本編後 それしか言えなかった
人間、突拍子もなく突然何かを思いつくことが稀にある。普段は全く気にならないと言うのに、一度思ってしまったらそのことで頭が一杯になったりするのだ。
ルーセリトにも朝方、似たような現象が起きた。
それは朝食を食べ終わり食堂を出て直ぐのこと。
ウェルファって友達いたっけ?
ルーセリトの進む足が自然と止まり、顎に指まで添えて思考の海に沈んでしまった。
父親とよく社交の場に顔を出しているようだが、疲れたとは言っても誰かと仲良くなったという報告はされたことがない。ルーセリトが伴えば彼に近づいてくる人間を無駄に威嚇するため、あまり付き添わないようにしているのだが、これはちょっと、いや、かなり気になる問題だ。
直接本人に聞くのが一番早い。まあ、いくらなんでも一人や二人くらいはいるだろう。基本、引きこもり体質のルーセリトにだっているのだから。
「それって従者となにがちげえの?」
聞かなきゃよかった。
そうか。そうなのか。
小首を傾げ、愛くるしい瞳で見つめてくるウェルファの頭を優しくなでながら、ルーセリトはにっこりと笑った。
「全然ちげえから」
「ふうん?」
どうしてそんな理解不能みたいな顔をするんだ。
やめてくれ。孤高の道を歩まないでくれ。
これは如何に友人というのが素晴らしい存在か、ちゃんと理解してもらう必要がある。
それでもいらないと言われたら、うん。もうしょうがない。
手始めにまずは友情主体の冒険物語を読ませてみた。
作中の敵役が格好いいと憧れはじめ、腕を組んで「ふん!」と言うようになった。そっちの方向へ進むのはお兄ちゃんも想定外だよ弟。
気を取り直して今度は街へ赴き、広場で遊んでいる子供達の姿を見せてみた。
「ほら、楽しそうだと思わないか?」
「え? なにが?」
ちょっと難しかったようだ。
やはり同じ土俵でなければ駄目かと社交の場に一緒に付き添い、あの子はいいぞこの子もいいぞと、他所の家の令息を褒めて押し売りのような真似をしていたら、「俺がいるじゃん!」とやきもちを妬かれてしまった。嬉しかった。
「いや俺が喜んでどうする」
自室で菓子と紅茶を嗜みながらルーセリトが項垂れる。
鬱陶しがられない程度で色々試してみたものの、微妙な価値観のずれが邪魔をしてなかなか噛み合わない。
あんなに他人に興味がないとは思わなかった。一体何処でそうなったんだと考えて、もしかしたら暗殺の件からかも知れないと結論付けた。
前世の記憶があるルーセリトとは違い、ウェルファは本当に現世での経験が全てなのだ。
大怪我をして寝込んでしまったルーセリトのことも間近で見ていたし、人間不振になってしまっても無理はないのだが、かと言って闇雲に信じないというのも今後の貴族社会において支障をきたすだろう。
こういうことは父親にびしっと言ってもらいたいのだが、我が家の大黒柱はウェルファの意見を肯定するばかりで、ちっとも視野が広がるようなアドレスをしない。結局、ルーセリトが何とかしなければならないのである。
一風変わったことでもしてみるかと、ウェルファが指南を受けている剣術の先生や魔法の先生にも掛け合い、他の教え子達と合同訓練や勉強会なるものもしてみたが、結果は芳しくない。
ウェルファに興味を持った子がせっかく勇気をだして話しかけてくれても、「あっそ」やら「ふん」やら冷たくあしらったうえに、とどめの決め手が「うっぜえ」である。
そりゃあ、相手も泣く。
トラウマになっていたら申し訳ない。
ちゃんと後で注意しておいたから許して欲しい。
ちなみに、女の子に褒められた時でさえ、胡散臭そうな顔をして「で?」と言ってのけていた。思わずルーセリトが聞き返しそうになった。
不仲だった時は微塵も気にしていなかったのに、今になってこんな心配をすることになろうとは。
次はどう手を尽くしてみたらいいものか。ここ最近の悩みの種である。
紅茶でも飲んでゆっくりすれば何か閃くかと思ったが、そんなことはなかった。
静寂に身を任せて目を閉じる。
現実逃避であった。
しかし、慌ただしい足音が近づいてきたため、そう長くない内に引き戻された。
「兄貴!」
「ウェルファ」
ウェルファは両手で一匹の猫を抱えながらやって来た。
え?
「その子猫…」
真っ白いフワフワとした生き物がじっとルーセリトを見つめてくる。
ぷらんとぶら下がった両足の裏の肉球は、柔らかそうなピンク色だった。
「庭で出会った!」
「出会った」
「友達になったから、兄貴にもみせてやりたくて」
照れくさそうに頬を染めながら小さく笑うウェルファに、ルーセリトも澄み渡った青空のように綺麗な微笑みを返した。
「種族を超えた友情。凄くいいと思う」




