1 これって転生ですよね
ここはどこだ?病院……かな?
ゆっくりと目を開ける。だけど視界に映った天井は見慣れた白ではなかった。木目だった。白いクロスも蛍光灯もない。
病院らしさがまるでない。
鼻をくすぐるのも消毒液の匂いではなく、木材と花のような優しい香りだった。
「……痛っ」
頭を押さえながら体を起こす。身体は妙に軽い。頭を抱えた手が小さい。どういうこと?
俺の手、甥っ子の手のようだぞ?農作業で日焼けした、傷のある手ではない。声も高い。
「えっ?」
あれ?放蕩にどういうことなんだ。
最後の記憶を辿る。
会社帰りだった。いつものように大勢が行き交う駅の階段を降りていた。スマホを見ながら上り下りする人。イヤホンをつけている人。待ち合わせをしている人。様々な人が駅にいた。
その時、後ろから甲高い悲鳴が上がったかと思うと背中に何かが激突した。
『ドン』
誰かがぶつかったのか、押されたのかは分からない。
それからバランスを崩し、視界が回転した。
階段が見え、そして激しい衝撃。
「いたい...」
そこで記憶は途切れている。
そう呟いた瞬間、不安が胸を締め付けた。
父さんは心配していないだろうか。兄貴は?義姉さんは?姪っ子と甥っ子は?
家族の顔が次々と思い浮かぶ。
俺は昔から家族と過ごす時間が好きだった。母を早くに亡くし、父と兄、祖父母に育てられた。
父は仕事人間だった。兄は外で遊ぶのが好きだった。だから自然と俺は祖母の後ろをついて歩くようになった。
祖母から料理、裁縫を教わり、掃除も洗濯も覚えた。
祖父には畑仕事を教わった。種を植え、水をやり、収穫する。
その時間が大好きだった。
気付けば家事全般をこなせる男になっていた。料理系男子といわれているやつだな。
父と兄の弁当を作り、兄の服を繕った。
兄が結婚してからは共働きの義姉に頼まれ、姪や甥の世話もした。
幼稚園のバッグを作ったこともある。ぬいぐるみを縫ったこともある。
姪っ子が抱きしめながら眠る姿を見るのが好きだった。
『ケン兄ちゃん、これだいすき!』
そう言って笑う顔を見るだけで嬉しかった。
兄にはよく言われたものだ。
『お前、そのうち俺より父親らしくなるんじゃないか?』
冗談半分だっただろうが、少し誇らしかった。家族の役に立てている気がしたから。
だから――。
もう会えないかもしれない。そんな考えが頭をよぎり、慌てて振り払う。
「いや、まだ決まったわけじゃ……」
そう呟いた時だった。やはり、甲高い声が聞こえる。俺の声なのか?
ガタンッ!部屋の外で大きな音がした。
続いて慌ただしい足音。バタバタと誰かが走ってくる。
そして勢いよく扉が開かれた。
「ケビン様! ケビン様がお目覚めになられました!」
飛び込んできたのは若い女性だった。
白衣ではない。
黒と白を基調とした服そして長いスカート。
胸元のフリル。腰にはエプロン。
どう見てもメイド服だった。
俺は数回瞬きをした。
メイドだ。間違いなくメイドだった。
人生で一度くらいメイド喫茶には行ってみたいと思ったことはある。萌え萌えキュンキュン、できるのか?
だが病院でメイドに出迎えられる趣味はない。
混乱する俺をよそに、女性は泣きそうな顔になっていた。
「本当に……本当に良かったです……!」
その瞬間だった。
頭の奥が熱くなる。
「っ――!?」
激しい頭痛が襲った。知らない記憶が流れ込んでくる。
広い屋敷。
見たこともない庭園。
広大な畑。
優しそうな女性。
厳しい顔の男性。
兄や姉。
使用人達。
記憶が混ざり合う。そして一つの名前が浮かんだ。
ケビン・ランザルド・フォーゲリア。
フェイノランド王国。
フォーゲリア伯爵家。
三男。
それが今の俺だった。
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れる。
いや、待て待て、落ち着け。落ち着けよ。
整理しよう。
俺は駅の階段から落ちた。痛みもあった。
しかし、今、目が覚めたら知らない部屋にいる。
知らないメイドがいる。
知らない記憶が流れ込んできた。いや、今は俺の記憶だ。
そして俺は伯爵家の三男らしい。
意味が分からない。
だが、一つだけ心当たりがあった。
趣味で読んでいたライトノベル。異世界転生!
伯爵の三男と言ったら、貴族転生。
チートなのか?ハーレムは?
ざまぁ、それはイヤだね。
でも、そういうやつだ!
まさか。本当に?でも...
「……俺、死んだのか?」
静かな部屋に呟きだけが落ちた。
その問いに答える者はいなかった。




