表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/55

番外編―2 『うつつのゆめ(後)』


『憎んだ?』


 憎んだ。

 だが、どうしようもなく愛しかった。

 戦うことでしか情が交わせなかった。

 戦えば戦うほどいとおしくなった。


『あの子も泣きながら戦っていた』


 知っていた。

 俺も泣いていた。

 だが手を緩めなかった。


(あの子は赦そうとしていたのに)


 愛しさを消すのが惜しくて、最後まで受け入れられなかった。


『業だ』


(業だ)


 源氏の業だ。

 身内に流れる血が、睦み合うのを赦さない。


『もう一人の子は?』


 義詮は俺を恨もうとして恨めず、俺は愛そうとして愛せなかった。


(登子だけだ)


 源氏でない登子だけは、ただいとおしむことができた。


『恨まれても』


(そうだ)


 恨みながら、愛してくれた。


『望んだ愛を手に入れた』


(ちがう)


 望んだものはどこにもない。

 俺の手には何も残らなかった。

 愛どころか、あれほど厭うた裏切り、憎しみさえも……


「全部、直義が持って行った」

『それがおぬしの願い』

「願いが叶った?」

『叶った。おぬしのすべてはおぬしの弟が持ち去った』

「どこへ」

『どこへなりとも』


 いやだ。

 憎しみも恨みも裏切りも、すべては俺の物だ。


「お前には似合わぬ……直義」


 あとからあとから、目から血があふれ出る。


(温かい)


「そうか」


 このまま俺は死ぬるのか。お前のもとに行くのか。

 お前はなんというか知らぬが、次があるなら次も。

 その次があるならその次も。

 血を分けてくれ。

 俺とお前に流れる。

 温かい血を。









「最近おかげんがよろしくないと伺いましたが」

「今日は大分良いようです」

「それはそれは」


 見舞いの僧侶は、品の良い笑みを浮かべた。

 開け放たれた部屋からは、満開の桜が見えた。


「良い季節になりましたな」

「ほんとうに」


 尊氏は口元に穏やかな笑みを浮かべた。


「こうして散る花びらの下にいると、こちらが夢かと思います」

「ほんに……幽玄ですねえ」


 僧は頷くと、花を見上げ、目を細めた。


「鎌倉の夢を見ていました」

「はい」

「鎌倉も桜は咲いていましょうか」

「おそらくは」

「あちらも夢のようでしょう」

「お身体を治せばいくらも見られましょう」


 今年が無理なら来年でも……の声を尊氏は遠く聞く。

 鎌倉の桜を見せたい相手はもういない。


『私が、鎌倉にいます。兄上は安心して、京におればよい』


 何度目かの春、傍らで、花のように笑った弟がいた。

 あの地を愛し、あの地で逝った。

 直義の死の後、尊氏はしばらく鎌倉を離れられなかった。


(すぐそこにいるようで)


 どこにもいないのを確かめていた。


 ――自分が追い詰めて殺した。


 それでも赦されているのを、感じているのが辛く哀しく、甘かった。


「いや……私は京にいます」


 僧侶は黙って、頭を下げた。

 まだ諸国は慌ただしく、足利の支配が行き渡ってはいない。

 鎌倉には、義詮の弟の基氏を置いていたが、関東もまだ騒がしかった。


(基氏は、短い間だったが、よく直義と話をしていたと近侍に聞いた)


 直義の死後、基氏は自ら、鎌倉に留まると言ってきた。


『父上、兄上が京におられるなら、私は鎌倉にいましょう』


 まるで、誰かを思わせる言葉。

 夢の泡沫は、そうやって思いもよらない場所から出る。


「……まだ、明るい」


 どれくらい時がたゆたったか。尊氏は目を細めてつぶやいた。

 すべてがまぶしい日だった。

 僧侶は、目の前に座す、その生涯を戦に明き暮れた男を労わるように、柔らかく問いかけた。


「夢でも見ておられましたか?」


 尊氏は京の桜を通して、鎌倉の桜を見ていた。


「はい。ずっと夢を見ておりました」


 否――今も、見ている。


 俺のいる、このまぶしい世こそが夢なのだろう。


(そして)


 おまえがどこにいようとも、おまえがいる場所が、俺のうつつ













――――――――――――――



…色んな資料や考察を読んだのですが、自分では、

直義は最初から最後まで、

尊氏は最初から最後の最後の最後まで、

お互いを滅ぼすつもりはなかったんじゃないかなーと思いました。


…でも、滅ぼしてしまった側の尊氏は相当後で悶々としただろうと。

(自分が死ぬ間際に、直義へ叙勲願っちゃうほど)


…この兄弟はどこでどうすれば争わずにすんだ、が思い浮かばないのですよ(無理だなー無理だな―と節目節目で思ってしまう)。

…だからこそ、次は優しい時代で普通に兄弟やれればいいな、と思います。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