23時の目覚め
夕方、酒を飲んだ。
理由は特になかった。理由がないまま酒を飲むのは、たいてい良くない。
でもその日は、良いとか悪いとかの尺度そのものが、少しだけ鈍っていた。
窓の外ではまだ明るかった。
夕方の光は、昼の光よりもずっと曖昧で、ものの輪郭をやさしく崩す。
グラスの氷がカランと鳴るたび、時間が一段ずつ降りていくような気がした。
僕はテレビをつけたが、何を見たのかは覚えていない。
画面の中の誰かが笑っていたのは覚えている。
笑い声は、部屋の空気に吸い込まれて薄くなった。
気づいたらソファで眠っていた。
眠ったというより、電源が落ちたというほうが近い。
体が勝手にスイッチを切ったのだ。
酒はそういう仕組みを持っている。
人間の中の「まだ頑張れる」という回路を、乱暴に外してしまう。
目を覚ますと、23時だった。
時計の数字が白く光っていて、その光がやけに冷たく見えた。
外はすっかり暗く、部屋は静かで、世界が置き去りにされたようだった。
冷蔵庫の駆動音だけが、律儀に夜を進めていた。
喉が渇いていた。
僕はキッチンへ行き、水を飲んだ。
水は現実の味がした。
さっきまでの夕方が、ずいぶん遠い出来事のように思えた。
たった数時間なのに、まるで別の曜日をまたいだみたいだ。
窓を開けると、夜気が入り込んできた。
少し湿っていて、ほんのわずかに排気ガスの匂いがした。
どこかで誰かがまだ起きている気配がある。
でもそれは僕とは関係のない、別の生活の気配だ。
僕は自分の身体を確かめた。
重い。
頭の奥に、鈍い雲がかかっている。
酒は時間を短縮してくれるが、その分だけ、目覚めたあとに何かを置いていく。
それは罪悪感ではない。
もっと物理的なものだ。
体の中に、薄い砂が積もっているみたいな感じ。
スマートフォンを開く。
通知がいくつかある。
僕はそれを眺めて、閉じた。
今夜の僕は、言葉を運べない。
誰かに返事をすると、現実に接続されてしまう。
接続するには、まだ少し早すぎた。
23時の目覚めは、中途半端だ。
寝直すには遅く、起き続けるには早い。
この時間帯は、人生の余白みたいなものだ。
人は余白に弱い。
余白は、考えごとを呼び込む。
僕は電気を落とし、ソファに座った。
暗い部屋の中で、さっきまでの夕方を思い出そうとしたが、輪郭が曖昧だった。
酒の記憶は、たいてい曇った窓ガラスの向こう側にある。
見えるけれど、触れない。
「まあ、いいか」
と僕は小さく言った。
誰に聞かせるでもない声で。
言葉が部屋の中で反響し、それから静かに消えた。
夜はまだ続いている。
僕の中の砂も、しばらくは沈まないだろう。
それでも、時間は進む。
冷蔵庫の音がそれを証明している。
僕はもう一杯、水を飲んだ。
そして、次に何をするかを決める代わりに、
ただしばらく、23時の静けさを眺めていることにした。




