れたか。
アリスの疑問に答える替わりに、ケイオス・ロアはエキドナへと事実を突きつける。
「エキドナ――一体どうやっているのか理屈はさっぱりだけど、あんたに攻撃が通じない理由はわかったわ」
「ほう……ハッタリ、というわけではないだろうな」
「当たり前でしょ。
……ま、こっちの邪魔をするつもりだったんでしょうけど、この訳の分からないクエストで何回もドクター・フーを出してきたのは悪手だったわね。
おかげで理解できたわ、あんたの不死身の理由……それは――」
――ククッ、他に使える手がなかったとはいえ、やはり何度も見せるべきではなかったな。
どんなに優れた能力であろうとも、見せる回数が増えれば増えるほど対策を取られやすくなる。
理解はしていたが、この最終局面において動かせる手駒が自分以外にないエキドナにとっては仕方のないことだった。
『ドクター・フー』という別の肉体だったとしても、能力に差異はない。
何度も見せたが故に、ケイオス・ロアに見切られてしまった――その点において、エキドナは自分が負けたことを素直に認める。
「――自分のいる時間とそれ以外の時間をズラす、それがあんたに攻撃が通じない理由よ」




