月曜の前夜、煙の高さ
明日は月曜だった。
2026年2月2日。
それはカレンダーの上の文字というより、部屋の空気の底に沈んだ重りみたいなものだった。
見えないのに、呼吸のたびに少しだけ胸が下へ引っ張られる。
僕はベランダに出て、タバコに火をつけた。
オレンジ色の点が一瞬だけ世界の中心になる。
煙を吸って、吐く。
白い筋は夜気に触れてすぐに形を失うのに、憂鬱はそう簡単に消えてくれない。
憂鬱は煙より粘り強く、スーツの裏地みたいに身体の内側に貼りつく。
遠くで電車の音がした。
終電より少し手前の、街が眠りに向かう途中の音だ。
それを聞くと、世界が「そろそろ切り替えろ」と言ってくる気がする。
でも僕は、切り替えるためのレバーをどこかに置き忘れていた。
スマートフォンを開くと、通知がいくつか光っていた。
僕はそれを眺めて、閉じた。
返すべき言葉はある。
ただ今夜の僕は、言葉を運ぶ気力がない。
孤高というのは格好いい姿勢のことじゃなくて、
「配送できない夜」のことだと僕は思った。
タバコが短くなり、指先に熱が近づく。
僕は灰皿に押しつけて火を消した。
小さな音がして、終わりが確定する。
終わりが確定する瞬間だけは、いつも少し気持ちがいい。
月曜も、できればこんな小さな音で終わってくれればいいのに、と僕は思う。
部屋に戻る。
椅子の背に、明日のシャツがかかっている。
バッグの中には社員証が入っている。
現実に戻るための道具が、静かに揃っている。
それらは僕に何も言わない。
ただそこにあって、明日が来ることだけを淡々と示す。
僕は水を一杯飲んだ。
水はタバコよりずっと信用できる味がした。
そして布団に入った。
眠れるかどうかは気にしない。
眠れなくても、目を閉じているだけで、
世界との距離は少しだけ整うことがある。
ベランダの外では夜が静かに続いていた。
僕は孤高のまま、月曜の手前に立っていた。
それで十分だ、とその瞬間だけは思えた。




