2-27. No way out 4. 七耀桃園・桜桃香
「サクラは……一言でいえば、甘ったれ」
ばっさりとありすはそう切り捨てる。
昨夜、ジェーンとの対戦を終えた後、寝る前に私が桃香嬢について尋ねてみた時のことだ。
”……甘ったれ?”
ちょっとだけ意外な評価だった。
ありすがそのような他人に評価を下すこと自体も意外ではあったが、桃香嬢への評価としても意外だ。
私自身は余り桃香嬢とは絡んだことはない。一度だけ『マック』で遭遇したことはあるが、後はありすの視界を通して見た姿くらいのものだ。
「……サクラは、自分では何もできないと思っている……」
自己評価が低いのだろうか。
そういえばありすが美藤嬢との比較をした際に、色々と言い淀んでいたけど……。
”実際のところはどうなの?”
「ん……ちょっと難しいことがあると、すぐ諦める」
おおう……。
「でも」
とありすが続ける。
「最後には何とかなってしまう……サクラが何もしなくても、周りの人が何とかしてくれるから」
”っ、それは……”
正直教育によくないんじゃないか、と私は思う。
人生ままにならないことは幾らでもあるし、どれだけ努力しようとも自力では解決できない問題というのはどうしても存在する。
けれども、そんなどうしようもない問題は実はそう多くない、ということも多くの人はわかっている。大抵のことは時間かお金のどちらかで解決可能だったりする――時間も無駄にかければいいというわけじゃないけど。
ありすの言う『周りの人が何とかしてくれる』――これは余り良くない。もちろん、あらゆる問題を自力で解決しなければいけないというわけではない。私だって前世で散々人のお世話になったし、仕事だと特に同僚や先輩、上司に助けてもらっていた。
でもそれは、そうするのが『最善』の解決方法であったり、あるいは――特に仕事では――個人の成長よりも優先すべき事項がある場合のことだ。
ぶっちゃけ、よっぽど特殊な事情に絡まない限り、一般的な小学生女子が直面する問題に自力で解決できないような問題は現れない。家庭の事情とかはもちろん特殊な事情に含まれる。
ありすが言っている『ちょっと難しいこと』はそうではない。小学生にとってはごく普通に直面する――直接的に言ってしまえば勉強とかの課題レベルの問題に過ぎない。
「……別にサクラが悪いわけじゃない――ん、でもさっさと諦めるから悪い……?
…………ん、うん。サクラが諦めても、周りの人が何とかしちゃうのが悪い……」
おそらく、昔から諦めが早い子ではなかったはずだ。
本人が難しくて投げ出してしまっても、周りの人が何とかしてしまう――だから桃香嬢は更に諦めが早くなる。
鶏が先か卵が先か……どっちにしても悪循環に陥っていしまっているようだ。
「サクラは、別に何も望まない。誰かに助けて、って言わない。
でも、周りは助けちゃう……」
――後になって七燿族のことを調べて、もしかして本当に『異能』を持っているのではないか、と私は疑ってしまった。
桃香嬢が何をするわけでもない。だというのに、彼女は周囲に助けられてしまうというのだ。
望まれたからではなく、ごく自然に彼女を助けてしまう。そのことを桃香嬢本人も、助けた人も全く意識することがない。
普通なら、人に頼ってばかりの『甘ったれ』は余り好かれないものだが――子供のころはまだともかく、大人になったら猶更だ――それでも桃香嬢は嫌われていない、それどころかむしろ明らかに好かれていると言える。
七燿桃園の権力に阿るとかの打算もゼロではないだろうけども、私がありすの目を通してみたクラスの感じや、ありす自身一緒のクラスで過ごした感じではそういうことはないさそうだ。極々自然に彼女はそこにいて、そして無根拠に愛されている。
”……まるで魔法を使ってるみたいだ……”
「ん」
魅了とか、何かそんな感じの魔法が常時発動しているとしか思えない、不自然な愛されっぷりである。
案外、本当に七燿族には普通の人間が持たない『異能』が備わっているのかもしれない。桃香嬢の場合はそれが『魅了』の魔力なのかも。あまりにも現代日本に似ていて忘れがちだが、ここは『異世界』なのである。そういうものが存在していても不思議ではない……んじゃないかなぁと思わなくもない。
まぁそのことの真偽については置いておく。検証しようもないし。
”そっか……ジェーンと話していた『責任』って……”
「ん、サクラを甘やかした責任」
確か美藤嬢と桃香嬢は幼馴染だったはず。となると、学校の中で一番桃香嬢に近くて手助けをしているのは……美藤嬢になるか。
なるほど、だから『責任を取れ』か。
「わたしも、たまにサクラを助けたりしてたし……」
ちょっとだけばつが悪そうにありすが言う。珍しい。
……ん? でも、それが今回の『ややこしくなった原因』というのはどういうことだろう?
”ありす、桜桃香が『甘ったれ』というのは、まぁわかったよ。
でも、それが今回の件とどう繋がるの?”
