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婚約者を奪われましたが、前世の知識で幸せを取り戻します  作者: 絵宮 芳緒


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第21話|選び始めた者たち

数日前、父に呼ばれた夜。

執務室の重い空気の中、


「侯爵家、両家の婚約は解消された」


子爵の声は冷たい。

ローザリアは一瞬、言葉を失う。


(……え?)


「……どういうこと?」


思わず素が出る。


「侯爵令嬢が拒んだ」


その事実が胸を打つ。


拒んだ?

あの冷静な、型にはまったような令嬢が?


父は探るように見る。


「学園で……何があった?」


ローザリアの脳裏に浮かぶ。

温室、香。

レオンハルトの言葉。


――感情は触れられていることがある。


そして。

アマーリエの決断。


逃げなかった。

利用もされなかった。


「……私のせいではありません」


だが声が、わずかに揺れる。

子爵の目が細くなる。


「本当にそうか?」


その視線に、初めて恐怖を覚える。


父は守る存在ではない。

盤上の主。

そして自分は駒。


胸が痛む。

けれど――

同時に芽生える感情。


(彼女は、選んだ)


アマーリエは、自分の未来を。

自分は?


父の思惑の延長にいるだけ?


ローザリアの中で、静かに何かが決まる。


まだ口には出さない。

だがもう、元の位置には戻れない。




グラーツ侯爵邸、応接間ーー


グラーツ侯爵は、静かにベルク子爵を見据える。

子爵はなおも社交的な微笑を浮かべる。


「我が娘が、ご子息の一時の迷いに――」


「ベルク子爵……」


低く、揺れない声。


「この婚約は、ヴァイスベルク侯爵家の娘の意思を尊重し、解消した」


空気が止まる。

これは――


グラーツ侯爵家が、ヴァイスベルク家の判断を受け入れ、異議を唱えなかったという宣言。


責任転嫁もしない。

友人同士の縁に縋りもしない。

子爵の目が細くなる。


「つまり、我が娘に責があったと?」


グラーツ侯爵は淡々と返す。

「そうは言わぬ。問題は、我が息子にあった」


まず自分の側を認める。

逃げない。

その上で続ける。


「ヴァイスベルク家は、娘の尊厳を守った」


評価を明言する。

そして決定打を打つ。


「我が家も、その判断を尊重する」


完全なる連帯。

ベルク子爵の計算が崩れていく。

侯爵家同士が足並みを揃えている。


分断できない。

揺さぶれない。


社交的な礼は尽くす。

だが内部には入れない。


これで子爵は完全に“外側”。


「だからといって、疑いがないわけではない……」

「それでも、そなたの家にも商団にも……信頼があるわけではない」

静かに、決定打を打ち込む。


社交的な絶縁。

子爵はこれ以上踏み込めない。

強引に出れば、逆に怪しまれる。

退くしかない。


応接室の扉が閉まる。

グラーツ侯爵は一言だけ側近に告げる。


「ベルク家と商団の動きを注視せよ」





ベルク子爵邸、ローザリアの自室ーー


父から話は簡潔だった。


「グラーツ侯爵は、ヴァイスベルク家の判断を尊重する…」


それだけ。

けれど、十分だった。

ローザリアは椅子に座ったまま、動けない。


(……守ったのね)


ヴァイスベルク侯爵家は娘の意思を。

グラーツ侯爵家は息子の非を認めた。


互いに責任を引き受けた上で、縁を切った。


誰も感情で騒がない。

誰も責任を押し付けない。

それが――“上位貴族”。


胸がじくりと痛む。


自分の家はどうだった?

父は……最初から計算していた。

香も、オスカーとの恋愛も、社交も。

守るためではなく、得るために。


(……私は)


駒だった。

その事実が、ようやく形になる。


けれど同時に、胸の奥に別の感情が芽生える。


羨望。

あの二家の侯爵家のようにありたい――


娘として尊重される家。

息子に責任を取らせる家。

誇りを守る家。


子爵はそれだけ告げると、乱暴な足取りで部屋を後にした。


ローザリアは立ち上がる。

鏡の前へ。

映るのは、子爵令嬢。

けれど、もう以前と同じではない。


「……私は、お父様の手札ではない」

小さく呟く。


震えている。

怖くないわけじゃない。

でも――


アマーリエは選んだ。

逃げなかった。

なら自分も――


机の引き出しから、あの帳簿の写しを取り出す。


証拠。

小さな反逆。


(王弟殿下は……知っているはず)


王弟、レオンハルト。

あの静かな目。

感情に流されない人。

利用されるかもしれない。

それでもーー


父の駒でいるよりは、ましだ。


ローザリアは帳簿を抱きしめる。





グラーツ侯爵家、執務室ーー


侯爵とオスカー、二人きりで向かい合って座っていた。


「ベルク子爵が来た」

短い報告。


オスカーは察する。

「……申し訳ありません」


「謝罪は済んでいる」


冷静。

だが目は厳しい。


「お前は揺れた」


否定しない。

「はい」


「香があろうとなかろうと――

揺れた事実は消えぬ」


胸に刺さる。

だが正論。


「だが……」

ここで少しだけ声が変わる。


「戻ろうとした」

評価はそこだった。


「家を出る覚悟があるなら止めぬ」

侯爵は静かに言う。


「だが、残るなら信用を取り戻せ」


甘くない。

でも切り捨てない。


オスカーは深く頭を下げる。

「残ります」


迷いはない。


「ならば結果で示せ」


これが侯爵家の格、品位。

厳しく、強く、ぶれない。







王城、外郭控室ーー


ローザリアは紹介状も使わずに来た。

正規の訪問ではない。

覚悟だけ持って。


「子爵令嬢ローザリア様でございます」

侍従が戸惑いながら告げる。


だが戻ってきた答えは冷静だった。

「殿下は本日お取り込み中です」


代わりに現れたのは――

王弟の側近である、伯爵家の令息フェリクス。


鋭い目。

無駄のない礼。


「ご用件は」

試されている。


ローザリアは迷わない。

帳簿の写しを差し出す。


「殿下にお渡しください」

フェリクスは受け取らない。


「内容を」

静かだが、圧がある。


一瞬だけ、ローザリアは躊躇う。

けれど答える。


「香料の不自然な取引記録です。学園への流通経路と一致します」


空気が変わる。

フェリクスの目が細くなる。


「それを、なぜあなたが?」


「子爵家の……娘だからです」

自嘲を込めた微笑。

フェリクスは数秒、彼女を見つめる。


本気か。

売名か。

それとも利用されているだけか。

そして、受け取る。


「預かります」


だがーー


「本日、あなたがここを訪れたことは記録されます」


忠告。

つまり――父の耳に入る。

ローザリアは理解している。


「承知しております」


そのまま答えると、その場を去る。


歩くローザリアの背筋は伸びている。

震えていても。

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