甘えているから何だと言うのか。少なくとも、『ゲーム』に関しては他人に甘えてどうにかなるようなものでもない。クエストとかでは助けてもらうことは出来るが、基本的には自分がどうにかしない限りは何にもならない――ジェム稼ぎだって出来ないし、そもそもクラウザーが他のプレイヤーと協力プレイをしてジェムを稼ぐとは思えない。
私の疑問に対して、ちょっとだけ不機嫌そうな表情になりありすは言う。
「……ヴィヴィアンと戦って――特に二回目の戦いでわかった。
サクラは、今の状況から助かろうとしていない。
苦しい今から、誰かが助けてくれるのを待っているだけ」
実際に戦ったのはありすだけだが、二回の対戦を通じて何かを感じ取ったらしい。
それが、『桃香嬢が積極的に助かろうとしていない』ということだと。『誰かに助けてもらうのを待っている』のだと。
……そうか、だから『甘ったれ』が原因で事態がややこしくなっている、ということか。
うーん……そうなると、彼女をクラウザーから救出する、というのは難しくなってくる。正に『事態がややこしく』なっている。
積極的に自分から助かろうとしていないから、クラウザーから離れることが出来ない。クラウザーとしても自分のユニットを簡単に手放す気はないだろう――ここでヴィヴィアンから他のユニットに変えたら、彼の性格上、『私たちに敗北を認めた』ことになると思うだろうし、ますますヴィヴィアンを手放すことはなくなる。つまり、お互いの思いの方向性はともかくとして、クラウザー・ヴィヴィアン間の繋がりをお互いに解消する気がない状態なのだ。
”……桜桃香自身が、今の状況を良しとしている可能性は?”
その可能性もありえなくはない。
私たちは以前の美鈴の言葉もありヴィヴィアンを『被害者』のように思っていて勝手に救出しようとしているわけだが、もしかしたら桃香嬢自身はそんなことは望んでいないかもしれない。
が、私の提示した可能性についてありすは首を横に振って否定する。
「それは……ない。ん」
”そう……なの?”
「ん……だって、わたしはサクラを助けたくなっているから……だから、サクラは助けてもらいたがっている」
……無茶苦茶だ。
さっき話した謎の魔力があると仮定して、今ありすは彼女を助けたいと思っている。だから桃香嬢は助けを求めている、と……。
”う、うぅん……”
唸るしかない。非科学的もいいところだ。というか、根拠として扱っていいものじゃない。
困り果てる私だったが、私の悩みを一発で解決する魔法の言葉をありすは放つ。
「……ラビさん、サクラの不思議な力は忘れていいよ」
”……うん?”
「多分、わたしたち――サクラと一緒にいる人にしかわからない感覚だから。
でもね――」
いつも通りのぼんやりとした表情――しかし、その目には明確に『怒り』の火が灯る。
「クラスの友達がクラウザーに虐められるのを見て、黙っていられない」
……。
やはり、ありすはありすだ。
うん、色々と訳の分からない理由をつける必要なんかない。
友達が酷い目に遭わされている――だから助ける。それだけで十分だ。
「だから、何とかする。
……でも……わたしはサクラを助けない」
”え……?”
一体何を……?
ありすは再びいつもの表情へと戻って淡々と告げる。
「だから、サクラを助けられる人に助けてもらう」
更に翌日――私があやめと会話した後、ありすと遠隔通話で情報共有した時のことだ。
なお、あやめからも桃香嬢の人となりについてヒアリングをしたが、概ねありすの言うことと一致していた。
……違っていたのは、桃香嬢に対するスタンスだ。ありすとは違って、あやめは私に対して『桃香を助けてほしい』と願ったのだ。
もし、クラウザーと戦っているのが私たちではなくあやめとマサ何とかだった場合――ありすの言うように『わたしは助けない』ということはなかっただろう。あやめ自身で『桃香を助ける』になったはずだ。
それはそれとして、あやめから得た情報を元に私はクラウザーをいかにして追い詰めるかを考え、それをありすに話した。
『……ん。その方法でいい』
私の描いた絵に対して反対はしなかった。
というよりも、ありす自身はもうあまりクラウザーについては考えていないようでもある。桃香嬢を助けることが結果としてクラウザー打倒につながる、という程度にしか考えていないんじゃないだろうか。
『二つ、お願い』
『”ん? 何?”』
ストーリーとしては私の方針に従う、とありすは言うが幾つかの要望があった。
『一つは、最初の戦闘はわたしに全部任せてほしい――ラビさんは口を出さないで』
『”え、うん、わかった”』
もとより戦闘についてはアドバイスくらいしか出来ない。私が特に口を出す必要はないだろう、私は了承する。
『”もう一つは?”』
『……あのね、ラビさん……この戦いが終わったら――』
――ありすのもう一つのお願いについて、私はすぐに頷けなかった。
その後、しばらく問答を続けて……『条件付き』でということで最終的には了承したのだった。




